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■2579 / inTopicNo.1)  かつての毒舌パニチェへの反省の弁(笑)
  
□投稿者/ パニチェ -(2020/04/02(Thu) 17:36:01)
    No2578に返信(floraさんの記事)
    > こんにちは、ちょっとお邪魔します。

    こんにちは、レスありがとうございます。
    お邪魔どころか、気が向く限りどんどんレス下さい。^^

    > 素敵なコメントありがとうございました。私は知らないものを知りたいだけで、とてもじゃないですが、だれかと対立したいとか・・・そんな感じはありません。
    > だって、マジで知らないんですもの!(-_-;)

    こちらこそ、ありがとうございます。
    きっとYahoo!掲示板とかtextreamで議論を好む人って、知的刺激を求めているとか、好奇心からとか、知らないことを知りたいという人より、自己顕示欲からの方が多かったのかもしれませんね。

    フローラさんのように知らないことは知らないとか、分からないと言えばいいものを、知らないことは知らないとも言わないし、聞きもしないのに、反論するみたいな人が結構多くて、非生産的なレス交換に陥ってしまう傾向がありました。

    私も何か相手をそのようにラベリングしてしまうと、議論そっちのけでからかったりする悪趣味もあったりして、相手も不快だったとは思います。
    反省!だはははは〜^^;

    PS.このコメントはほぼ自己レスですので、スルーで結構です。このトピの最終レスとしてカキコしましたので。
    続きは「〈私〉について 2」で返信させてもらいます。

引用返信/返信 削除キー/
■2535 / inTopicNo.2)  フローラさんへ
□投稿者/ パニチェ -(2020/03/28(Sat) 08:02:38)
    2020/03/28(Sat) 08:10:45 編集(投稿者)

    おはようございます。

    これまで、Yahoo!textream(掲示板)での〈私〉に関する議論やレス交換では、伝わらない人たちはほぼ全員その存在を否定する傾向がありました。

    パニチェが「それとは(伝えようとしている対象が)違う」と否定しても、違うものを俎上に載せて、その存在を否定するというパターンで、最終的には私から「もういいや」って議論やレス交換を投げ出してしまうということが常でした。

    分からない、知らないことを知ろうという人たちよりも、分からない、知らなにことは“ないもの”として否定する人の方が多かったというのがパニチェの実感です。

    そういう意味ではフローラさんは分からないけれども、その対象を否定することなく興味や関心を持っておられ、どうすれば他者に〈私〉が伝わるのか、あるいは〈私〉に関しての最も近似な表現を模索するパニチェの実験への協力者として大変貴重で有難いと思ってます。

    そもそも原理的に言葉では伝わらない存在を伝えようとしているわけですから、これは聞く側の人の能力ではなく、説明する側(パニチェ)の能力の問題であり、実験(失礼!^^)でもあるわけです。

    そういうわけでフローラさんは伝わらないことについては本当にお気遣いなく、また忌憚なく(気が向く間は)なんなりとカキコして下さい。

    参考までに以下が永井均氏の分からない人たちに関する分析で、私も同じ思いをしてきました。

    『それにしても、ある新しい問題提起が人々に理解してもらえるためには、どれほどの根気と労力と時間が必要であるか、この間の私は痛感せざるをえなかった。人々は、頑ななまでに新しい問題提起というものに鈍感で、かつ拒絶的である。そして、どういうわけか、問題が世の中で少しでも注目されるようになると、今度は精確に理解しようともせずに、さまざまな角度からその問題の悪口を言って、なんとかそれを旧来の枠組みに押し込めて抹殺してしまおうとする人が、次々と現れるのである。自分にとって異質な問題が存在するということ自体がたえがたいような人々が居るらしいのだ。・・・もし、ここで論じられているような問題が確かに存在し、それを論じる私のやり方に大過がないことが納得できたなら、私は次に、このような問題が人生にとってどういう意味をもつかを、主題に考察していきたい。これまで考えてきた道徳哲学やニーチェに関する問題と交差する地点に、徐々に接近していきたいと思う。・・・だが、問題を感じない人は入ってこないでほしい。ひょっとすると、私はただ特殊な種類の錯覚にとらわれているだけかもしれない──それはありうることだ──が、たとえそうだとしても、それがいかなる錯覚であるかを解明できるのは、同じ種類の錯覚に悩まされた経験がある人だけなのである。(勁草書房刊 永井均著 〈私〉の存在の比類なさ はじめに)』

引用返信/返信 削除キー/
■2531 / inTopicNo.3)  Re[76]: 独我論
□投稿者/ パニチェ -(2020/03/27(Fri) 12:32:42)
    2020/03/27(Fri) 14:53:04 編集(投稿者)

    No2528に返信(floraさんの記事)
    > 以前ヤフーで愚さんにもお話ししたんですが、過去にて突然中国に行きたくなり、続けて3回行きました。最後の旅行で国内移動の飛行機が飛ばなくなり陸上移動になりましたが、20年ほどまえですのでGPS等あるわけがなく、道なき道をバスは10時間くらいかけて移動するんですが、迷った場所を私は知っていたんです。当然との場所は観光地でもなんでもなく、写真等も掲載されたことがないのだそうで、町の構造等を知っていた自体が非常に不思議なことでした。愚さんも不思議ですね・・・とおっしゃったのですが、私の中のほかのだれかが見たかったとしか思えませんでした。以後中国熱は冷めました・・・

