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■40896 / inTopicNo.1)  「純粋理性批判」を立て直す
  
□投稿者/ knowingitself -(2025/02/08(Sat) 13:32:17)
    永井均の新刊を購入して読み始めています。

    冒頭から例によって永井テーマが展開されている。こういうところがさすがというか、誰かや世界の風向き・流行などには一瞥も与えない。一生こうやって自分の哲学テーマを掘り下げてきた成果を読める機会を失うのはもったないとも言える。

    文章は以前よりこなれているのでは?



引用返信/返信 削除キー/
■40874 / inTopicNo.2)  Re[56]: 乗り物が観測者の前を通過する
□投稿者/ knowingitself -(2025/02/06(Thu) 14:51:23)
    この世界で演奏された音楽は結局よくわからない?少なくとも素人にはほとんどのことはわからない。

    感動するにせよ退屈するにせよ、ある意味、心の妄想に近い体験をしているにすぎないともいえる。

    しかし、これが音楽の面白さというか、世界そのものの面白さだが、

    音は確実に鳴っていた、響いてわけでしょう?

    音が出されていたかそれ自体が妄想だった、あったのは沈黙だけで想像力や妄想力で音が響いたことにしているわけではない。


    No40711に返信(knowingitselfさんの記事)
    >>>列車、新幹線、リニアモーター、もっと大型でも、もっと高速でもいい。
    >>
    >>>客船でも、飛行機でも、宇宙船でも。
    >>
    >>>要は、多数の人間を収容できる空間的な余裕のある乗り物。
    >>
    >>その中で多数の人が、会話をしたり、本を読んでいたり、スマホやパソコンで何かをやっていたり、音楽を聴いていたり、そういう並列的、多層的な空間が移動していると。
    >
    > 一曲の交響曲の演奏もこの喩えがあてはまるかもしれない。
    >
    > 例えば、交響曲のライブ演奏をCDにするとする。
    >
    > 後からその録音を聴いたとしても、ライブ演奏をその場で体験するのとは違う。
    >
    > 録音は過去の残骸にすぎないともいえる。ライブ演奏を客席から聴いていたとしても、
    >
    > 実際の演奏で「何が起こっていた」かは、演奏していたオーケストラのプレーヤーほどにはわからない。
    >
    > オーケストラをコントロールして見渡していた指揮者はかなりわかっているだろうが、それでもわからない部分はたくさんあるのでは?
    >
    > その楽団員や指揮者にしても、過去に振り返るときは、実際の演奏体験のときをリアルに再現することは困難では。
    >
    > 結局、その時の演奏はもうどこにもないといえるのではないか。
引用返信/返信 削除キー/
■40852 / inTopicNo.3)  Re[58]: 乗り物が観測者の前を通過する
□投稿者/ knowingitself -(2025/02/02(Sun) 16:29:54)
    乗り物はミクロからマクロまでのあらゆる現象の喩え。

    この喩えは諸法無我と諸行無常を表現していると理解するのも、もちろん可能でしょう。
     
    キリスト教からいうと、乗り物(=ミクロからマクロまでのあらゆる現象)をこの瞬間に生起させ走らせる力が、神のことば。


引用返信/返信 削除キー/
■40837 / inTopicNo.4)  Re[58]: 乗り物が観測者の前を通過する
□投稿者/ knowingitself -(2025/02/01(Sat) 06:55:32)
    >大型バスが目の前を通り過ぎる。

    >あっという間でしょう?

    >もう目の前にはバスなどない。

    目の前を通り過ぎるバスの台数は、もう数えきれない。

    次から次へと。

    そして驚くべきは、その見え方はその人しかわからない。他の何十億の人間には見えようがない、わかりようがない。これは人間であるなら、どんな霊能力、特殊能力、超能力があっても、本人のようにはわからない。類型的に何か当たることくらいならできてもね。


引用返信/返信 削除キー/
■40825 / inTopicNo.5)  Re[58]: 乗り物が観測者の前を通過する
□投稿者/ knowingitself -(2025/01/31(Fri) 17:01:40)
    >世界は大型バスほど単純なものであるわけはないし!

    単純だ、複雑だという言葉による形容があほらしくなるほど、無限に複雑なのが現実の世界だ。

    こういうのを一人の人間が単独で解明できるはずはない。

    ブッダだけは特別だ、無敵の知のスーパースターだと思い込んでいる人もいるかもしれないが。

    こういうのは驚くべき知性の後進性でしかない。論理というのはそういうものではありません。

    ブッダでなくてもいい、そういう天才科学者がいるはずだと憧れるのは論外だと思う。、
引用返信/返信 削除キー/
■40823 / inTopicNo.6)  ベルクソンにおけるconscience
□投稿者/ knowingitself -(2025/01/31(Fri) 13:17:52)
    Essai sur les données immédiates de la conscience

    ベルクソンによる、「意識に直接与えられたものについての試論」のフランス語タイトル。

    これは彼の最初の主著で、以後の哲学的展開の萌芽が含まれているとされる。

    la conscience は良心や道義心というより、意識それ自体のことか。


    フランス語を入力しても変換されます。
引用返信/返信 削除キー/
■40814 / inTopicNo.7)  Re[57]: 乗り物が観測者の前を通過する
□投稿者/ knowingitself -(2025/01/30(Thu) 12:20:45)
    大型バスが目の前を通り過ぎる。

    あっという間でしょう?

