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Re[19]: キリスト教の外の救い 愛満開様へ
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□投稿者/ 愛満開 -(2021/04/28(Wed) 19:59:53)
| tollさんこんばんは。はじめまして。
> 先般まで こちらに投稿されていた方の投稿です > プロテスタントの学者さんが唱えたらしい「予定説」に > 取り組まれていた方の持論のようなんですが > どう思いますか? > ーーーーーーーーーーーーーーー > > ■No12083 > □投稿者/ 勿忘草 -(2021/04/22(Thu) 17:11:15 > >>もし、神が誰が救われるか選ばれているのなら、私たちがキリストを選んで信じる自由意志はどうなるのでしょうか? > > 聖書は私たちは自由意志で選択できると言っています。 > > 私たちがしなくてはならないのは、ただイエスキリストを信じること、そうすれば救われると言っています。(ヨハネ3章16節;ローマ10章9−10節) > > 聖書は、一度も、神が、神を信じる者を拒むとか、誰でも神を求める者を退けるとか言ってはいません。(申命記4章29節) > > どうしてか、神の神秘さのうちで、予定説は、神に引き寄せられた人と共に働いて(ヨハネ6章44節)、その人が信じて救われるのです。(ローマ1章16節) > > 神は救われる人をあらかじめ決めておられ、救われるためには、私たちはキリストを選ばなければならないのです。 > > この二つの事実は、同等に真理です。 > > ローマ11章33節は、「ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。 > そのさばきは、何と知り尽くしがたく、そのみちは、何と測り知りがたいことでしょう。」と宣言しています。 >
聖書が 予定説を 語っているなら 私は聖書に従いたいのですが、納得できない点があります。
神様は 人類を救うためにあらかじめ計画をたてました。 その壮大な 計画は 一人一人の 役割によって 進められます 。 全ての人が何かしらの役割を与えられていると思います。ですから神様はその役割に応じて、必要な能力 を与えてくれるのです。 これは救われた人だけではありません。 救われてない人も 含めて全ての人を通して、神は 計画を進めています。
そして、神様の恵みを 自分の自由意思で 信じる人達を 救うということです。
なので、救いの選びは神様の恩寵を自分の自由意思で 信じる人達のことです。
「A さん、 B さん 、C さん は救うけれど、 Dさん Eさん は救わない」
という二重予定説が 主張するような 選びではない のです。
また、「一旦新生しても、最後まで主イエスに留まる信仰」の継続が必要です。 予定説のように、「一旦救われたら、何がなんでも天国に行ける」というわけでもありません。
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