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Re[10]: 石っころと〈私〉
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□投稿者/ ザビビのふくろう -(2025/05/14(Wed) 13:13:58)
| 2025/05/14(Wed) 13:18:45 編集(投稿者) パニチェさん、こんにちは。 永井独在論批判についてのレスが遅くなっており、すみません。 まだ、書けてないんですが、このレスが目についたので、 余計かもしれないんですが(笑)、簡単なコメントを失礼します。
■No43149に返信(パニチェさんの記事) > 2025/05/14(Wed) 04:54:55 編集(投稿者) > > そこいらの石っころも形状や成分比率など世界には全く同じものなどないから唯一無二だろ。 > だったら〈私〉だけが唯一無二ってのはおかしいんでないの? > > それはその通り、石っころの唯一無二性は人に当てはめると姿形や指紋や声紋、性格云々ということになるだろう。 > 世界に一つだけの花であり、オンリーワンであるのはその通り。 > > > ただ上記は〈私〉の唯一無二性とは異なる。 > > > 例えばこの世界が「一炊の夢(邯鄲の夢)」とか「マーヤーの幻想」、「桶の中の脳(水槽の脳)」とか映画マトリックスで描かれている「バーチャルリアリティ」であったとする。 > > 世界に登場する石っころや自分や他者は世界内(夢の中、または幻想上の)存在ではあるが実在しない。 > > ところが!夢や幻想やバーチャルリアリティを見ている、あるいは体感している主体は仮の存在ではなく実在している。 > この実在こそが唯一無二であるということ。 > > 形状や成分比率、姿形や指紋や声紋、性格等々、「その石っころは○○である」「この私は○○である」と表現される唯一無二性ではない。 > > 存在つまり実在そのものが唯一無二であるということ。 > そこには隣人はいない(マトリックスの共同幻想の設定は話の筋からして除外する!w)。 >
この見解は、〈私〉を「意識としての自己」と定義し、この夢を見ている〈私〉だけが唯一の実在であると主張する、典型的な独我論だと思います。
これ、批判ではなく、哲学的にみた場合、そういうことになりますよという事実を指摘させてもらっている、と受け取っていただけると幸いです。
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