    よくある話としては前世の記憶とかですかねぇ〜。ほんとに前世ってあるのかなぁ〜。よく分かりません。
    心臓移植とか輸血によって性格や趣味嗜好が変わったり、ドナーの記憶の一部がレシピエンントに移行する事例はありますね。
    心臓移植の場合は内在性心臓神経細胞(ICNS)にも記憶の蓄積があるという仮説で説明されています。

    > フローラを軸とした個体があり、そこに経験や知識が自分のものとしてお団子のようにくっついているからではないでしょうか? そして自分であるという認識は身体のような気がします。

    自己同一性は上記によって担保されているように思いますが、上記の“自分のものとして”は団子よりアプリオリですよね?
    まずはフローラさん(名前ではなく)という他の誰でもない串があって、そこに団子がささることによってフローラさんらしさや、自己同一性が成立します。
    でも、その成立前に既に他の誰でもないフローラさんという串が存在している必要があります。言語学習もこれに同じで言語学習する主体が先んじて他の誰でもないフローラさんとして存在します。
    性格や“らしさ”ではない、無色透明ではあるが、他の誰でもなく、誰にもあてはまらない〈私〉というような対象を伝えようとしているんですが。。。言葉では難しいですね。^^

    > フローラという身体とそれとともに増えてきた経験と知識かな・・・・
    > 私の場合、ほかの人の記憶も混ざっているような気がして・・・

    他の人の記憶に関しては私もよく分からないのですが、フローラさんという身体(精神も)が何故他の誰でもなくフローラさんであるのか?ということについてはどう思われますか?

    > 私のように混線なさっていないのですね

    私の場合は混線しているという経験はないですね。

    > ・・・ とするとパニチェさん的には、全体としての私は存在しないということですか? 正直言って、私も宇宙=私は最近疑問に感じてきています。

    そうです、全体としての私は存在しませんし、それどころか〈私〉の存在は誰(他者)も何も(事物や現象)存在しない、または並び立つことができない地点に、ただ自分だけが存在するという意味で独我論的です。

    > 遠慮って、私をたたき台にしてほしいざんす!^^

    ははは。(^^)♪

引用返信/返信 削除キー/
■2528 / inTopicNo.4)  Re[75]: 独我論
□投稿者/ flora -(2020/03/26(Thu) 18:26:33)
    こんにちは♪

    〉> >仏道の自己を探究することとは隣接しますが、現段階のパニチェの意見では、たとえ覚者であろうと、極論すれば全能の神だろうと逃れようのない他者とは明らかに異なる〈私〉としての存在そのもの、あるいは存在のありようのことです。
    > >自己が空であろうが分断化の結果であろうが、「〈私〉は他の誰でもなく〈私〉としてのみ存在している、あるいは〈私〉は〈私〉でしかありようがない」というような対象です。
    >〉 >上記に関しては反論や異論も含め何なりとフローラさんの思うところをカキコして下さい。

    》> 私は私でしかありえないという感覚は、どうしたら実感できますか?というのも実は私、ほかの人の記憶が混ざっているんじゃないかと思ったことが過去にあったものですから。デジャブではないです。

    》もしよければ「ほかの人の記憶が混ざっているんじゃないかと思ったことが過去にあった」というのをもう少し詳しく教えていただけますか?
    離人症(失礼!)っぽいところは私にはありましたが、それとは違いますよね?

    以前ヤフーで愚さんにもお話ししたんですが、過去にて突然中国に行きたくなり、続けて3回行きました。最後の旅行で国内移動の飛行機が飛ばなくなり陸上移動になりましたが、20年ほどまえですのでGPS等あるわけがなく、道なき道をバスは10時間くらいかけて移動するんですが、迷った場所を私は知っていたんです。当然との場所は観光地でもなんでもなく、写真等も掲載されたことがないのだそうで、町の構造等を知っていた自体が非常に不思議なことでした。愚さんも不思議ですね・・・とおっしゃったのですが、私の中のほかのだれかが見たかったとしか思えませんでした。以後中国熱は冷めました・・・

    ≫「私は私でしかありえないという感覚(感覚という表現もなんか違うんですが…)」がどうしたら感じることができるかという“感覚”ではないんんですね。
    >既にフローラさんはフローラさんの意識として存在されています。多くの自意識がこの世界にある中で何故かフローラさんはフローラさんに限定されている。
    >例えて言うなら時間的に“今”と同じです。過去から現在まで無限とも言えるくらいの「今の瞬間」がある中で「今は今でしかありえない」…みたく、「私は私でしかありえない」

    フローラを軸とした個体があり、そこに経験や知識が自分のものとしてお団子のようにくっついているからではないでしょうか? そして自分であるという認識は身体のような気がします。

    ≫> 上記とかかわってきますが、本当に私という個体独自のものなのかどうか、どうしたら認識できるのかわからないでいます。

    〉個体独自でないとしたら、フローラさんはどのようにして(他者の自意識=他我ではなく)フローラさんの自意識を間違わずにあり続けることができるのでしょうか?

