□投稿者/ pipit -(2022/01/19(Wed) 09:58:20)
| 2022/01/19(Wed) 10:00:23 編集(投稿者)
わかり難い。。。 意味が把握できない。。。
『カントとオートポイエーシス』山下和也先生、p25、26より引用 『知覚や思考、想起や空想なども、本来の意味では認識システムの作動である。 (略) そして認識システムもオートポイエーシス・システムであるから、そのコードをもっている。 これを「概念コード」と呼んでおく。 概念コードは認識表象のタイプと連鎖を決める規則であり、全体がネットワーク状に連鎖している。 規則であるから普遍性をもち、反復されることができる。 全ての認識表象は、そこにおける現れもろとも、概念コードに従って産出されるのである。 ダマシオの言う、心的イメージに基づく熟考から生じる「二次の情動」(ダマシオ:二一五以下)は、このレベルの認識表象に生じる攪乱と考えることができる。 それだけではなく、認識システムはみずからの自己言及を介して、概念コードに表象を対応させることができる。 この表象を「コード表象」と名付ける。 それは言わば概念コードの名前である。』 引用終了
自分の中で整理します。(勘違いしてるかもだけど)
@ 概念コード(A)にしたがって、認識表象(B)が産出される。
A @の作動((A)→(B))への自己言及の結果として、概念コード(A)にコード表象(C)を対応させることができる。
、、、、 仮に思考します。変更可能性大ありです。
意識システムで生じるものが、色や音、触覚がまだ対象としての形になってないものとしたら、 その混沌とした感じられたものが、概念コード(A)にしたがい、ある一つの対象物(B)としてシステムに認められる(認識表象の産出)。
このときその作動(自己)を知る主体(自己)が、
概念コード(A)に表象(C)を対応させた場合の、この表象(C)を、コード表象(C)と山下先生は名付ける。
この続き、(p26六行目から)は、また後ほど。。。
(・Д・)。。。。
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