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■1233 / inTopicNo.37)  Re[42]: 哲学的考察。
  
□投稿者/ エフニ -(2019/05/15(Wed) 03:22:12)
    パニさん、こんばんは

    哲学的ゾンビの問題も面白いですよね。

    AIを「中国語の部屋」としたとき、私以外の他者がAI(つまり哲学的ゾンビ)でないとどうして言えるのかという話になると思います。

    サールの「中国語の部屋」は、先行する議論のアンチ・テーゼとして出されたものなので、まずその先行する議論からトレースしてみたいと思います。

    意外なことに、「ホモ・デウス」で主張されてることは、40年前に既に言われていたことなんですね。

    世界が非決定論であること、唯物論者(たいていの脳科学者がそうです)の物的一元論が少なくとも心脳問題ではパラドックスやディレンマを誘発することなども、並行して語って行きたいと思います。

    オミヤス廂
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■1221 / inTopicNo.38)  Re[41]: 哲学的考察。
□投稿者/ パニチェ -(2019/05/10(Fri) 21:39:49)
    No1219に返信(エフニさんの記事)

    > サールが四十年前に「中国語の部屋」で述べた直観や洞察を、科学がやっと裏付けてきたということなのだろう。

    基本的に同意ですし、支持してます。

    その上で「中国語の部屋」への代表的な反論として、「私達も哲学的ゾンビと五十歩百歩ではないか?」「私達が哲学的ゾンビや中国語の部屋ではない根拠とは何ぞや」ってな話も興味はあります。
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■1219 / inTopicNo.39)  Re[40]: 哲学的考察。
□投稿者/ エフニ -(2019/05/10(Fri) 03:42:08)
    東京経済大教授、東京大名誉教授で、著書に「AI原論」「ビッグデータと人工知能」などがある、情報学者の西垣通は、「第四の革命」(ルチアーノ・フロリディ著)の書評のなかで、こう述べている。

    「デジタル社会を語る諸説のなかで、ルチアーノ・フロリディの「第四の革命」はまともな方だ。 近年「やがてロボットと人間との境界はなくなる」などと妄言を吐く困った学者もいるが、ロボットは言葉の意味を何も理解していないと、正しく指摘している。」

    斯界の権威二人(安宅、西垣)が、異口同音に「機械で心は作れない」と断定しているところが面白い。

    サールが四十年前に「中国語の部屋」で述べた直観や洞察を、科学がやっと裏付けてきたということなのだろう。
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■1214 / inTopicNo.40)  Re[39]: 哲学的考察。
□投稿者/ エフニ -(2019/05/08(Wed) 02:55:45)
    「ホモ・デウス」が説く、神の時代、人間の時代からデータの時代へ、という変遷もわかるようでわかりづらい。

    単純すぎるのではないか。

    そんな話を差し向けると、安宅さんの脳が少しスパークした。

    「データの利活用は科学の延長線上にあり、科学の担い手である人間の時代が続くだけです。 そこに神の時代も並行してある。 欧米など一神教の場合、神の代わりになるものが出てこない。 だから、その穴を埋めるため、終末的な極論を展開しがちなんじゃないのかな。 大方の日本人は一神教じゃないので、神の代わりといった代替物を考えなくてもいい」

    つまり、一神教の人には切迫感があるが、日本人にはないということなのか。

    人工知能と聞いて、一神教の人は「2001年宇宙の旅」で人間を死に至らしめる人工知能を思い浮かべる。

    だが「我々が描いてきたのはドラえもんですからね。 うまく使い倒せばいい、となる。 「ホモ・デウス」は一神教の人の考え方を理解する役には立ちますが。 違和感があるのは、神に対する見方の違いもあるのかもしれません」。

    違和感が少し解けた感じだ。

    (2018年10月11日 毎日新聞夕刊)
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■1208 / inTopicNo.41)  Re[39]: 哲学的考察。
□投稿者/ パニチェ -(2019/05/06(Mon) 13:23:52)
    こんにちは、エフニさん

    No1204に返信(エフニさんの記事)

    > このイスラエルの歴史学者は、AIや脳神経学には全くの素人で、パニさんや三郎親分、祖師様らの知識水準にも達していないように思われます。
    > 歴史の本だけ書いていればいいんですよね。
    > とにかく、安宅教授、「機械で心は作れない」と強烈に駄目だしをしていて、痛快です。