    フローラという身体とそれとともに増えてきた経験と知識かな・・・・
    私の場合、ほかの人の記憶も混ざっているような気がして・・・

    ≫> つらつらと考えてみたのですが、やはり量子のもつれにたどり着いてしまうんです。安直かもしれないけれど。一つは宇宙としての私、そして今の個体である私・・・
    〉> パニチェさんもご経験なされたように、わからない自分がいるけど、それは私である、ということならば、そういう感覚がもつれ関係にある量子と関係があるのではないかな?と思いました。
    >〉 本当に不思議な感覚で、私であって私ではない、なぜか時空を超えた感覚でもありますよね、一方ではフローラという個体でも自分もある・・・・
    > 思ったまま書いてみました。

    >時空を超えた感覚というのがパニチェ的には世界の外あるいは接点にしか存在しないってことになります。
    >で、他者とか断絶しているので、そこにはもつれは感じられず、独我論的な〈私〉や地点となります。

    私のように混線なさっていないのですね・・・ とするとパニチェさん的には、全体としての私は存在しないということですか? 正直言って、私も宇宙=私は最近疑問に感じてきています。

    〉> ほかの方々も参加なさるといいですね!

    >エフニさんは私より説明が上手なんですけどね。
    遠慮して参加されないのかも。。。^^

    遠慮って、私をたたき台にしてほしいざんす!^^

引用返信/返信 削除キー/
■2527 / inTopicNo.5)  Re[77]: (番外編)コロナウィルス
□投稿者/ flora -(2020/03/26(Thu) 16:55:41)
    > おはようございます。
    > フローラさん、情報ありがとうございます。

    こんにちは〜、番外編ですみません。こちらではこの話題一辺倒で、かつ日本では
    ロックダウンになってほしくないなと・・・

    > 東京都も法令には基づかない外出自粛要請を小池知事が出しました。
    > ttps://www3.nhk.or.jp/news/html/20200325/k10012350171000.html
    >
    > 日本人の右倣え的な国民性に頼ったお願いです。
    > 商売人はたまったもんやないでしょうね。

    一応英国では、勤め人の場合は給料の80%を国が支給するから、家に閉じこもれ、または自宅で勤務、自営業/フリーランスに関しても(今議論中のようですが)国がおそらく80%ほどを支給するということでした。

    > リーマンショックでの日本国内の自殺者は約8,000人という試算があります。
    > このまま自粛要請が続けばこれを超える自殺者が出る。
    > ttps://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1204X_T10C10A5000000/?fbclid=IwAR18B94tygdD40ogtHWUMrKctap2HcDUu1Rjk5NEIDten1pl7r9JCC9igOc

    単に自粛せよといっても人は生きていかなければなりませんので、国が個人をバックアップすべきだと思います。そうじゃなければ続きません。

    現在英国は、スーパー、薬局、郵便局、銀行等が営業をしていますが、並ぶときは2mあけて並び、一人出てから一人が入れるというシステムをとっているところが多いです。

    医療に関しては、英国は日本より数段遅れている(おそらくすべて無料というシステムゆえに崩壊しているのかもしれませんが)ので、広がりを防ぐには、人間封鎖をとっているのでしょうか。
    >
    >専門家会議はコロナの拡散防止のみを考え提言しますが、批判的に物言いすれば政治家がこの提案ばかりを鵜呑みにするのは、自らの責任を有耶無耶にして軽減するための判断としか思えません。
    >
    > 自粛を呼びかける政治家や専門家は所得が減る心配をしなくていい庶民とはかけ離れた人種。
    >
    > 言うたもん勝ちかい。外出制限するなら、生活必需品の配給も考えんかい!
    > それぞれの首長がバラバラで指示してもしゃ〜ないやろ。
    > 都道府県ごとに感染者を発表してても、ウィルスは県境なんて関係ないやん。
    >
    > 誰も責任を取らない仕組み。
    > ttps://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64041?site=nli&fbclid=IwAR1fkDO68HlwCebT8ja0izpfQ17u26qY777cNE9AtFzrNKBLOu-fflgjgn8

    国が一律にルールを敷いたほうがいいと思いますね。フランスや英国では国のトップがTVで国民に直接訴えています。 「これはお願いではなくルールです」とこちらでは政治家たちが言っています。 明日はイタリアかスペインか?という恐れがありますね。 警察や軍隊の動員も考えているとか・・・

    人手が足りないのはスーパーと、オンラインショッピングの配達員のようです。


引用返信/返信 削除キー/
■2525 / inTopicNo.6)  Re[76]: (番外編)コロナウィルス
□投稿者/ パニチェ -(2020/03/26(Thu) 10:03:01)
    2020/03/26(Thu) 15:13:33 編集(投稿者)

    おはようございます。
    フローラさん、情報ありがとうございます。

    東京都も法令には基づかない外出自粛要請を小池知事が出しました。
    ttps://www3.nhk.or.jp/news/html/20200325/k10012350171000.html

    日本人の右倣え的な国民性に頼ったお願いです。
    商売人はたまったもんやないでしょうね。

    リーマンショックでの日本国内の自殺者は約8,000人という試算があります。
    このまま自粛要請が続けばこれを超える自殺者が出る。
    ttps://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1204X_T10C10A5000000/?fbclid=IwAR18B94tygdD40ogtHWUMrKctap2HcDUu1Rjk5NEIDten1pl7r9JCC9igOc

    専門家会議はコロナの拡散防止のみを考え提言しますが、批判的に物言いすれば政治家がこの提案ばかりを鵜呑みにするのは、自らの責任を有耶無耶にして軽減するための判断としか思えません。

    自粛を呼びかける政治家や専門家は所得が減る心配をしなくていい庶民とはかけ離れた人種。

    言うたもん勝ちかい。外出制限するなら、生活必需品の配給も考えんかい!
    それぞれの首長がバラバラで指示してもしゃ〜ないやろ。
    都道府県ごとに感染者を発表してても、ウィルスは県境なんて関係ないやん。

