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■37145 / inTopicNo.73)  カントの「神」論
  
□投稿者/ rest -(2024/04/20(Sat) 11:02:16)

    「それだから内感の対象だけの心が、死後にも存続するということは、まだ証明されていないし、また証明され得るものでもない。」(カント著『純粋理性批判』B414)
    「我々は、心が死後に分離されてもなおその実際的存在を維持し得るかどうかという問題に関する限り、我々の心の性質については、たとえどんな仕方によるにせよ、何事も認識し得ない、と。」(同著B420)
    カントにおいては理論理性では「霊」は存在証明ができない、と同時に非存在も証明できないので認識不可能ということ。「物自体」と同様に認識できない、つまりわからないということが理性的態度ではないか。
    「ところで私としては、神の存在に関する教説はまさにこのような理論的信に属するものであると言わざるを得ない。理論的な世界認識に関しては、世界の現象を説明するための条件としての{神の存在という}思想を必然的に前提するものを用意してはならない。」(同著B854)
    「神」もまた霊的存在と同様に認識不可能だから世界の現象の必然的前提としてはならないということであり、信仰としてのみ成り立つということ。
    カントの「不可知論」的立場を支持したい。
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■37186 / inTopicNo.74)  飛ぶ矢のパラドックス
□投稿者/ rest -(2024/04/27(Sat) 09:02:40)
    2024/04/27(Sat) 10:38:31 編集(投稿者)
    2024/04/27(Sat) 10:38:18 編集(投稿者)

    過去ログより

    投稿者/ rest -(2019/07/24(Wed) 01:28:16)

    パルメニデスの弟子ゼノンは運動について四つのパラドックスを提示したが、その中でも「飛ぶ矢のパラドックス」は次のようなものである。
    @どんなものも、ある瞬間に、ある一つの場所を占める場合、静止している。

    A矢は飛んでいるあいだのどの瞬間においても、ある一つの場所を占める。

    Bゆえに矢は飛んでいるあいだのどの瞬間においても静止している。

    C飛んでいるあいだの時間はそのあいだの瞬間から成り立っている。

    Dゆえに矢は飛んでいるあいだじゅう静止している。

    比喩的には映画の映写機によって映し出された映像である。ほんとうに存在しているのは静止画像の連なりだけであって、スクリーン上の「動き」は見かけの姿にすぎない。変化は幻想である、という考えかたである。哲学者マクタガートのA系列における未来、現在、過去の変化は幻想であって、B系列の年表のような映像フィルムこそが実在であるとする結論である。実は相対論の四次元の考え方も同じである。残念だがそこには自由意志の片りんすら見られない。あるのは決定論的運命のみである。それでいいのか。ベルグソンの生き生きとした現在は過去や未来とは等価ではありえない。変化とは未来が現在に移動してくることなのか、それとも現在において未来や過去を造り出すことなのか。

    Camen McRae - My Romannce


    https://www.youtube.com/watch?v=FlXVQH3MvOE
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■37235 / inTopicNo.75)  週刊土曜日
□投稿者/ rest -(2024/05/04(Sat) 09:48:17)
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