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No40926 の記事


■40926 / )  Re[13]: つれづれなるままに 18
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2025/02/11(Tue) 17:35:00)
    「形而上学」っていうのも出てきてる。
    わたしが読んでるメルポンの本に中にはこの語はほとんど出てきてないからよくわかんないだけど、カントのを見てくときにはこれが重要になってるみたいだから、ちょっと見とく。

    ネットで、ウィキから一部
    [n形而上学]――――――――――――――――――
    @形而上学(英: metaphysics)は、感覚ないし経験を超え出でた世界を真実在とし、その世界の普遍的な原理について理性(延いてはロゴス)的な思惟で認識しようとする学問ないし哲学の一分野。世界の根本的な成り立ちの理由(世界の根因)や、物や人間の存在の理由や意味など、感覚を超越したものについて考える。

    A形而上学の研究には心理学的、宇宙論的、存在論的、神学的な関心に基づいた研究もあるにもかかわらず、形而上学は哲学的方法に基づいた研究であり、物理学や心理学や生物学といった科学的方法に基づいた自然諸科学や、特定の聖典や教義に基づいた神学と区別される。

    B形而下学
    形而下学は、実体のない原理を研究の対象とする形而上学の反対であって、実体のあるものを対象とする応用科学の学問。
    ―――――――――――――――――――――――――

    【「カント」小牧治著清水書院1967】から、
    ――――――――――――――――――――――――――
    自然学・哲学・神学など、学といわれるものにたずさわる者には、深刻な影響を及ぼした。そこで、哲学者たちは、自然科学と信仰との調和統一を考えた。すなわち、彼らは、神・霊魂・世界全体など、形而上的なもの〔われわれ人間の感性的経験では知りえないもので、経験的現象の奥にあると考えられるもの。およそこの世にあるありとあらゆるもの(形而下のもの)の上に君臨し、人間も含めてこの世のいっさいをつくり、それをすべ、それを統一しているようなもの(神的なもの)。〕を、例えば数学的な方法などを用いて、合理的に説明しようとした。そして、自然科学と矛盾しないことを示そうとした。つまり、合理的な形而上学を目指したわけである。
    ――――――――――――――――――――――――――
    カントが生きてた時代にはこういう背景があったみたい。
    カントの生きた地方では、世界は「形而下」と「形而上」に分けられてたのかな。それにしてもなんかわけの分かんない日本語にしたものね。わたしにわかりやすい言葉では「この世」「あの世」かな。

    簡単にまとめると、
    「形而下」=およそこの世にあるありとあらゆるもの
    「形而上」=神・霊魂・世界全体など、われわれ人間の感性的経験では知りえないもので、経験的現象の奥にあると考えられるもの。形而下のもの上に君臨し、人間も含めてこの世のいっさいをつくり、それをすべ、それを統一しているようなもの(神的なもの)。
    「形而上学」っていうのは@でいいかな。
    キーワードは、「感覚ないし経験を超え出でた」「普遍的な原理」「理性的な思惟で認識しようとする」かな。

    つづく。

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