    誰も責任を取らない仕組み。
    ttps://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64041?site=nli&fbclid=IwAR1fkDO68HlwCebT8ja0izpfQ17u26qY777cNE9AtFzrNKBLOu-fflgjgn8


引用返信/返信 削除キー/
■2524 / inTopicNo.7)  Re[75]: 独我論 (番外編)コロナウィルス
□投稿者/ flora -(2020/03/25(Wed) 20:45:33)
    こんにちは〜♪

    ちょっとここだけなんですが、英国の状況をお知らせしたいと思います。ニュースにもなっていると思いますが、首相が直接国民に訴えた内容を、在英日本大使館が訳して、在留日本人(へんかな?)にメールで送っています。

    以下ご参考まで、
    日本、ロックダウンにならないといいですね〜。

    ===============

     本スピーチの全文仮訳は以下のとおりです。
     
    1.コロナウイルスは、この国が過去数十年で直面してきた中で、最大の脅威である。この国は孤独ではない。世界中で、この見えない殺し屋の破壊的な影響を目の当たりにしている。
     
    2.だから今晩、この病気と闘うために我々がとっている直近の措置と、あなたが助けるために何ができるかについて、アップデートをしたいと思う。
     
    3.なぜ英国が現在のアプローチをとってきているかについて思い出させることから始めたい。
     
    4.このウイルスの拡大を止めるための膨大な国家努力なくしては、世界のどんな保健サービスも対処し得ない瞬間がやってくる。人工呼吸器、集中治療病床、医者や看護師について十分な数がなくなってしまうからである。
     
    5.別の場所で、優れたヘルスケアシステムを持つ他国においても見てきているとおり、それは本当に危険な瞬間なのである。簡潔に述べれば、もしあまりに多くの人々が深刻な病状に一度になってしまえば、NHSはそれに対処することができないだろう。つまり、より多くの人々が命を失ってしまう、コロナウイルスのせいのみならず、他の病気によってもである。
     
    6.そうであるから、この病気の拡大を遅らせることが不可欠である。なぜなら、それが、NHSの対処能力を守り、より多くの命を守れるようにするために、また、病院での治療を必要とする人々の数を一度に減らす方法であるからである。
     
    7.そして、そういう理由で、我々はこのパンデミックの最中、人々に家にいるように頼んできている。たくさんの人々がこれを守ってくれている、自分は皆に感謝したい。しかし、今こそ、我々全員がより多くのことをすべき時である。
     
    8.今晩から、自分は英国民に対し、とてもシンプルな指示を出さなければならない。それは、家にいなければならない、である。
     
    9.我々がしなければいけない重要なことは、この病気が世帯間で広がるのを止めることである。そのため、人々は、以下の極めて限られた目的のためにしか、家を離れることを許されない。
    (1)できるだけ頻度を少なくした形での、基本的な必需品の購入
    (2)一人、もしくは世帯の他の人との一日一回の運動(走る、歩く、自転車を漕ぐといったもののうちの一つ)
    (3)医療的必要性のある場合(ケアの提供や脆弱な人を助けるといった目的)
    (4)真に必要があって、自宅で実施ができない場合に限っての通勤
     
    10.これで全てである。これらだけが、あなたが自宅を離れてよい理由である。
     
    11.友達とも会うべきではない。もしあなたの友達が会うことを依頼してきたら、「ノー」と言うべきである。あなたの家に住んでいない家族とも会うべきではない。食品や医療品といった必需品を除いて買い物に行くべきでもないし、これをできるだけ控えるべきである。そして、もしできるなら食品配達サービスを使うように。
     
    12.もし、これらのルールを守らないのであれば、警察は罰金や集合の解散といった手段を含め、警察はこれらのルールを強制する力を持つだろう。
     
    13.家にいるという政府の指示の履行を確保するため、直ちに以下のことを行う。
    (1)必需品以外を売っている全ての店を閉鎖する。これには、衣料品店、電化製品店のほか、図書館、遊技場、屋外ジム、礼拝所といった施設も含まれる。
    (2)公共の場所での二人より多い全ての集まりを止める。一緒に住んでいる人々との集まりは除く。
    (3)全ての社会的イベントを止める。これには、結婚式、洗礼式、そのほかの儀式も含まれる。葬式は除く。
     
    14.公園は運動のために開かれたままとするが、集合は解散させられる。
     
    15.どんな首相も、このような措置を発動したくはない。
     
    16.この混乱が人々の生活、ビジネス、仕事にもたらす、今後もたらすことになる損害を自分は分かっている。だからこそ、労働者とビジネスを支援するための巨大で前例のないプログラムを作り出した。
     
    17.こうした制限を常にレビューの下に置くことについて確証できる。三週間後に再度検討し、もしできると証拠が示すせばこれを緩和する。
     
    18.しかし現状、簡単な選択肢は存在しない。眼前にある道は険しく、多くの命が悲しいことに失われるだろうということはまだ真実である。
     
    19.しかし、明確な打開策があるということもまた真実である。7500人規模のかつての医療スタッフがNHSに戻ってくることとなり、日々我々の素晴らしいNHSを強化しているところである。
     