    三郎親分や祖師様はともかく、私の知識水準なんて知れてますが、最近のAIバブルには呆れます。

    > ☆とりあえず最後まで引用を続けますね。

    よろしくお願いします。楽しみです。
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■1206 / inTopicNo.42)  Re[38]: 哲学的考察。
□投稿者/ エフニ -(2019/05/05(Sun) 23:49:00)
    「大半の意味理解は「意識」があろうとなかろうとできますが、表現など何かを「出力」する際には「意識」が必要になる。 「意識」とは、脳内活動を認識することですが、例えば写真を撮る際、この花だとか、今何が一番大切かと思うのも「意識」の上の活動。 ゴッホも単に風景を見ただけの「意味理解」で終わらず、「意識」があったからこそ絵にできたんです」

    つまりどういうことか。

    「体験や知覚の多くは「意識」がなくてもできます。 でも、「知能」は「出力」まで含んでいるので、「知能」の中に「意識」が含まれるのです。 「知能」と「意識」を比べることがおかしいのです。 「ホモ・デウス」の論が弱いのは、AIによる情報処理の自動化と知能全体をいっしょくたにしているからです。 脳内の情報処理は恐らくほとんどが自動化できますが、それを統合しても人工的な人間にはならない」

    かぶれる草を避ける行為と、その草を避ける自動化とは、筋道が違うということだ。

    続く。
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■1205 / inTopicNo.43)  Re[37]: 哲学的考察。
□投稿者/ エフニ -(2019/05/05(Sun) 23:27:06)
    どうにかわかった顔つきをしていると、安宅さんは問題の書「ホモ・デウス」に話を戻した。

    「知能」と「意識」のどっちが大事なのかという問いだ。

    「「知能」とはインプットとアウトプットをつなぐ力です。 外からの刺激、つまり「入力」を感覚に翻訳し、それをもとに知覚対象を切り分け、意味を理解し、それに基づいて、運転なり表現なりの「出力」をする。 「入力」や「出力」が入り組んでいる時は状況把握など情報を総合、抽象化する過程が含まれます。 そこまでのことはメダカも人間も瞬時にやっています」

    「入力」から「基礎的な意味理解」までは、「意識」を必要としない。

    「脳は6歳で大人の7、8割の大きさになり、成人に達すれば大きくならない。 その代わり脳の領域間の接続が経験と共に増え、あらゆる経験を積んだ人は接合だらけで、つなぎを可視化すれば真っ黒になっているんです」

    絡まって絡まってぎゅうぎゅうの網の目が「出力」を助けるようだ。

    続く。
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■1204 / inTopicNo.44)  Re[38]: 哲学的考察。
□投稿者/ エフニ -(2019/05/05(Sun) 23:06:19)
    パニさん、こんばんは

    この安宅教授って、いいですよね。

    私のお気に入りの学者になりました。

    ソーカル事件以降、素人が専門外の分野でいい加減な事を言うのを、専門家が指弾することは珍しいことでは無くなりました。

    このイスラエルの歴史学者は、AIや脳神経学には全くの素人で、パニさんや三郎親分、祖師様らの知識水準にも達していないように思われます。

    歴史の本だけ書いていればいいんですよね。

    とにかく、安宅教授、「機械で心は作れない」と強烈に駄目だしをしていて、痛快です。

    ☆とりあえず最後まで引用を続けますね。
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■1190 / inTopicNo.45)  Re[37]: 哲学的考察。
□投稿者/ パニチェ -(2019/05/03(Fri) 08:26:12)
    No1188に返信(エフニさんの記事)
    > 「AIは人間を超えますか」と素朴に聞くと、問い自体が適切でないと安宅さんは言う。

    > 人間とAIは何かを学習する道筋が全く逆、根本が違うため、等価な比較はできないという。

    > 「例えば我々の場合、ある草を踏んだら足がかぶれたので、危ない草だと学習する。 一方、AIの機械学習はその草を避けるという「目的」がまずあり、モデルの中の変数を調整していく。 自動運転もそうてすが、「目的」にあった動作をさせることはできる」

    > 「避ける」という動きを与えるために「目的」を先に与え学習するのがAIの構築だとすれば、人間はさまざまな経験から意味を理解し「避けた方がいい」という判断をする。

    > 機械と生物の学びは逆だということだ。

    > わかったようなわからないような顔をしていると、安宅さんはため息をつき「例えばゴッホの絵(=目的)をたくさん覚え込ませれば、AIはゴッホのような絵を簡単に描ける。 あるいはゴッホとモディリアーニを混ぜた絵を。 でも、AIが体験をもとに、ゴッホのような人間の深い心的洞察に基づく表現への手がかりを得ることはない。 心に該当するものがないからです」。

