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■44935 / inTopicNo.1)  Re[38]: 全体と分離
  
□投稿者/ knowingitself -(2025/12/18(Thu) 16:06:36)
    弦楽四重奏も全体と分離に関わっているのだろうね。

    分離された線をどのように全体へと統合するか。
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■44914 / inTopicNo.2)  Re[37]: 全体と分離
□投稿者/ knowingitself -(2025/12/15(Mon) 18:49:56)
    >全体と分離は、空間とコンテンツの喩えで説明されることもある。

    この喩えの一つのバリエーションとして、最近知ったのは、

    水槽と金魚。

    人は金魚を追いかけるのに精一杯であるのがふつうだが、

    本当の自分というか、拠り所は、水槽なんだよと。

    好みの金魚に執着し、苦手な金魚を避けるように生きるのではなく、

    そういった反応を手放して水槽である自分に安らげるか。

    水槽が無我です、もちろん。

    実体としての金魚なんかいないんだ、色彩の鮮やかな輝きしかないんだ、

    それは水槽の形をかえた現れなんだと。
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■44880 / inTopicNo.3)  全体と分離
□投稿者/ knowingitself -(2025/12/13(Sat) 19:49:55)
    いのちの活動が全体。それに対する分離。

    いのちの全体には今、現在しかない。というか、時間がない。


    過去、未来を作り出すのは人間の分離意識。分離意識は基本的に虚偽。


    無我というのは、全体。

    神を考える立場では、いのちの活動を神とする。

    全体と分離は、空間とコンテンツの喩えで説明されることもある。

    ラマナマハルシなら、スクリーンと映画。
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■44868 / inTopicNo.4)  Re[35]: マインドフルネス瞑想と弦楽四重奏
□投稿者/ knowingitself -(2025/12/13(Sat) 09:16:14)
    >「マインドフルネス瞑想」をするようにクラシック音楽を聴くことだと。その「マインドフルネス瞑想」として聴くやり方を弦楽四重奏曲で習得して、他のすべてのジャンルでもそのようにして聴くようになった。

    四つの声部を虚心に聴いていくことでしょう。プロの訓練を受けた奏者のように、楽理的に識別しながら聴けるならそれにこしたことはないが、楽理的な知識と理解は「マインドフルネス瞑想」的な聴き方の前提とまではいえない。それよりも、音楽や曲などについての、固定観念、先入主、思い込み、刷り込み知識などを持ち込まないで、
    四つの声部を耳と心に響かせていく。


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■44848 / inTopicNo.5)  マインドフルネス瞑想と弦楽四重奏
□投稿者/ knowingitself -(2025/12/10(Wed) 16:13:44)
    While I love to hear the music, usually. And I have listened for many decades, but the most pleasurable way for me is to "listen" as a way of doing mindfulness meditation. I learned to do this with string quartets. I learned to hear each instrument individually, although I don't always get it right. After years of "listening" to string quartets, I moved on to every other genre. Symphonies are somewhat challenging but sooo rewarding when listened to this way. This form of listening became so habitual that eventually it became automatic.

    ↑英語圏のインターネットでみつけた書き込み。なるほどそうだろうと思った。

    こういうシンプルでわかりやすい英語は訳さないでそのまま理解するべき。当たり前か。

    クラシック音楽を何十年も聴いてきたが、最も愉悦にみちた聴き方は、「マインドフルネス瞑想」をするようにクラシック音楽を聴くことだと。その「マインドフルネス瞑想」として聴くやり方を弦楽四重奏曲で習得して、他のすべてのジャンルでもそのようにして聴くようになった。
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■44831 / inTopicNo.6)  Re[33]: 室内楽
□投稿者/ knowingitself -(2025/12/08(Mon) 16:01:38)
    >また弦楽四重奏は全部弦楽器なので(当たり前)、音質が本質的に同じで、しかも無限の音色が出ます。そういう意味では、全然別の世界ですが墨絵と共通しているところもあるような、ないような・・・油絵的墨絵の世界???

    >?何のこっちゃ?