    20.あなたが、ただ家にいるだけで稼ぐ時間によって、我々は器具の在庫を増やしていく。治療のための研究を加速させていく。ワクチン開発も進めていく。そしてこの見えない殺し屋に対して潮目を変えられるようにするための何百万もの試験キットも購入していく。
     
    21.このウイルスを打ち破るために働き詰めになっている人々すべてに感謝したい。スーパーマーケットのスタッフ、交通関係の労働者、ケアワーカーから最前線の看護師や医者まで全員である。
     
    22.しかしこの戦いにおいて、疑いなく、我々はその一人となることができる。そして我々一人一人が、直接関与しているのである。
     
    23.我々一人一人がともに力を合わせる義務がある。この病気の拡大を止めるために。我々のNHSを守るために。何千もの命を救うために。
     
    24.過去何回も英国民がしてきたように、英国民はそうした難題に対して立ち上がるということを自分は知っている。そして我々はかつてない力強さで、この脅威を乗り越える。コロナウイルスを打ち破り、それを一緒に成し遂げる。
     
    25.だから、この国家的危機の時にあって、家にとどまり、我々のNHSを守り、命を救うことを、皆に強く要請する。
    (以上)
     


引用返信/返信 削除キー/
■2522 / inTopicNo.8)  独我論
□投稿者/ パニチェ -(2020/03/25(Wed) 15:25:11)
    こんにちは♪

    No2516に返信(floraさんの記事)
    > コロナウィルスで私のいる国でも非常事態を出しまくっています。
    > レストラン/パブ/劇場/等室内でのイベントがメインのところはすべて閉鎖、カフェ等はレイクアウェイだけになりました。 日本は人口密度が高いわりに、うまくコントロールされていますね。こちらでは死者数すでに約300名です。

    大阪〜兵庫間が3/20〜3/22の3連休は不要不急の往来自粛の要請がありましたが私は無視しました(笑)。
    神戸〜大阪市内は同一地域で、和歌山県の手前まである大阪府と日本海まである兵庫県という括りがいかにも関西の地理に疎い北海道の学者らしい戯言だったからです。

    > >仏道の自己を探究することとは隣接しますが、現段階のパニチェの意見では、たとえ覚者であろうと、極論すれば全能の神だろうと逃れようのない他者とは明らかに異なる〈私〉としての存在そのもの、あるいは存在のありようのことです。
    > >自己が空であろうが分断化の結果であろうが、「〈私〉は他の誰でもなく〈私〉としてのみ存在している、あるいは〈私〉は〈私〉でしかありようがない」というような対象です。
    > >上記に関しては反論や異論も含め何なりとフローラさんの思うところをカキコして下さい。

    > 私は私でしかありえないという感覚は、どうしたら実感できますか?というのも実は私、ほかの人の記憶が混ざっているんじゃないかと思ったことが過去にあったものですから。デジャブではないです。

    もしよければ「ほかの人の記憶が混ざっているんじゃないかと思ったことが過去にあった」というのをもう少し詳しく教えていただけますか?
    離人症(失礼!)っぽいところは私にはありましたが、それとは違いますよね?

    「私は私でしかありえないという感覚(感覚という表現もなんか違うんですが…)」がどうしたら感じることができるかという“感覚”ではないんんですね。
    既にフローラさんはフローラさんの意識として存在されています。多くの自意識がこの世界にある中で何故かフローラさんはフローラさんに限定されている。
    例えて言うなら時間的に“今”と同じです。過去から現在まで無限とも言えるくらいの「今の瞬間」がある中で「今は今でしかありえない」…みたく、「私は私でしかありえない」

    > 上記とかかわってきますが、本当に私という個体独自のものなのかどうか、どうしたら認識できるのかわからないでいます。

    個体独自でないとしたら、フローラさんはどのようにして(他者の自意識=他我ではなく)フローラさんの自意識を間違わずにあり続けることができるのでしょうか?

    > 言語以前、つまり思考以前の感覚ということですよね?では私は言葉では表現できません。

    そうです。

    > そういう意味で、共有できないゆえに個体独自というニュアンスでしょうか?

    「私」という語は全員が一人称として共通に使えますよね?
    でもフローラさんの私秘性とか痛みとか自意識は共有不可能です。何が共有不可能なのかが言葉にできないというようなことです。

    > つらつらと考えてみたのですが、やはり量子のもつれにたどり着いてしまうんです。安直かもしれないけれど。一つは宇宙としての私、そして今の個体である私・・・
    > パニチェさんもご経験なされたように、わからない自分がいるけど、それは私である、ということならば、そういう感覚がもつれ関係にある量子と関係があるのではないかな?と思いました。
    > 本当に不思議な感覚で、私であって私ではない、なぜか時空を超えた感覚でもありますよね、一方ではフローラという個体でも自分もある・・・・
    > 思ったまま書いてみました。

    時空を超えた感覚というのがパニチェ的には世界の外あるいは接点にしか存在しないってことになります。
    で、他者とか断絶しているので、そこにはもつれは感じられず、独我論的な〈私〉や地点となります。

    > ほかの方々も参加なさるといいですね!

