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<差別>と<戦争>と共同体原理
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□投稿者/ rest -(2024/10/20(Sun) 20:31:01)
| 2024/10/20(Sun) 20:59:54 編集(投稿者) 2024/10/20(Sun) 20:36:53 編集(投稿者)
<差別>と共同体の関係は<内なる差別>に関連して以前展開した。今度は<戦争>と共同体の関係を深堀りしてみたい。換言すれば<差別>と<戦争>は共同体原理に起因するという点で密接につながっている。 ウクライナ−ロシア紛争やイスラエル-ハマス間の紛争はいずれか一方の領土侵略が原因とされているが、ここでは領土侵略にいたるまでの経緯について共同体原理から解き明かしていきたい。 まず<共同体原理>とは一般に共同体は異質なものを排除する、ないしは異質なものと対立する性質が内在している、という原理である。卑近な例でいうと世間集団から受ける同調圧力などがある。異質な行為を許さないという共同体の性質を示している。 これが国内であれば<差別>として社会問題化するが、国外であれば異民族間の対立となり、それが領土侵略へと繋がり、紛争拡大の契機となる。 はじめはどちらか一方の侵略行為があったにせよ、戦争継続の大義(善悪)は変質し、双方の共同体の戦争犠牲者をめぐる復讐の連鎖へと戦争継続の動機が大きく変貌する。殺人における死刑制度も殺された被害者の遺族の復讐心を国家が代弁する、という構造と同一の論理で、戦争は国家が遺族の復讐心を代弁するのものである。 共同体の復讐の感情をどう乗り越えるか、最大の課題である。理性的であれば、双方に寛容な精神をもちあわせない限り紛争は永遠に続く、ということに気づく必要がある。 日頃から異質なものと接してもパージしない態度を身につけたいものである。そのほうが<差別>も<戦争>も未然に防ぐ手段になると思う。
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