    >たわ言です。忘れて下さい m(_ _)m

    いや、忘れるにも忘れられませんよ(笑)。プロの体験が凝縮された味わい深い表現です。

    色彩溢れる巨大な交響的な編成に比べれば、最小限の構造をさらっと提示するだけなので墨絵的といえるかもしれませんが、

    弦楽器は、名手が名器を弾けば、どこまでも奏者の音色の個性や官能的な艶を引き出せるという意味で、油絵的とも形容できるでしょう。



    ===
    シューベルトの弦楽五重奏曲:演奏者がすごい。
    h
    ttps://www.youtube.com/watch?v=4Po4Ce_9pEM&t=7s

    >プリムローズに(1年間だけですが)習ったことがあるなんて今考えると夢の様です。

    もちろんわたしは弦楽器ともビオラとも無縁ですが、羨ましくなります。

    プリムローズは室内楽以外では、トスカニーニのNBC交響楽団のビオラの主席奏者でしたか。

    現代のオーケストラ演奏で、トスカニーニのNBC交響楽団の影響を受けていないものはないとか。

    カラヤンやセル、ショルティなどからしてトスカニーニの流れは大きいといわれます。




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■44816 / inTopicNo.7)  Re[32]: 室内楽
□投稿者/ 田秋 -(2025/12/06(Sat) 20:13:56)
    こんばんは、knowingitselfさん

    レスありがとうございます。

    >田秋さんが演奏された、
    いえ、この日は聴衆でした。

    >弦楽四重奏は、〜略〜音楽の本質的な構造を表現している
    そうですね。作曲の基本の一つである和声は4声体(ソプラノ、アルト、テナー、バス)で勉強します。そのあと対位法を勉強して各声部の調和的独立を学んでいきます。

    また弦楽四重奏は全部弦楽器なので(当たり前)、音質が本質的に同じで、しかも無限の音色が出ます。そういう意味では、全然別の世界ですが墨絵と共通しているところもあるような、ないような・・・油絵的墨絵の世界???

    ?何のこっちゃ?

    たわ言です。忘れて下さい m(_ _)m

    ===
    シューベルトの弦楽五重奏曲:演奏者がすごい。
    h
    ttps://www.youtube.com/watch?v=4Po4Ce_9pEM&t=7s

    プリムローズに(1年間だけですが)習ったことがあるなんて今考えると夢の様です。
引用返信/返信 削除キー/
■44802 / inTopicNo.8)  Re[33]: BS日テレ
□投稿者/ knowingitself -(2025/12/06(Sat) 09:31:13)
    ディディモさん 書き込みありがとうございます

    >今回の高市総理の国会答弁・・と、それが及ぼした波紋・・どの局のニュース・情報番組もこの話題でもちきりです・・ただ今日までに見たTV番組のなかで腑に落ちた言説を吐いたコメンテーターは一人として見当たりません。また報道記者が深堀して取材した形跡も見当たりません。上っ面を舐めてスッテンコロリこけた記事・解説ばかりです。

    国際政治にしろ、歴史にしろ、あまりにも複雑でわけのわからないものであると、わたしなどは考えてるので、

    TVのコメンテーターにせよ、評論家にせよ、有名な知識人にせよ、わからないものはわからないの割り切っています。

    もともと、即効で気の利いたことをいって賢げに振る舞うコメンテーターはまったく信用していませんね。

    まあ、日本では知識人やインテリと言われる人でも、地上波やネットのコメンテーターやアタマのよいイメージが流布する芸人と本質的には変わらないのが多すぎるのではないかと。


引用返信/返信 削除キー/
■44796 / inTopicNo.9)  BS日テレ
□投稿者/ ディディモ -(2025/12/05(Fri) 23:24:09)
    いまテレビの番組表を見たところ、月曜日のPM6;58からBS日テレ「深層NEWS」という情報番組で【中国が「沖縄の日本帰属」を疑問視】というテロップが眼に入りました。面白そうです・・週明けには見ようと思います。

    このことについては、ぼく的には「何を今さら」・・です。というのは、はるか15年前のYa!掲示板時代にこれに関して少しカキコしたことがあるからです。たまたまPC内の古いメモ帳を整理していたら、その時の投稿の草稿らしきものが残っていたので貼っておきます。2010年の9月の投稿ですから古いですね・・あれは中国漁船が巡視船に体当たりしたあの事件の直後の投稿のようです。