    エフニさんは私より説明が上手なんですけどね。
    遠慮して参加されないのかも。。。^^

引用返信/返信 削除キー/
■2516 / inTopicNo.9)  Re[73]: 私秘性
□投稿者/ flora -(2020/03/24(Tue) 00:48:04)
    こんにちは

    コロナウィルスで私のいる国でも非常事態を出しまくっています。
    レストラン/パブ/劇場/等室内でのイベントがメインのところはすべて閉鎖、カフェ等はレイクアウェイだけになりました。 日本は人口密度が高いわりに、うまくコントロールされていますね。こちらでは死者数すでに約300名です。

    >仏道の自己を探究することとは隣接しますが、現段階のパニチェの意見では、たとえ覚者であろうと、極論すれば全能の神だろうと逃れようのない他者とは明らかに異なる〈私〉としての存在そのもの、あるいは存在のありようのことです。
    >自己が空であろうが分断化の結果であろうが、「〈私〉は他の誰でもなく〈私〉としてのみ存在している、あるいは〈私〉は〈私〉でしかありようがない」というような対象です。
    >上記に関しては反論や異論も含め何なりとフローラさんの思うところをカキコして下さい。

    私は私でしかありえないという感覚は、どうしたら実感できますか?というのも実は私、ほかの人の記憶が混ざっているんじゃないかと思ったことが過去にあったものですから。デジャブではないです。

    >少なくとも上記でフローラさんが述べる自分は他者の身体や精神や自我には属してないですよね?
    >それって他者にも当てはまるものではない(多分存在しているだろうということでは他者とも共通、あるいは当てはまるが、他者にはないものが自分にあるということ)ですよね?

    上記とかかわってきますが、本当に私という個体独自のものなのかどうか、どうしたら認識できるのかわからないでいます。

    >脳や身体に自分という自我が発生する。それは脳や身体の属性かもしれないし、水の流動性のように創発されたもの(意識の中身を物理的プロセスの結果というかオマケとする考え方)かもしれない。これらが解決されたとしても「私が何故私であるか」という問いは解決されない。

    ≫もしフローラさんが子供の頃に抱いた疑問「自分の身体=自分なのかそうじゃないのか」で言うところの「自分」とは万人に共通する(同じ構造であるから同じように発生しているであろう意識や自我)のことではないのなら、パニチェが探究している<私>と同じような対象だと思います。

    >“それ”というか、今、ここにある“これ”は世界や他者からは隔絶したところに隔絶して存在するものです。

    >別の言い方をすれば言葉では語れないことが多々あるということだと思います。
    >その典型的なものが私という語で万人に共通する自我とか自意識、または一人称として変質してしまう(本来は語れない)対象です。言葉は他者とのコミュニケーションツールとしての機能がメインであるため言葉によって同一のものとして共有化されてしまう。とこが私という語の対象とするものは決して他者とは共有できるようなものではない。

    言語以前、つまり思考以前の感覚ということですよね?では私は言葉では表現できません。
    そういう意味で、共有できないゆえに個体独自というニュアンスでしょうか?

    >≫ ところでパニチェさんはご自身がどこにおられると感じられますか?この世ではないということはこの宇宙では無いということなんでしょうか? 

    >結論から言えば分かりません。^^;
    >宇宙の“宇”は時間、“宙”は空間ということなので、時空の内に含まれるかと言えば以下のパニチェの疑問からすれば含めれることになります。
    >『人類史500万年の無数とも言えるほど生じた鼠算の一点が何故〈私〉なのか?』

    つらつらと考えてみたのですが、やはり量子のもつれにたどり着いてしまうんです。安直かもしれないけれど。一つは宇宙としての私、そして今の個体である私・・・

    パニチェさんもご経験なされたように、わからない自分がいるけど、それは私である、ということならば、そういう感覚がもつれ関係にある量子と関係があるのではないかな?と思いました。
    本当に不思議な感覚で、私であって私ではない、なぜか時空を超えた感覚でもありますよね、一方ではフローラという個体でも自分もある・・・・
    思ったまま書いてみました。

    ほかの方々も参加なさるといいですね!

引用返信/返信 削除キー/
■2502 / inTopicNo.10)  私秘性
□投稿者/ パニチェ -(2020/03/18(Wed) 15:23:08)
    2020/03/19(Thu) 08:51:14 編集(投稿者)

    こんにちは、レスありがとうございます。

    No2501に返信(Floraさんの記事)
    > 私の最初のレスが大きなまちがいだったようで、ごめんなさい。

    いえいえ、とんでもありません。

    > どうも観察者(自分)観察されるもの(自分の問題等)、本来は自分=問題で、すなわち、自分が問題をつくっているというような。自分と問題が一体化(分断化の反対として)すれば問題がクリアに見え、解決しやすくなる・・・という風じゃないでしょうか。分断化が問題だとは、ボームさんもおっしゃっていたような感じがします。

    物理学者であるD.ボームの探究対象はこの世界の正確な把握というか記述だと思うのです。それを妨げるのが言葉の特性も含めた世界を分断化していく発想である、と。
    一方、クリシュナムルティなどの仏教の目指すところは生に伴う苦が滅した境地であり、自己が空(世界から分断化されたような自己はない)であることを体得することによって「私の苦」も消滅し、涅槃に至るということだと思います。

    ここからはフローラさんの返信を読み間違っている可能性もありますが。。。
    意識の超難問とか〈私〉に関する問題であるところの問いや問題というのは解消すべきものとか、解決すべき対象という意味での問題ではなく、探究している“テーマ“というような意味です。

