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A論的『構造』の勉強と。今朝の日記と。
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□投稿者/ pipit -(2022/01/02(Sun) 10:35:51)
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>『ネットワークの閉鎖により構成素が作る一つのまとまりが「システムの構造」である。』 『カントとオートポイエーシス』山下和也先生著、晃洋書房、p5より引用終了<
山下先生は以下のように述べてられます。 引用開始 『オートポイエーシス・システムのわかりやすい例として、細胞システムが挙げられる。 無論、これは生物を形作っている細胞そのものではない。 細胞は無数の高分子化学物質から成るが、これらを産出する化学反応群は細胞自身との連関においてある。 さらに、これらの化学反応群は、一つの高分子の生成が次の高分子を産出する化学反応を引き起こすという仕方で連鎖し、非常に複雑なネットワークを作っているはずである。 (略) この、細胞を形成する高分子を産出する化学反応群が作るネットワーク状連鎖の循環する閉域が、すなわち細胞システムに他ならない。 (略) ネットワークによって産出され細胞を構成する高分子が構成素であり、細胞は細胞システムの構造である。』 同本p7、8より引用終了。
山下先生の定義の中での『構成素』や『構造』が、pipitの内では、前よりはクリアに なってきたかな (*^▽^*)ホッ
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今朝思ってたことを。
新しい理論を知るということは、 現実に対する見方を変える契機になることもあるかもしれないな、と、思いました。
『言葉』にもし、論理(物事の見方)というものが詰まってるとみれば、
例えば、 ある事象を『原因』と見る論理思考と、 ある事象を『衝突』と見る論理思考と、
みてる事象(眼識や耳識)が同じでも、事象に当てはめる『言葉』に論理が乗せられていれば、 その『言葉』を契機に、言語の使用者の【見方】が、、、世界を捉える論理が、、、 変化することもあるのかも、と、
うましかさんに教えていただいたウィトゲンシュタインさんの『衝突』についての記述や、オートポイエーシス論についてを勉強していることなどを契機に、わたしの内にそのような感想が浮かびました。
パラダイムシフト、という言葉が、なんか頭に浮かびます。
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