| あるとき、囚人の一人を洞窟の外へ連れ出しました。 彼は生まれて初めて洞窟の外の世界を体験します。
ずっと暗い洞窟で影だけを見て生きてきたので、光というものの存在すら最初は理解できません。 しかし、しだいにこの世には光というものが存在し、光があるから影ができること、影そのものは実体ではないことを理解していきます。
彼は自分がこれまでいかに狭く閉ざされた中で生きてきたかを思い知ります。 同時に、今もなお洞窟の中で影を真実と思い込んで生きている囚人たちを憐れに思い始めます。
洞窟に戻った彼は、自分が見てきたものを他の囚人たちに語って聞かせます。 囚人たちがどんなに驚き感激するだろう、と彼は期待していました。
ところが、囚人たちには彼の話が全く理解できなかったのです。 それどころか、囚人たちは彼のことを「洞窟から出たせいで目がおかしくなった」と笑いものにします。
誰一人として理解者がいないことに彼は打ちひしがれます。 それでも、いつか囚人たちに真実を知らせるために、あえて元通りの生き方——壁の影絵だけを見て、それを真実と思い込むふりをする生き方——を選びます。
ただ、彼の身にはある異変が起きていました。 いちど外の光を知ってしまった彼の目では、暗い洞窟の中で影をうまく認識できなくなっていたのです。
少なくともこの洞窟の中では、他の囚人たちの言うように「目がおかしくなった」のかもしれないとさえ、彼は思うことがあるのです。
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