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No37622 の記事


■37622 / )  Re[14]: 中島義道「時間と死」(´-ω-`)
□投稿者/ うましか -(2024/06/29(Sat) 14:28:09)
    2024/06/29(Sat) 14:33:58 編集(投稿者)

    > <いま>しかないこと、過去や未来を「ある」とするのは、カントの言葉を借りると「仮象」であること、しかしまさにカントが示したように、きわめて自然な仮象であることのをひとまず描き切った感じがした。
     私の問いは<、<いま>しかないのに、すなわち過去も未来もないのに、あたかもあるかのような感じがかるのはなぜか、という問いに変質していった。その不思議さの中核に「言葉」があることは確かである。われわれが言葉を学ぶと、過去も未来もあるかのような仮象、すなわちそれぞれの<いま>を超えて時間・空間的に広がっているという「客観的世界」があるかのような仮象に自然に導かれてしまうのだ。
     本書のテーマは、われわれの世界に対する実感の奥底に根を張るこうした強靭な仮象と、「私」の死とを結びつけることである。< 〔中島,p.14〕

    *******

    >私の問いは<、<いま>しかないのに、すなわち過去も未来もないのに、あたかもあるかのような感じがあるのはなぜか、という問いに変質していった。その不思議さの中核に「言葉」があることは確かである。われわれが言葉を学ぶと、

    ・中島の問いの内容はさておき、彼がいうようにその問いの中核に「言葉」があり、それを学ぶことによって、私のうちに(客観的な)時間が「あたかもあるかのよう」に感じるようになった自分を振り返ることはむずかしいことではない。

    ・と同時に、いまさらながら素朴に自分にとっての時間(のような)感覚はどのようなものかを考えてみると、どうも、ジッと物思いしているときはあまり感じられない。考えている一瞬一瞬が<いま>の集積というのは、ちょっと創作めいていて自分には不自然である。

    ・そこで席をたち、歩きながら階段をおりて別室へ向かうと、身体が移動しながらも、意識は一点に固定されている感覚があり、動いている間は、或る種の時間感覚(流れ)を感じつつ、同時にそれを包括的、空間的に意識していた。

    ・というわけで、現時点での自身の時間・空間感覚をまとめてみると、<いま>という或る種空間化された意識のうちに時間的な流れが含まれており、身体を動かすときに、いわばパッケージ化されたそれを時々で感じるというもの。

     ※【追記】ということは、身体を動かさないときは、時間感覚が流れていない空間化された意識のみが「よどんでいる」ということか。

    ・以上は他の変化(時計の経過、外の景色の変化等)をまったく参照しておらず、私にとって原初的な時間・空間感覚ではないかと記しておきたい。




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