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No3082 の記事


■3082 / )  パニチェさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/06/09(Tue) 19:11:37)
    こんばんは。
    私はカント哲学に詳しいわけではないので、自分勝手な感想を書きます。


    > カントは分析的判断や経験的総合判断に対してアプリオリな総合判断としての共通規格をあげている。共通規格として公理や因果律があるとし、これらが自然科学や数学が万人に共通する土台つまり基礎づけるものとしているが、公理や因果律も経験によるものではないか?という疑問。<

    カント哲学の解釈は様々に分かれており、番組は先生の深い理解の上で、わかりやすいように作られたものだと思います。
    カントが本当に、アプリオリに人間に備わっている(この言葉さえ、本当はややこしい問題を省いて表現しています。)のは、知性に関して言えば、ある共通の概念です。
    そして、公理が共通、というよりは、共通の概念でつくる公理であるゆえに、共有できうる、ということだと私は捉えています。

    かなり勝手な私見になりますが、本当は死んでいるほんの少し前の過去の情報をエピソード記憶として、現在の顕在意識下に生み出す時の組み立て方がカントの認識論のイメージを、私は持っています。これは自分勝手な私見です。


    > 共通規格というのは脳や五感(視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚)の構造、認識プロセスが人類共通であることに他ならず、<

    まずは、感受した直観が空間と時間のある位置に生じることと、ごく基幹的概念の純粋悟性概念だけが共通と想定してみてください。
    そして、そこから出すものは、その枠組みだけがみんなに共通で、その中身はみんなで議論しながら変化し得るものだと思います。
    そう私が思ってることを、下記のパニチェさんの疑問で伝えてみますね。

    >仮に複眼でも1+1=2とする公理が成立する世界となるのか疑問。<

    人間の直観に適合する、ということです。
    人間にはそう現れるから、そう合意できる、ということで、
    そう現れないと、お互いに話し合えるかは、お互いの知能レベルや想像力によるだろうな、と、思いました。人間すべてが同じじゃないかもだし、宇宙人とも?ですね。


    >また因果律に関しても窓から入ってきた風によってロウソクの火が消えるというのは経験からくる知識であって、酸素がなくなることによって火が消えるという知識と同じである。そもそも一つの原因から一つの結果が生じているというのは人間の経験からくる想像であり、経験上最も多かったケースをもって原因と結果としているだけの後天的な思考傾向ではないか?<

    上記の意見は、原因と結果、という枠組みでパニチェさんは判断していませんか?
    経験から出てる知識、だから、原因と結果という知識は後天的。
    の、枠組みが、純粋悟性概念の原因と結果という考え方してる。
    ちなみに、この概念は生まれつき、というより、知性から獲得する、と、カントはしてるみたいです。
    原因と結果、が形式で、中身はみんなで確かめていく。



    > ピストルを撃って相手が死ぬという事象も引き金を引たことが原因で相手が死んだという結果だけではなく、原因としてはピストルを手に入れる、ガンショップで購入したとすればガンショップを開業したこと、ピストルを作った人がいるなどなど無数に原因とすることが可能で、弾丸が到達する前に相手は心臓発作で死亡していたとも考えることができる。「ピストルを撃って相手が死ぬ」という因果律は、経験上あるいは自分がこれまで知り得た知識のうち、最も多かったケースをもって原因と結果としているだけの後天的な思考でるとも言える。
    >
    > 但し、脳科学の知見がなかった時代、または現象学をはじめとしたその他の哲学の先駆けや踏み台としてカントの仕事は偉大であったことには揺るぎないとは思う。<

    私はまだ全然カント哲学の勉強をしきれてないけど、今の所そのように思いました。

    私はカントが大好きだけど、

    仏教徒として悟ってみたい、と、思う私にとっては、

    もう勉強せんでもいいんかな、と、思うこともあります。
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