□投稿者/ knowingitself -(2025/03/29(Sat) 11:46:34)
| パニチェさん 書き込みありがとうございます
>ちょっと突っ込みっぽい質問で恐縮なのですが。。。 「この関係性は宇宙に物質もいかなる生物も存在する以前から存在していたと」いうことを何故人間が知りえるのでしょうか?
当然のことながら、知ることは困難というか、知り得ないに限りなく近いでしょう。
>またはそのように聖書で説かれている、あるいは信念体系ということでしょうか。
最重要の原理を「仮定」としておき、それを起点に全体の聖書を統一的に解釈する、再構成するということだと思います。
公理論的な構成というのは、数学などで採用されていますが、それに類似しているとも考えられます。
幾何学などの公理はその真偽を感覚世界で実証される必要はないのではないでしょうか。無意味でも無内容でもいい。とにかく公理設定以後は、ロジックによる体系構成の問題になると。
ただし、三位一体という公理としては、公理論的構成の前提としては無意味な抽象記号にみえるかもしれないが、
キリスト教的には「愛」のことをいっているだけです。「愛」を説くためだけにあるようなものです。
一言でいえば、「愛」の信念体系ということはいえるかもしれない。
仏教なら、「慈悲」かな。仏教は結局は「慈悲」の信念体系なんだという捉え方も、わたしはあると思います。
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