    身体性のない意識は人間の意識とはほど遠いってことと、フレーム問題ですね。

    二人の人間が将棋をしているところを観察させて将棋のルールを学習させようとした場合、人間なら棋士がお茶を飲んだり、扇子であおぐことなどはルール外の行動と経験上判断し除外するが、日常生活を経験していないAIはどこからが将棋のルールに関連する行動なのかは判断できない。

    “フレーム問題”をネット検索すると「フレーム問題」は解決したなんて主張している人もいますが、フレーム問題とは人間や生物には初期設定がないのに対して、AIには初期設定が必須であり、そうなると複雑系の日常生活においてさまざまな経験から臨機応変に対応できるようなプログラムは作りようがないというような問題であるにもかかわらず、特定の作業のフレームが作れるか、作れないかの問題にすり替えて解決しているかのようにカキコしています。

    人間への洞察があまりに浅い。これは哲学の“哲”分不足の発想のように思います。
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■1188 / inTopicNo.46)  Re[36]: 哲学的考察。
□投稿者/ エフニ -(2019/05/03(Fri) 02:34:17)
    「AIは人間を超えますか」と素朴に聞くと、問い自体が適切でないと安宅さんは言う。

    人間とAIは何かを学習する道筋が全く逆、根本が違うため、等価な比較はできないという。

    「例えば我々の場合、ある草を踏んだら足がかぶれたので、危ない草だと学習する。 一方、AIの機械学習はその草を避けるという「目的」がまずあり、モデルの中の変数を調整していく。 自動運転もそうてすが、「目的」にあった動作をさせることはできる」

    「避ける」という動きを与えるために「目的」を先に与え学習するのがAIの構築だとすれば、人間はさまざまな経験から意味を理解し「避けた方がいい」という判断をする。

    機械と生物の学びは逆だということだ。

    わかったようなわからないような顔をしていると、安宅さんはため息をつき「例えばゴッホの絵(=目的)をたくさん覚え込ませれば、AIはゴッホのような絵を簡単に描ける。 あるいはゴッホとモディリアーニを混ぜた絵を。 でも、AIが体験をもとに、ゴッホのような人間の深い心的洞察に基づく表現への手がかりを得ることはない。 心に該当するものがないからです」。

    続く。
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■1184 / inTopicNo.47)  Re[35]: 哲学的考察。
□投稿者/ エフニ -(2019/05/02(Thu) 02:45:12)
    「知能」と「意識」を比べる問いに違和感を抱いたのは、以前、ヤフーの最高戦略責任者(CSO)、安宅和人さん(50)からこんな言葉を聞いていたからだ。

    「人工知能(AI)はあらゆる基礎的な情報処理で人間を超えるだろうが、人間のようになることはない。 中でも大局的な把握は人間の最も高度な能力の一つで意味理解のないAIには極めて厳しい」

    安宅さんは、東京大学大学院などを経て米エール大で脳神経学の博士号を取得し、現在は慶応大環境情報学部教授も務めている。

    オフィスを訪ねると、「ホモ・デウス」を読み終えた感想をこう漏らした。

    「疫病、貧困、戦争という人類の三つの死因が収束に向かっているといった分析など、前半は面白いけど、後半は息切れしている。 前作は名著で興奮して読みましたが…。」

    続く。
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■1179 / inTopicNo.48)  Re[34]: 哲学的考察。
□投稿者/ エフニ -(2019/05/01(Wed) 02:16:25)
    「ホモ・デウス」(神のヒト)の帯にこうある。

    「生物はただのアルゴリズム(演算式)であり、コンピューターがあなたのすべてを把握する。 生物工学と情報工学の発達によって、資本主義や民主主義、自由主義は崩壊していく。 人類はどこへ向かうのか?」

    著者は全世界で800万部も売れた「サピエンス全史」(11年)で人類を論じたイスラエルの歴史学者、ユバル・ノア・ハラリ氏(42)だ。

    その続編ともいえる「ホモ・デウス」はこんな三つの問いでしめくくられる。

    1.生き物はアルゴリズムにすぎず、生命はデータ処理にすぎないのか。
    2.(人をしのぐ機械の)知能と(人の)意識のどちらに価値があるのか。
    3.高度な知能を備えたアルゴリズムが本人よりも人間を知るようになったとき、日常生活はどうなるのか。

    端的に言えば、超人的なコンピューターが人間活動の全てを決める時代が来るのでは、という疑いだ。

    問い中で2.が特に理解できなかったため、本人のサイトにインタビューを申し込んだが、返事がない。

    河出書房新社の編集者によると「毎週世界中から400もの取材依頼がある」そうで、とても対応できないようだ。

    続く。
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