    仏道の自己を探究することとは隣接しますが、現段階のパニチェの意見では、たとえ覚者であろうと、極論すれば全能の神だろうと逃れようのない他者とは明らかに異なる〈私〉としての存在そのもの、あるいは存在のありようのことです。
    自己が空であろうが分断化の結果であろうが、「〈私〉は他の誰でもなく〈私〉としてのみ存在している、あるいは〈私〉は〈私〉でしかありようがない」というような対象です。
    上記に関しては反論や異論も含め何なりとフローラさんの思うところをカキコして下さい。

    > ここでいう<私>=眼ではないのですね? もし属性のない単なる眼ならば、時間を作る主体がないので、特異点という表現になったのかな?と想像してしまいました。

    はい。<私>=眼ではないです。盲目の人も含め感覚を感じる他の誰でもないこの〈私〉の主体のことです。眼の奥(手前:内側)にある眼を通じて世界を見ている主体のことです。

    > 子供のころ、自分はどこに属しているのか、自分の身体=自分なのかそうじゃないのかよく疑問を感じたことがありました。成長するにつれ感性が鈍くなり、また忙しくなり、自分をいうこのを顧みる機会がほとんどなくなりました。
    > 子供のころの不思議な感じは、当然言葉にはできず、単に感じとしか言い表すことができません。空間を浮遊している感じもありました。

    同じものについて語っているのかどうかは言葉で確かめようがありませんが、多分、その子供の頃に感じていた「自分」だと思います。

    少なくとも上記でフローラさんが述べる自分は他者の身体や精神や自我には属してないですよね?
    それって他者にも当てはまるものではない(多分存在しているだろうということでは他者とも共通、あるいは当てはまるが、他者にはないものが自分にあるということ)ですよね?

    脳や身体に自分という自我が発生する。それは脳や身体の属性かもしれないし、水の流動性のように創発されたもの(意識の中身を物理的プロセスの結果というかオマケとする考え方)かもしれない。これらが解決されたとしても「私が何故私であるか」という問いは解決されない。

    もしフローラさんが子供の頃に抱いた疑問「自分の身体=自分なのかそうじゃないのか」で言うところの「自分」とは万人に共通する(同じ構造であるから同じように発生しているであろう意識や自我)のことではないのなら、パニチェが探究している<私>と同じような対象だと思います。

    “それ”というか、今、ここにある“これ”は世界や他者からは隔絶したところに隔絶して存在するものです。

    > ハムレットがホレーショに『天地には哲学の及びもつかないことがいくつもあるんだ』というんですが、考えて見ればこれも哲学では知ることのできないことがたくさんあるんだよ、ということなんでしょうね。 言葉を巧みにつかったシェークスピアがこのように主人公に言わせるのも面白いものがありますね。

    同意です。ほんと、その通りですね。
    別の言い方をすれば言葉では語れないことが多々あるということだと思います。
    その典型的なものが私という語で万人に共通する自我とか自意識、または一人称として変質してしまう(本来は語れない)対象です。言葉は他者とのコミュニケーションツールとしての機能がメインであるため言葉によって同一のものとして共有化されてしまう。とこが私という語の対象とするものは決して他者とは共有できるようなものではない。

    > ところでパニチェさんはご自身がどこにおられると感じられますか?この世ではないということはこの宇宙では無いということなんでしょうか? 

    結論から言えば分かりません。^^;
    宇宙の“宇”は時間、“宙”は空間ということなので、時空の内に含まれるかと言えば以下のパニチェの疑問からすれば含めれることになります。
    『人類史500万年の無数とも言えるほど生じた鼠算の一点が何故〈私〉なのか?』

    ところが「含まれる」と言った時点で本来はありえない時空も〈私〉も客体化可能となる客観的視野に立っていることになります。
    そんなことは現実は不可能なわけで、〈私〉が存在するこの位置は独我論(永井均氏は他者とは共通しないという意味で独在論と表記しますが)的なところとなります。
    それは〈私〉が見ている空間としての世界ではありえないでしょうね。
    フローラさんは私秘性とか内言(音声を伴わない内面化された思考のための道具としての言語)を発するところはどこだと思われますか?

    PS.どなたでも横レス歓迎します。
    これまで通り、異なるテーマでのカキコや議論もどんどん並行してカキコして下さい。

引用返信/返信 削除キー/
■2501 / inTopicNo.11)  Re[71]: 特異点
□投稿者/ Flora -(2020/03/18(Wed) 02:13:42)
    こんちには。

    >> クリシュナムルティの観察するものは、観察されるという言葉を思い出しました。
    >> 他を観察している自分を自分が観察しているという、2つに分離している自分。

    >クリシュナムルティが言ってることは自己が自己を観察することの不可能性ではないでしょうかねぇ〜。
    >目で目が(鏡像とかではなく直接に)見れないように、自己で自己を見る(内観)ことはできない、というような。。。
    >問題は観察するものや観察されるものが(多くの自意識がある中で)〈私〉に限定されているということです。

    私の最初のレスが大きなまちがいだったようで、ごめんなさい。
    どうも観察者(自分)観察されるもの(自分の問題等)、本来は自分=問題で、すなわち、自分が問題をつくっているというような。自分と問題が一体化(分断化の反対として)すれば問題がクリアに見え、解決しやすくなる・・・という風じゃないでしょうか。分断化が問題だとは、ボームさんもおっしゃっていたような感じがします。

