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No35392 の記事


■35392 / )  うましかさんへ
□投稿者/ パニチェ -(2023/12/10(Sun) 08:50:19)
    おはようございます、うましかさん。レスありがとうございます。

    No35375に返信(うましかさんの記事)

    > 心温まる返信ありがとうございます。

    どういたしまして。

    > 私がこの手のテツガク的なテーマについて(書きながら)考えるときは基本モノローグでツラツラ思いつきを書き連ねていくスタイルをとりますので、「横レス」は正直耳に入らないノイズに等しいのですが、、、テーマはソリプシズム、永井やもちろんパニチェさんの〈私〉論も意識していないわけではありません。なのでパニチェさんのコメントはこの手の思考を暗中で模索する私の進行方向を調整していくうえでの、おそらくは唯一の刺激、灯だと感じております。ありがとうございます。

    そう言っていただけると有難いです。私にとっても、この手のレス交換は自分の考えをまとめたり進展させたりする刺激に満ちていますので、こちらこそありがとうございます。

    > さて私のこの手のテーマに対する思考のスタイルについて、長きにわたって私自身の頭から離れないモットーに近い言葉があります。それは、"カントの"「あらゆる私たちの認識が経験をもって始まるということ、このことには全然疑う余地はない」(『純理』,序論第二版)、もう一つはウィトゲンシュタインの「言語を以ってしては言語の外に出ることはできない」(『哲学的考察』)です。

    > というわけで、私は常に自分の経験、言語では日常的使用、語感を頼りに思考を出発する一方で、例えば、不明な或ることAについての(言語による)説明付けが、既にAという言葉の(言語による)意味を前提としているという困難を感じてもいます。もう一つ、言語化不可能とされる〈私〉について説明する場合に言語を用いなければならないという困難さとすれば理解していただけるでしょうか。

    はい、パニチェも〈私〉の探究において同じもどかしさを持つ者として、よく理解しているつもりではいます。^^

    > ここまで書いてちょっと疲れた
    > ちなみに「独在論」については、今のところ関心外といいますか、まだそのテーマに至る遥か手前の段階とでも言ったらいいのかな。

    先の私のカキコは蛇足でしたね。上記了解しました。

    > *******

    > ところで、パニチェさんに一つお伺いしたいことがあります。永井の『〈私〉のメタフィジックス』では、ソリプシズム論を展開する冒頭「他我問題」から出発します。パニチェさんの「〈私〉」論では、他我の存在はどう扱われるのでしょうか。

    永井氏の『〈私〉のメタフィジックス』は最初期に書かれた書籍ですね。冒頭の「他我問題」は「意識の超難問」と同じく言語化できない〈私〉を議論する前に〈私〉を浮き上がらせるための序章であると読解しています。

    カニッツァの三角形で例えれば言語化できない〈私〉は中心部に浮き上がっている無色透明な三角形であり、それを浮き上がらせる役目を果たす「他我問題」や「独我論」「意識の超難問」は“くの字”や“パックマン”です。

    > >〈私〉のような存在は唯一無二であり、他者に〈私〉を認めない

    〈私〉と同じ存在様相は認めませんが、他者にも唯一無二の〈私〉(自我でもいいですが、この場合は〈私〉と区別し、>私<と表記します)が存在することは認めます。

    > これが〈私〉論、つまり独在論のエッセンスだとすると、この観点から倫理論は可能だとおもわれますか?

    唯一無二の>私<を他者にも認めていますから、当然、倫理論は可能ですし、むしろ〈私〉に気付いている方が他者をより尊重しようとする気持ちは強くなると思います。

    ちなみに他者が>私<の存在に気付こうが気付かまいが、存在することは揺るぎません。ある意味では見性している雪担老師や愚さんが述べられていた「見性しようが見性しまいがもともと仏であることには変わりない、それに気付くか気付かないかだけの違い」という感覚とかぶるなあ〜と最近考えています。


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