□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2024/12/08(Sun) 19:44:41)
| 今ね、うましかさんから教えてもらった No39935を読んでるところなんだけど、 〔『純粋理性批判』のB版演繹論第26節は、テキストの理解について、一つの難問を提起している。〕 ってあって、 〔カントはその箇所で、カテゴリーによる総合が直観の把捉、すなわち、知覚の条件であると述べており、〕 (〔知覚の条件〕っていうの、ほら、わたし自称メルポン派だから、ここんと、すっごく気になってるのね。) ってあって、 〔B版演繹論の第26節は、ハナにとっても、また、アトラスにとっても、最大の躓きの石とされており、〕 ってあるのね。 (〔ハナ〕っていう人は「非概念主義」、〔アトラス〕っていう人は」「概念主義」みたいです。) で、 〔カントが概念主義者であるかどうか〕、ということを問題してるのが、“カント解釈”のなかでの「概念主義者」と「非概念主義者」の間の論争みたいなのね。 あ、 わたしがpipiさまに聞きたいのは〜、『純粋理性批判』のB版演繹論第26節でカントはどんなこと言ってるのかな〜、って。 たぶん、「内容のない思想は空虚であり、概念を欠いた直観は盲目である」(A51/B75)みたいなことが書いてあるところだと思うんだけど?
pipiさま、休暇中、ごめんね。 気が向いたときにでいいので、おねがいしま〜す。
|
|