    それはそれとして、
    今回の高市総理の国会答弁・・と、それが及ぼした波紋・・どの局のニュース・情報番組もこの話題でもちきりです・・ただ今日までに見たTV番組のなかで腑に落ちた言説を吐いたコメンテーターは一人として見当たりません。また報道記者が深堀して取材した形跡も見当たりません。上っ面を舐めてスッテンコロリこけた記事・解説ばかりです。報道記者諸君!政治家の会合(いや宴会)?・・のドアに聴き耳を当てるような取材の仕方、思惑がどーのこうの、推測結論の番組・記事ばかりでは今回は通用せんぞ、そんなこっちゃアカン!^^; いやマスコミの手腕が問われますぞ、今回は。・・いや月曜日が愉しみ愉しみ。(^^)

            ++++++++++++++++


    No.8092
    下関条約
    did*****
    2010/09/30 13:37

    0
    0
    >>No. 8087
    >中国が挑発的な態度とりましたが、どこまで本気なのかわからないところがある。


    今度の事件は、事の本質において・・中国は本気でしょう。

    本質というのは・・この事件、資源などが絡んだ“尖閣列島問題”というような瑣末な問題ではなく、沖縄全体の領有問題だからです。

    中国は沖縄の領有を放棄してない。

    (この事に気が付いてネット投稿してるのは天才沖田君だけ・・^^)

    日清戦争に勝っちゃって、台湾を割譲したんだから、その内側にある沖縄は当然日本の物・といふうになっちゃったけど、下関条約みると沖縄についてなーんも書いてない。


    ttp://ja.wikisource.org/wiki/%E4%B8%8B%E9%96%A2%E6%9D%A1%E7%B4%84

    第二条に入れるべきでしたな。(割譲ではなく固有といった文言でも)

    あの鋭敏な伊藤公にして・・大チョンボか・・。^^:

    中国は口では言わないけど、
    「琉球は清国に朝貢し、尚氏は清国皇帝から琉球国王に冊封されていたはずであるから、当然中国に属する。」
    と思っているでしょう。

    台湾(中華民国)の教科書だったかな・・いまだに(外)モンゴルが中国の版図になってるものを使っていたそうですよ・・数年前、さすがに大時代的だとかで、かの国でも物議を醸し出して、今はどうなっているか知りませんが・・。^^;

    クルーさんの
    「ブルジョワジーが大手を振って闊歩するプロレタリア独裁国家」
    という皮肉には笑っちゃったけど、僕は・・
    「華夷・王化思想のツラを被った科学的社会主義国家」
    と皮肉っておきます。^^;

    ただ、中国のこの考え方は原理原則を貫いているので侮れないんだな・・

    原理原則がないですからね、日本には・・出来てしまった秩序を認めちゃう。

            ++++++++++++++

    No.8108
    Re: 下関条約
    did*****
    2010/09/30 19:26

    0
    0
    >>No. 8096
    >沖縄の日本編入は日清戦争以前のことですから、そこの条約に特段の留意として沖縄に言及することはそもそも矛盾します。


    それが日本側の常識・言い分なんでしょうね。

    しかし中国はその事自体を認めていない筈です。

    近代における“沖縄の日本編入”とは

    1871年の廃藩置県(これで形式的には沖縄は鹿児島県の所管になる)と、それに伴う琉球処分(71年〜79年最終断行・沖縄県の成立・清国への朝貢使、慶賀使派遣の禁止・明治の元号を使用・藩主の上京・鎮台分営の設置)の事ですね。

    あと、同’71年の台湾事件も日本編入に絡む事でしょうか。(琉球の漁民が遭難して台湾に漂着した際、原住民らによって殺害された事件)
    事件の交渉にあたった特命全権大使副島種臣にたいして清国の役人は
    「台湾生蕃は化外の民にして政教不及」
    という清国側から見たら大失言をやらかしています。^^;

    沖縄県が成立したと言っても、それは日本側の事情であって、清国はそれを認めていない。
    事実1879年、前アメリカ大統領ブラントが世界漫遊の途上 清国を訪れた際に、清国は彼に琉球問題の調停を依頼しています。ブラントの案は琉球列島の分割案だったんですが、それを叩き台にして清国は琉球三分割案、(沖縄諸島は琉球国として独立させ、奄美以北は日本に、宮古八重山諸島は清国に)一方、日本は日清修好条約に西欧並みの最恵国待遇が追加改約するなら宮古八重山諸島は清国に譲っても良いという案を出しています。
    結局、清国皇帝の裁可がひきのばされ、日本も交渉をうちきったので、琉球の帰属問題はうやむにゃのまま、日清戦争をむかえ、その結果台湾をも領有することになったので、琉球の帰属問題は自然消滅となったというわけです。

