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No19886 の記事


■19886 / )  Re[31]: Z 第一部 説話[20]
□投稿者/ みのり -(2021/12/12(Sun) 08:31:56)
    2021/12/12(Sun) 08:36:16 編集(投稿者)

    悪魔ちゃん、こんにちは〜。

    No19840に返信(悪魔ちゃんさんの記事)
    > ■19825、みのりさま、お邪魔します、ちょと思ったんで、
    >
    > >22 かずかずの短い愚行 ─ それがきみたちのもとでは恋愛と呼ばれる。そして、きみたちの結婚は、一つの長い愚事として、かずかずの短い愚行を終わらせる。<
    >
    > ザロメとニーチェの関係、ネットで調べたのね。
    >
    > ウィキによると、
    > 〔ルー・アンドレアス・ザロメ(Lou Andreas-Salomé、1861年2月12日 - 1937年2月5日)は、サンクトペテルブルク生まれのドイツの著述家、エッセイスト。ロシア語名ルイーザ・グスタヴォヴナ・サロメ。本名はルイーズ・フォン・ザロメ(Louise von Salomé)といい、"Henry Lou"の偽名を使うこともあった。〕
    >
    > 〔1880年、ザロメは、チューリッヒ大学で宗教学、哲学、そして芸術史の勉強を始めた。1882年にパウル・レーと出会い、彼を介してフリードリッヒ・ニーチェと知り合う。ニーチェから求婚の申し出があるが、彼女はそれを拒絶した。のち同様に、ライナー・マリア・リルケからの求婚もやはり断っている。結局、1887年にイラン学者のフリードリッヒ・カール・アンドレアスと結婚している。
    > ザロメはベルリンでは、フリードリッヒスハーゲン・グループに近づき、当時の著名人たちの知遇を得る。たとえば、ゲアハルト・ハウプトマン、フランク・ヴェーデキント、ヨハン・アウグスト・ストリンドベリ、アルトゥル・シュニッツラー、ヤコブ・ヴァッサーマン、などである。こうした特別の交友関係を通して、彼女はライナー・マリア・リルケと知り合い、リルケとは2度ロシア旅行を共にしている。
    > 1911年、ザロメはヴァイマールで開催された国際精神分析会議に参加した後、フロイトの下で精神分析の知識を深めようとする。その後、彼女の夫がゲッティンゲン大学に招聘を受けたため、そのゲッティンゲンで彼女も精神分析の分析家として開業をする。彼女はゲッティンゲンで尿毒症により亡くなった。
    > ザロメの広範囲にわたる学問的、文学的名著作は、20世紀後半に入って初めてその全体が収集、編集、校閲されて出版の運びにいたった。その文学作品や物語の中で彼女は、伝統的な世界の中で自分自身の道を歩み始めようとした近代的な女性たちのさまざまな問題を取り上げている。〕

    ニーチェは、もともと友人だったパウル・レー(男性)からそのルー・ザロメという女性を紹介され、ほどなくして結婚を申し込み、断られたそうです。
    パウル・レーとルー・ザロメはもともと互いに好意を持っていたそう。
    ニーチェはそうしたことに気づいていたのかいなかったのかだけど、ザロメの提案での三人での共同生活もし、ほどなくそれは破綻したそうです。
    (100分de名著ブックス『ツァラトゥストラ』西 研 を参考にしました。)

    ルー・ザロメは異性にもてたし、交流も自由奔放だったのかもですね。



    > ニヒリズム、ネットで調べて見たのね。
    > コトバンクでは、
    > 〔ニヒリズムNihilismus ドイツ語
    > 「虚無主義」と訳される。通説によれば、「ニヒリズム」はヤコービがフィヒテの知識学を非難して用いたのが最初だとされる。「ニヒリズム」はまた、19世紀の後半、ロシアの社会運動に現れた伝統的権威、政治社会上の諸制度、宗教などを否定し排斥する傾向をさし、盛んに用いられた。しかし今日、「ニヒリズム」ということばを耳にして普通念頭に浮かぶのは、もっぱらニーチェとその現代批判であろう。
    > ニーチェによれば、「徹底したニヒリズムとは、承認されている最高の諸価値が問題になるようでは、生存は絶対的に不安定だという確信、およびそれに加えて、“神的”であり、道徳の化身でもあるような彼岸(ひがん)ないしは事物自体を調製する権利は、われわれには些(いささ)かもないという洞察のことである」が、現代はそのニヒリズムの到来の時代である。「私が語るのは来るべき20世紀の歴史である。私はやって来るもの、もはや別様にはやって来えないもの、つまりニヒリズムの到来を記すのだ」とニーチェは語る。〕
    >
    > ニーチェの、「ニヒリズム」って言われてるみたいだけど、
    > 22を見る限り、ひがみズムとしか思えないのよね、わたし。妬みも入っていそうだから妬みズムでもいいかも。
    >
    > 『善悪の彼岸』は、じつは「善悪の僻み」だったりして。


    キリスト教による価値観は、根柢にルサンチマンが隠されている奴隷道徳的なものであるとニーチェは考え、それに安住するように生きることを批判しました。
    自分で倫理道徳を含めた価値観を創造せず、作られたものを信じ従うことで安住しようとすることを批判したのですね。
    ただ、こうしたものを否定してしまうと、何を指針として生きていけばいいのか、という迷いも、人々のなかに出やすいです。
    (言い換えれば、ニヒリズムに陥りやすくなりもする、ということ。)

    そこで、ニーチェは、意味や価値を自ら創造して生きることを人々に提唱します。
    もともと、意味や価値というものは何も決められていなかったにも関わらず、宗教など既存の価値観を生み出すものの支配によって、人々の間でその価値観が常識のようになってきただけなのだということ。
    そうしたものを退け、無価値化して自ら創造せよ。
    このことが彼の哲学の核心としてあるものだと思います。

    『ツァラトゥストラ』を読んでいると、たしかにたまに随分と独善的だなぁ。。と感じる文章もたまにあるし、そうしたものを読む人の感想も様々だと思います。
    私も、昨日書いた通りの感想がありますしね。
    ただ、それを大きく上回る感銘があるということです。
    多くの人々に読まれてきたというのが、私的には納得できます。
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