    >> または、自分は特異点にいる、つまり時間のない場所です。
    >> 仏教(禅?)でいうと即今というのでしょうか・・・

    >究極的には即今ですが、〈私〉がいる地点から世界を見ているわけですから日常的には時間は流れていますね。

    ここでいう<私>=眼ではないのですね? もし属性のない単なる眼ならば、時間を作る主体がないので、特異点という表現になったのかな?と想像してしまいました。

    >フローラさんは眼から世界を見ていますよね?
    >そこにはフローラさんの手や足や胴体は見ている世界に(他者や事物と同じく)あります。
    でも、眼の手前にある見ている主体は見ている世界の中にはないというような意味です。
    フローラさんの精神や自我や私秘性は世界の中には属さないというようなことなんですが、やっぱ分かりにくいでかねぇ〜。
    >以下のウィトゲンシュタインの言っていることはどう解釈、または解釈でききないでしょうか?(なんか表現が失礼になっているかもしれませんが、これも他意にない質問です。^^;)

    >『私はこう言おう。「正直なところを言えば、たしかに、私には他の誰にもない何かがあると言わねばならない」、と。──だが、その私とは誰だ。──くそっ。私の言い方はまずいがそこに何かがあるんだ!君だって私の個人的な経験というものがあり、またそれには最も重要な意味での隣人というものがないことを否定すまい。──だが君はそれがたまたま孤独だと言うつもりではないだろう。君の言いたいのはその何かの文法上の位置が隣人のない場所にあるということだろう。「しかしどうしたわけか我々の言語には、そこに他と比べることのできない何か、すなわち真に現前している経験、があるということがあらわれてはこないのだ。私はそのことに甘んずるべきだと君は言いたいのか。」(おかしいことに、日常生活で日常言語を使っていて何かに甘んじなければならないと我々が感じることはまったくない。)ウィトゲンシュタイン全集6『「個人的経験」および「感覚与件」について P.323』より』

    子供のころ、自分はどこに属しているのか、自分の身体=自分なのかそうじゃないのかよく疑問を感じたことがありました。成長するにつれ感性が鈍くなり、また忙しくなり、自分をいうこのを顧みる機会がほとんどなくなりました。

    子供のころの不思議な感じは、当然言葉にはできず、単に感じとしか言い表すことができません。空間を浮遊している感じもありました。

    ハムレットがホレーショに『天地には哲学の及びもつかないことがいくつもあるんだ』というんですが、考えて見ればこれも哲学では知ることのできないことがたくさんあるんだよ、ということなんでしょうね。 言葉を巧みにつかったシェークスピアがこのように主人公に言わせるのも面白いものがありますね。

    ところでパニチェさんはご自身がどこにおられると感じられますか?この世ではないということはこの宇宙では無いということなんでしょうか? 

引用返信/返信 削除キー/
■2499 / inTopicNo.12)  Re[70]: 特異点
□投稿者/ パニチェ -(2020/03/17(Tue) 17:40:49)
    こんちには。

    No2497に返信(Floraさんの記事)
    > 色々とありがとうございます。図を見てちょっと頭に浮かんだことがあったので
    > 書かせて頂いていいでしょうか?

    こちらこそ、返信ありがとうございます。
    何なりと感じたこと、思ったことを気軽にカキコして下さると有難いです。

    > クリシュナムルティの観察するものは、観察されるという言葉を思い出しました。
    > 他を観察している自分を自分が観察しているという、2つに分離している自分。

    クリシュナムルティが言ってることは自己が自己を観察することの不可能性ではないでしょうかねぇ〜。
    目で目が(鏡像とかではなく直接に)見れないように、自己で自己を見る(内観)ことはできない、というような。。。
    問題は観察するものや観察されるものが(多くの自意識がある中で)〈私〉に限定されているということです。

    > または、自分は特異点にいる、つまり時間のない場所です。
    > 仏教(禅?)でいうと即今というのでしょうか・・・

    究極的には即今ですが、〈私〉がいる地点から世界を見ているわけですから日常的には時間は流れていますね。

    > もし眼があり、そこから広がる空間に自分が存在しないという解釈なら、
    > なんとなくニュアンスがわかるような気がしました。

    フローラさんは眼から世界を見ていますよね?
    そこにはフローラさんの手や足や胴体は見ている世界に(他者や事物と同じく)あります。
    でも、眼の手前にある見ている主体は見ている世界の中にはないというような意味です。
    フローラさんの精神や自我や私秘性は世界の中には属さないというようなことなんですが、やっぱ分かりにくいでかねぇ〜。
    以下のウィトゲンシュタインの言っていることはどう解釈、または解釈でききないでしょうか?(なんか表現が失礼になっているかもしれませんが、これも他意にない質問です。^^;)

    『私はこう言おう。「正直なところを言えば、たしかに、私には他の誰にもない何かがあると言わねばならない」、と。──だが、その私とは誰だ。──くそっ。私の言い方はまずいがそこに何かがあるんだ!君だって私の個人的な経験というものがあり、またそれには最も重要な意味での隣人というものがないことを否定すまい。──だが君はそれがたまたま孤独だと言うつもりではないだろう。君の言いたいのはその何かの文法上の位置が隣人のない場所にあるということだろう。「しかしどうしたわけか我々の言語には、そこに他と比べることのできない何か、すなわち真に現前している経験、があるということがあらわれてはこないのだ。私はそのことに甘んずるべきだと君は言いたいのか。」(おかしいことに、日常生活で日常言語を使っていて何かに甘んじなければならないと我々が感じることはまったくない。)ウィトゲンシュタイン全集6『「個人的経験」および「感覚与件」について P.323』より』

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