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■40277 / inTopicNo.1)  NO TITLE
  
□投稿者/ akaimi -(2024/12/31(Tue) 02:11:38)
    2024/12/31(Tue) 02:37:38 編集(投稿者)

    この101番目のところに12月初旬にしていた投稿は、後になってみるとよけいなものだったなと感じていたものでした。
    下がっていくのでそのままでもいいか・・とも考えたのですが、不必要なものだったと感じているという意思表示のためにも、これと差し替えます。
    すみません。(__)


引用返信/返信 削除キー/
■39952 / inTopicNo.2)  ハイデガーが
□投稿者/ akaimi -(2024/12/08(Sun) 12:47:41)
    https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E7%89%9B%E5%9B%B3

    十牛図について調べてたら、十牛図の第九図にハイデガーが感心してたとあり驚く。
    そういえば、ハイデガーの人間の捉え方に時間性は欠かせないというのと、道元の有時に共通するものが見られるという話を聞いたことがある。

    ハイデガーは道元を知らなかったとは思うのだけど、人間の考えには普遍性があるものだものな。
引用返信/返信 削除キー/
■39934 / inTopicNo.3)  
□投稿者/ akaimi -(2024/12/07(Sat) 12:00:04)
    2024/12/08(Sun) 17:54:51 編集(投稿者)


    パニチェさん。ご覧いただいてるといいのですが。
    以前に読んだ藤田一照さんの対談本、僕が飼っていた牛はどこに行った?という本に、内側から支えられ成り立っている身体、ソマティックのソーマというのが十牛図では牛に喩えられてて、それを見つけないと、のようにあるんです。
    一人一人顔が違うように身体も違うとあり、実存的なもの。

    パニチェさんの <私> は、こちらに近いのかもしれないなと、藤田さんのお話を思い出しました。
    実存的でありながら相互依存的な存在でもある、のように、なのだと思います。
    実存というのは、藤田さんは語ってはいらっしゃらないですけど。
    そういえば、藤田さんも子どもの頃、パニチェさんと同じ疑問を持った方でしたよね。
    それ、今、思い出しました。

    前野さんの想定されたのは、脳から生まれる意識での <私> なので、また違うものを言ってると思います。そこだけ取ってみれば無個性だろうなというのは、私も変わらず思ってますけどね。
    個性はdnaや環境から出るものだとされ。


    思い出したので書いてみました。
    総括トピだとお邪魔かと思いこちらに。
    先日やりとりも終わってますし、スルーいただいても大丈夫です。
    自分として書き留めておきたい意味もあり書いた部分もあります。

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■39916 / inTopicNo.4)  Re[57]: メモ
□投稿者/ akaimi -(2024/12/06(Fri) 08:17:04)
    2024/12/06(Fri) 13:49:21 編集(投稿者)



    No39911に返信(akaimiさんの記事)
    > No38244
    > 自分のログ。再読したいと思いだしたのでメモ的に。

    追記でメモ。

    見るものと見られるもの。
    主体と客体。
    この二つに本来分離はないのだけれど、自分という一つの確固とした物体が世界の物体を見ているという構図が、知識を蓄え自我を持った人間には逆に自然な見方になって久しいのだと考えます。

    グレッググッドという非二元の教師のダイレクトパスの本に、そのあたりが書いてあります。

    意識、主体、客体などの言葉で示される以前の、 ここに広がる世界。
    ここに広がる世界 と、言葉で示すしかないけど、それがあるだけ なんだということ。

    気づき、意識などの言葉で示されるものは、原初的ともいえる認識の形式に人を連れ戻すための筏なのだと私は考えています。

    最終的に辿りつく場所は、主体と客体の分離のない、ここに広がる世界。

    辿りつくというより思い出す、があってるのだと思います。
    こうした方法を 直接的な道   でダイレクトパスといいます。
引用返信/返信 削除キー/
■39911 / inTopicNo.5)  メモ
□投稿者/ akaimi -(2024/12/05(Thu) 19:42:23)
    No38244
    自分のログ。再読したいと思いだしたのでメモ的に。
引用返信/返信 削除キー/
■39907 / inTopicNo.6)  Re[58]: 夕日
□投稿者/ akaimi -(2024/12/05(Thu) 11:51:45)
    2024/12/05(Thu) 13:01:44 編集(投稿者)

    ディディモさん、こんにちは!

