□投稿者/ パニチェ -(2020/04/15(Wed) 09:43:14)
| こんにちは、レスありがとうございます。
■No2687に返信(knowing itselfさんの記事) > knowing itselfgがまとう重ね着そのものには特別の個性的な意味があるのではないと考えています。それでも、なぜかこの重ね着においてだけ、他でもないこの重ね着の中でだけ<私>を経験できている。この点は微妙で悩ましいのですが、<私>の本来の居場所は、この現実世界の外部にあり、<私>と重ね着は同一化できないと捉えています。現実世界の中で<私>が我性や主体性を帯びているではないと。
なるほど。〈私〉の居場所が世界内ではなく、その外部であるということ、〈私〉と重ね着は同一でないことは同意できます。
ただ「重ね着においてだけ、他でもないこの重ね着の中でだけ<私>を経験できている」ということは、〈私〉そのものには〈私〉を経験できる要素がないということでしょうか?
パニチェは〈私〉そのものにも〈私〉性があるから〈私〉なんだと考えています。 但し、その〈私〉性は言語化できない。
> 溶け合わないということはないと思います。
knowing itselfさんの理屈(重ね着においてだけ、他でもないこの重ね着の中でだけ<私>を経験できている)からすれば溶け合うことは理解できます。
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