    この経緯をみても、あくまでも中国は沖縄の日本編入をみとめてないんですよ。
    黙認という形になったのは、やはり日清戦争ですよ。国際政治において戦争の力・パワーというものは今も昔も決定的ですから。

    ですから講和条約(下関条約)において、はっきりした形で帰属を明文化すべきであったのではないかと思ったわけです。

    “もののあわれ”については、またいつか・・^^
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■44792 / inTopicNo.10)  Re[31]: 室内楽
□投稿者/ knowingitself -(2025/12/05(Fri) 15:20:13)
    田秋さん 書き込みありがとうございます

    > knowingitselfさんは室内楽(弦楽四重奏や五重奏、六重奏、またピアノを含む)を好んで聴かれますか?

    けっこう好きです。弦楽四重奏は、いろんなタイプの絵描きにとって素描(デッサン)にあたるような、音楽の本質的な構造を表現しているとかいわれます。もちろん、わたしには難しくてよくわからないジャンルですが、

    ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーン、ドボルザーーク、チャイコフスキー、ブラームス、ショスタコーヴィチあたりの交響曲や協奏曲、声楽曲を好んで聴く人であれば、彼らの室内楽も必ず好きになれると思います。彼らの美点や魅力は室内楽でも同じように息づいています。

    ブラームスについていえば、彼が史上最高の作曲家という人はほとんどいないかもしれませんが、ブラームスが史上最高の室内楽作家とみる人は、けっこういると思います。ピアノと各種楽器とのデュオ、ピアノ三重奏、ピアノ四重奏、ピアノ五重奏、クラリネット三重奏、クラリネット五重奏、弦楽四重奏、弦楽五重奏、弦楽六重奏、ホルン三重奏。

    これだけ各ジャンルにわたる室内楽を書いている人は珍しい。それぞれの曲数は少ないですが、ブラームスは習作を破棄しまくり、推敲しまくりという人ですね。

    田秋さんが演奏された、ベートーヴェンのラズモフスキーとシューベルトの弦楽五重奏は、好きだといいきれます。

    そういえば、以前、哲学者ウィトゲンシュタインがシューベルトの弦楽五重奏をもっとも愛する曲の一つとしていたとか、話題になりましたね。


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■44791 / inTopicNo.11)  室内楽
□投稿者/ 田秋 -(2025/12/05(Fri) 10:44:55)
    おはようございます、 knowingitselfさん。ちょっとお邪魔します。

    knowingitselfさんは室内楽(弦楽四重奏や五重奏、六重奏、またピアノを含む)を好んで聴かれますか?
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■44774 / inTopicNo.12)  10年前の日本はいまより余裕があった
□投稿者/ knowingitself -(2025/12/04(Thu) 07:29:37)
    YouTubeで悟り、覚醒、ワンネスなどで新しいのがあればたまに観ている。

    渡辺充さんのも「おすすめ」に入ってくることがある。

    なつかしいね。彼は何年にもわたって、月4回とかはざらのペースで

    接心に通っていたものだ。

    まだ10年もたっていない?

    思うのは、日本社会もその頃は経済的に時間的にまだまだ余裕があったんだなあ。

    渡辺充さんの考え方をわたしなりに要約すると、

    「思考者はいない、思考だけがある。感覚者はいない、感覚だけがある」

    彼にある時質問したことがある。

    彼は「思考とは感覚化された抽象」といったが、

    それは「抽象化された感覚」の間違いではないかと。

    彼が何度も強調したのは、「感覚化された抽象」でなきゃいけない、

    みなさん全然わかっていないが、これがわかればおしまいだ、悟れると。

    わたしの記憶にまちがいがあるかもしれないが、

    現時点では、「感覚化された抽象」でしかないと思っている。

    感覚を言語によって抽象したものとして思考を捉えるのではなく、

    感覚そのものとして思考を捉える。

    ほおをなでる寒風や暖気のように思考を捉えるということか。

    触れたらおしまい。それ以上追わない!







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