□投稿者/ パニチェ -(2020/04/13(Mon) 16:15:44)
| こんにちは、knowing itselfさん 質問に答えていただき、ありがとうございます。
■No2675に返信(knowing itselfさんの記事) > 信じているというより、knowing itselfが感じている苦や煩悩を六道輪廻の一フェーズと捉えているというのが近いでしょうか。
なるほど。六道輪廻の一フェーズと捉えられるようになったきっかけとかありますか。
> 解脱という最終的なゴールを目指すというのはその通りですが、knowing itselfの理解する「意識」は、解脱というか涅槃それ自体のことです。なので、むしろ大乗仏教やadvaita の世界観に近いのかもしれません。「意識」それ自体が何の制約や夾雑物もなしに100パーセント輝く状態が最終ゴールと考えています。この生でも「意識」に生々しく触れることはもちろん可能ですが、それは一時的部分的なので、まだまだ旅は続くのだろうと。 > 人間の日常意識そのものが、「意識」の制限的な変様と考えていますので、「意識」から離脱することはもともと不可能ということになります。
本来あるがままの意識というか純粋な〈私〉は涅槃そのものということですね。 そうなるとknowing itselfさんの中では(思想的には)、〈私〉と無我または真我については折り合いがついている、または整合性はありますか?
> 仰るとおりです。その方向で投稿文を構成しているつもりです。
意識や〈私〉に対する探究は他者に言語で伝えることは難しいですが、論理的には可能だとパニチェは考えています。 一方、輪廻転生については暗黙の飛躍が必要だとパニチェは考えており、その暗黙の飛躍というのは信仰や宗教的な(必ずしも特定宗教という意味ではありません)ものであって、論理的な帰結では到達しないように思うのですが、knowing itselfさんの場合は如何でしょうか。
これらの質問は差し支えなければ返信下さい。スルーでも結構です。
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