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No41725 の記事


■41725 / )  パニチェさんへ
□投稿者/ 時 -(2025/04/03(Thu) 20:41:19)
    パニチェさんへ。こんばんは。^^

    No41560 (パ二チェさんの記事)
    > 始仏典にある十四無記の教えは私も支持(師事)しているのですが、釈尊の前世が説かれたジャータカでは、後に大乗仏教では顕著になる神格化の兆しがあるように思われます。

    多分ですが、、ジャータカには547経が納められているようですね。ですので、光明寺のジャータカの翻訳までは、まだ数か月先になるように思いますので、今、この経典について、ネット等でざっくりとではありますが調べてみました。やはり、仏陀の前世が説かれているようで、パニチェさんが仰るように仏陀の神格化の兆しも書かれているようですね。

    そこで「いつでも構いませんので」ということで了解しましたが、あまりに先のことになろうかと思い、ジャータカを読む前にその間に少し興味のある個所とつなげて、推測として考察してみます。^^

    まず、以前より私の感覚としては、他の4部経典群と比べて小部経典は異質な経典群だという感じがありました。その原因らしきものも含めて、今回の考察としてみたいと思います。

    前回も少し触れましたが、「波羅蜜」という表現が他の経典群には登場せず、この小部経典群の一部にだけ登場するのですね。少し違和感がありましたので、そこを中心に調べてみました。

    当時、仏陀が使っていた言語は、マガタ地方ではマガタ語でということだったようですが、これは、その地方の一般庶民等が、その地方地方で使っていたという俗語に当たるもののようです。この当時の仏陀の教えを後に上座部がパーリ語でまとめたものが、パーリ5部と言われる経典群(経蔵)ですが、この中で小部経典群だけは、以前より少しその教えの形態(表現)に違和感を感じていました。

    何が違うのかというと、他の4部経典群(長部、中部、増支部、相応部)にはあまり出てこない表現がこの小部には出てくるのですね。具体的には、小部12経 「チャリヤー・ピタカ」 や 13経 「ジャータカ」 に出てくる「波羅蜜」という”パーリ語”で書かれた表現です。この波羅蜜という表現は、小部以外の他の4部の経典群には最高のものという意味合いはあるにしても、仏陀の教えとしては出てこないのですね。

    ・当時のサンスクリット語は、婆羅門階級等の上位階級の使う言語だったようです。

    この「波羅蜜」は、もともとは、サンスクリット語で「パーラミター」を語源とするようで、このパーラミターが後世に北伝として伝わり、中国大陸を経由して日本に入ってきたときに、「パーラミター」→「波羅密多」→「波羅蜜」と音写されたものが現在でも使われている「波羅蜜」だということのようです。仏陀存命中の婆羅門教徒たち(婆羅門階級)は、言語がサンスクリット語でした。一方、仏陀は、その地方地方の俗語である言葉を使っていたようで、この当時の仏陀の教えを口伝後に上座部がパーリ語で何度も編纂して、足したり差し引いたりで経蔵として後世(現代)に伝えたのだそうです。

    では、なぜ仏陀の教えにはない表現(波羅蜜)がダンマパダやスッタニパータとともに小部経典に組み込まれることになったのか?ですが、仏陀の没後に何らかの原因で僧伽が分裂後に大乗が誕生した後、当時の婆羅門階級をはじめとして、インド社会全体の多くの知識人たちが使うサンスクリット語を用いて、彼らを大乗の信者として獲得するために励んだようです。そして口伝の時代を経て、上座部がパーリ仏典の繰り返しの編纂時に、この大乗が取り入れたサンスクリット語のパーラミターもパーリ語に変換して取り入れたようですね。ですので、現在に残る小部経典の中にも「波羅蜜」という表現が、パーリ語原文としてもあるのでしょう。