    もう目の目の前にはバスなどない。

    大型バスの内部のディテールを知ることは、そもそもありえないくらい難しいんではないか。

    言いたいことは、ものごとは全体性を体験するしかなく、部分の認識は仮構、虚構、合意、約束事にすぎないのでははないか。

    世界は大型バスほど単純なものであるわけはないし!
引用返信/返信 削除キー/
■40799 / inTopicNo.8)  Re[51]: con +scientia
□投稿者/ knowingitself -(2025/01/28(Tue) 07:47:09)
    >「共に知る」

    音楽や文学がconscienceと切っても切れないのは、ある意味で当然すぎるかなと。

    会場でなにか交響曲を聴くとする。

    演奏家にとっても、一般聴衆にとっても「共に知る」そのものですね!

    小説や戯曲でも、そこには何人かの登場人物がいて、優れた作家ほどその人間が「共に知る」不思議さ、奥深さを表現している。

    倫理とか道徳、善悪という抽象的な基準以前に、人間とは何であるかを探求して、「共に知る」
引用返信/返信 削除キー/
■40781 / inTopicNo.9)  Re[50]: con +scientia
□投稿者/ knowingitself -(2025/01/27(Mon) 06:40:56)
    「共に知る」が基本の意味か。

    「知る」はサイエンスの元だが、もっと広い意味。当然、近代科学はまだ未成立だし。

    「共に」が面白いと思う。

    目の前にいる人間、生き物、モノなどと「共に」にもなるし、

    もちろん、神と「共に」、法則などと「共に」にもなる。


    > >「知識」はscientiaあたりかと思う。
    >
    > ラテン語で、con+scientia=conscientia
    >
    > 英語とフランス語のconscienceは、基本的にこのラテン語を起源にしていると思う。
    >
    > 研究者の羅和辞典では、
    >
    > conscientiaの語義は
    >
    > 1 知の共有、関与
    >
    > 2 意識、自覚
    >
    > 3 良心、道義心
    >
    > と三分類している。
    >
    > 現代のフランス語conscienceは2と3を引き継ぎ、
    >
    > 現代の英語conscienceは3を引き継いでいるようだ。
    >
    > もちろん、辞典の語義記載はあくまで大枠の説明であって、
    >
    > 単語の意味は使用されるコンテキストに宿る。思想家や文学者は生涯を通した執筆活動によって
    >
    > たんなる図式的抽象的な辞書的意味を超えて、独特の豊かな意味を盛り込んでいくわけだ。
    >
    > 一般大衆も日々の実践的な言語行為では、けっこう個性的な意味を表出していると思う。

引用返信/返信 削除キー/
■40775 / inTopicNo.10)  小説の天才はやはりディケンズか
□投稿者/ knowingitself -(2025/01/26(Sun) 16:55:44)
    最も深い小説ではないし、最も好きな小説でもないし、とても芸術的に繊細な小説とは言い難いし、

    それでも最も典型的な小説とみなしていい(優れているというのとは違うが)

    以後のあらゆる小説、大衆文学と純文学の垣根をとわずあらゆる小説のある種の範型となりうる作品を作った人。

    ディケンズはそのくらい小説家としての才能は頭抜けていると思います。

    通俗的だと馬鹿にする人もいるようだが、そんなことはない。

    トルストイやドストエフスキーも、マルセルプルーストもディケンズからの影響を公言している。

    トルストイは散文の最高はディケンズとかいってたようだ。

    日本の小説家でも、大江健三郎や村上春樹はディケンズをよく読んでいる。

    わたしは去年、「大いなる遺産」と「二都物語」を再読したがすごく感動しました(笑)。

    どちらも、キリスト教の良質な精神が漲っている。

    トルストイ、ドストエフスキー、ディケンズ。3人とも福音書の影響はめちゃくちゃ大きい。

    聖書というと、教条主義的善悪二元で固苦しいと先入観をもつ人が少なくないと思うが、

    それ自体一級の文学です、福音書は。
引用返信/返信 削除キー/
■40773 / inTopicNo.11)  ドストエフスキーとフロイト
□投稿者/ knowingitself -(2025/01/26(Sun) 16:15:59)
    精神分析のフロイトなら、人間の心の深層をよく知っているに決まっているが、

    ある人がフロイトに質問したそうです。

    人間の心理をもっともよく知っている人は誰かと。

    1番はドストエフスキーで、その次が自分だと答えたとか。

    他の天才や著作家たちを差し置いて、自分を2番目に置くその不敵な自信も大したものだが(笑)、

    その自分も及ばないくらい人間心理をよく知っているとしてドストエフスキーを上げたのが印象的。

    フロイトからみてもドストエフスキーの人間心理の洞察はすごいのだろうね。
引用返信/返信 削除キー/
■40772 / inTopicNo.12)  トルストイとウィトゲンシュタイン
□投稿者/ knowingitself -(2025/01/26(Sun) 15:51:44)
    こういう言い方は権威主義的かもしれないが、

    小説というジャンルは超膨大な作品を生み出してきている中で、

    クラシックにおけるバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンに匹敵するような巨峰というべきは、

    やはり、トルストイとドストエフスキーは外すことはできないと思う。

    私もごく若い頃、どちらもひと通り読んで、その後ある程度は、小説を読んできたが、

    「戦争と平和」は素晴らしい傑作だと思います。描写も瑞々しい。他の小説家が嫉妬するくらいの小説の大天才ではないかと。

    そういえば、かの哲学者ウィトゲンシュタインもトルストイに嵌っていた。

    彼の場合は、小説より、トルストイ「要約福音書」。

    これを座右の書として愛読しており、

    ヨーロッパ有数の大富豪だった(いまなら、イーロンマスクやビルゲイツのような位置)父の遺産を全額放棄したのも、その影響があったかといわれている。

    ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」を全体で数十回読んだとかいう話しも。


引用返信/返信 削除キー/

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