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No41838 の記事


■41838 / )  Re[83]: つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2025/04/06(Sun) 18:50:34)
    No41836のつづき、

    どうしてわたしに〈・・・・のように見える〉のかな?って。

    白地の上に描かれたいくつかの図、そのなかで、赤線丸にわたしの意識が志向したとき(赤線丸が対象となったとき)、地となっている黒線丸が〈見えないもの〉になっちゃたんじゃないかしら?でもまったく見えてないわけじゃないわけだから、黒線丸のなかにある赤線丸である(地の上の図である)、っていうことが知覚されなくなっちゃったみたいな?

    生の知覚の振舞いはこのようになってるのかも。

    No41741の(M-V)の最初のところ(前にも書いたけど)、
    見えるものと自然 [ 哲学的問いかけ]
    反省と問いかけ
    [ 知覚的信念とそのあいまいさ ]
    に、
    ――――――――――――――――――
    われわれは物それ自体を見ており、世界はわれわれの見ている当のものである、――こういうたぐいのきまり文句は、自然的人間と哲学者に共通の信念を表しており(哲学者といえども、眼を開くやなやそう考えざるをえまい)、われわれをわれわれの生活に含まれている声なき「臆見」の深い地層に送り返すのである。だが、この信念には奇妙なところがあって、もしそれを命題や言表に明確に表現しようとすれば、つまりわれわれとは何であり、見るとは何であり、物とか世界とは何であるのかを自問してみるならば、われわれはさまざまの難問や矛盾の迷宮に入り込むことになるのだ。

    [この章の表題の向かい側に、著者の注]――信念という概念を明確化すべし。これは決断的な意味における信念ではなく、一切の定位以前にあるものという意味での信念であり、動物的および[?的]信念である。
    ――――――――――――――――――
    ってある。

    あ、またメルポンのになってる。

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