    インドから中国大陸を経て日本に伝わった大乗仏教の各宗派の教えに波羅蜜という表現が残るのは、こういった経緯があるからなのだそうです。(波羅蜜という教えは、最高のものという意味合いがあるとはいえ、今のところ仏陀自身の教えの中にはありません。)

    ですので、仏陀の教えにはない、龍樹の中論、法華経、華厳経、般若波羅蜜多心経等、日本の大乗仏教の経典の原典もサンスクリット語だということのようですね。

    まとめますと、
    ・仏陀は、マガタ地方ではマガタ地方の俗語で教えを説いた。
    ・婆羅門教徒を含むインド社会の上層階級の使う言語は、サンスクリット語だった。
    ・仏陀の没後に大乗が生まれ、サンスクリット語を使って信者獲得を行った。
    ・後に、上座部がパーリ語での編纂時に大乗で独自発展した概念(波羅蜜等を含む仏陀の過去世の修行)等が、上座部のパーリの経典内に取り入れられた。
    ・後世に、中国大陸を経由して日本の大乗仏教が伝わったので、現在の波羅蜜という表現も日本に伝わった。
    ・この波羅蜜(パーラミター)という表現以外は、上座部によってマガタ地方の俗語から口伝を経て、パーリ語に編纂されて、いつかの編纂時にこのサンスクリット語のパーラミターもパーリ語に変換されて小部経典の一部を形成することになった。
    ・このような経緯で、波羅蜜という表現が現代にも伝わる小部経典の一部にある。という経緯を辿ったのだろうと思います。

    ですので、小部経典群の全てが仏陀の教えというのは怪しくて、小部の中には、僧伽の分裂後の大乗の考え方(小部12経、13経)等が混ざって、パーリ語(上座部編纂)の小部経典として現在に伝わっているということだと思います。

    仮に、サンスクリット語のパーラミターが音写の波羅蜜ではなく、その意味合いとしての最高のものという事で後世に伝わってたのであれば、このような混乱はなかったかもしれませんが、これは上でも書きましたが、上座部がパーリ語での編纂時に大乗で独自発展させた概念(波羅蜜等の仏陀の過去世の修行・仏陀の神格化)等を、上座部のパーリの経典に取り入れた事による現在での混乱だと思います。

    そして、現在の日本の大乗仏教の経典群の元は中国の漢訳経典であり、その漢訳経典の元が、パーリ原典ではなくて、サンスクリット原典だということになるでしょうか。

    今回、少し調べた結果としての感想としては、当時、北インドの各地方で使われていた俗語は判断できませんので、次に上座部により編纂時に使われたパーリ語が現代に残る仏典のその語源にあるのかないのかが、問題解決の糸口になるでしょうか。もしもその語源がサンスクリットにあるならば、恐らくは当時の仏陀の教えではなく、僧伽分裂後に大乗の概念が、当時のサンスクリット語としてパーリ編纂時に混入したのではないのかな?と疑ってもよいように思いますね。しかし当時の仏陀が、婆羅門に教えを説くときには、サンスクリット語だった可能性も否定できませんので、そのところの詳細は、分かりません。

    ですので、ここ(小部経典の編纂時)から上座部と大乗に分かれていったというよりも、仏陀の没後の僧伽の分裂後に大乗の考え方や見方が、上座部のパーリ語での編纂時に混入し、それを当時の上座部が、パーリ原典として認めたものが現代に残ったという方が正しい見方のように思います。

    もしもこの考え方が大きく間違っていないのであれば、パニチェさんの仰る、後の大乗仏教で顕著になる仏陀の神格化の兆しも、当時の上座部のパーリ編纂時に混入した当時の大乗の考え方に由来するものですので、小部経典にそのような部分があったとしても、今の理解としては不思議ではないように思います。

    この神格化ということにつきましての特別な何かがもしもあるのであれば、ジャータカの読後ということでお願いします。

    今回は、波羅蜜という言葉から、上座部編纂時における大乗の思想の混入の可能性について考えてみました。
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