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No10982 の記事


■10982 / )  Re[16]: しかし、何だべな。
□投稿者/ エフニ -(2021/02/12(Fri) 22:45:27)
    No10826に返信(パニチェさんの記事)
    > おはようございます、エフニさん。
    >
    > ■No10719に返信(エフニさんの記事)
    >
    >><私>にも当てはまるというのに同意です。
    >
    >>この明らかに矛盾している命題を、不二一元論(アドバイタ)の創始者シャンカラは、「すべてはブラフマンの見る夢」として、矛盾を解消させました。
    >
    >>私もシャンカラのひそみに倣(なら)って、「すべてはカプセルに眠るキアヌ・リーブスが見る、マトリックス上の夢」と独我論を位置づけ、この矛盾を解消できるものとしています。
    >
    > なるほど、同意です。
    > knowing itselfさんともレス交換したのですが、参考までに教えていただければ有難いです。
    > エフニさんにとって〈私〉と無我あるいは非我などの仏教的な教説とは相容れますか?


    パニさん、こんばんは。

    仏教的な教説では、唯識が<私>と相容れているかなと思っています。

    無我や非我は、大乗仏教では空が前提となっているので、<私>とは感触が違うかなと思っています。

    ただ唯識は非常に難解で、根本的なところを私は解っていません。

    直観的には<私>に近いかなと思っているのですが、具体的に述べることが出来ません。

    私が1番<私>と親和的だと思っているのは、バラモン教のヤージナバァルキャのアートマンですね。

    彼はアートマンを、ナイチーナイチーのアートマン(〜でない、〜でないのアートマン)と呼んで、認識の対象としては世界内に無いとしました。

    それは、アートマンは認識する主体であり、世界がそこから開ける原点だからなのですが、これって<私>だと思っています。
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