    松島がかつて霊場だった頃のお墓遺跡が今も松島にある、というのを以前、ブラタモリで観たんです。
    海に沈む夕日の光景に人々は、亡き人の往生を願ったそうでそれを思いだしたんです。

    こんなふうに書くと素敵っぽいですけど。私、太平洋に夕日が沈むというのがピンと来なかったんです(^.^;
    なんなら太平洋は朝日が昇るところという思い込みがあったくらいに。
    松島とそれから三浦半島の夕日が綺麗だと知り。それで太平洋だろうと西に面してて季節の兼ね合いが合う時には夕日が綺麗に見えるんだと知ったぐらいでした。
    太平洋に沈む夕日を見たことがそれまでなかったか、あっても気にも止めなかったかのどっちかだったのでしょう。
    ディディモさんの海は太平洋ではなく、九州との間に広がる海でしたね(^^)

    裕次郎さんが歌がうまいのは知ってましたが、浅丘ルリ子さんもうまいんですね。
    昭和のスターが輝いてた子どもの頃を思いだします♪
引用返信/返信 削除キー/
■39906 / inTopicNo.7)  Re[57]: 夕日
□投稿者/ ディディモ -(2024/12/05(Thu) 10:47:42)
    No39859に返信(akaimiさんの記事)
    > 西方浄土な雰囲気がいいですね。
    > 海に沈む夕日はそんな感じがします。
    > 悪魔ちゃんも書いてるけど、木の枝がアクセントになってますね。

    おぉ、さすがですね、夕日から「西方浄土な雰囲気」を連想するとは。
    西方浄土・・哲学トピとakaimiさんが融けあって一体化してしていますナ。^^;
    わたしなんか、連想するものといえば、こんなもん↓です。


    https://www.youtube.com/watch?v=Cq5Vtv4hE5U

    裕ちゃんのカッコ良さに口あんぐり開けたまま観ていた昭和の日よ、come back!

    今から、一日つぶしの此岸の用向きにて、出かけます。(^O^)


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■39905 / inTopicNo.8)  Re[31]: 『存在と時間』
□投稿者/ akaimi -(2024/12/05(Thu) 08:27:16)
    2024/12/05(Thu) 09:31:23 編集(投稿者)


    No39779の続き。
    『100分de名著 存在と時間 ハイデガー』戸谷洋志 著 をテキストに今日は、ハイデガーの考えへの感想のようなものを書いてみようと思います。

    キーワードは「世人」。「ひと」と呼ぶそうです。
    原語では、「das Man(ダス・マン)」。中山元訳では、「ひと」と読ませているが、「せじん」と読むこともある。(p41より)

    今日、感想として書く「世人」以外にも、この前に、ハイデガー独特の用語が出てきていて、それを用いながらハイデガーの人間観について説明されているのですが、著作権の問題もあるのですべてを投稿とはしません。
    もし、読んでらっしゃる方でハイデガーに興味を持たれた方がいらしたら、いずれかの本を購入されるのをおすすめします。

    ・・・・・
    日常的な現存在であるのは誰なのかという問いには、それは世人(ひと)であると答えられる。この世人とは、誰でもないひとであり、この誰でもないひとに、すべての現存在は、<たがいに重なりあうように存在>しながら、みずからを引き渡してしまっているのである。
    ・・・・・
    同書p41より引用
    上は、『存在と時間』中山元 訳から同書に引用がなされている部分です。

    世人というのは、特定の誰かではなく、あくまでも匿名的な他者の総体。
    誰からも命令されなくても、みんなと同じ行動をしようとしてしまう、それが世人による現存在への支配。(p41〜p42より)

    こうした支配により、社会規範や芸術・文化の好み、鑑賞の仕方においても「世人」の影響を無意識に考慮してしまうのが現存在(人間)だと、ハイデガーは考察しています。

    ・・・・・
    わたしたちは、ひとが楽しむように楽しみ、興じる。わたしたちが文学や芸術作品を読み、鑑賞し、批評するのは、ひとが鑑賞し、批評するようにである。わたしたちが「群衆」から身を引くのも、ひとが身を引くようにである。わたしたちが「憤慨する」のも、ひとが憤慨するようにである。この世人とは特定のひとではなく、総計としてではないにしてもすべてのひとであり、これが日常性の存在様式を決めているのである。
    ・・・・・
    同書p43より引用
    上は、『存在と時間』中山元 訳から同書に引用がなされている部分です。

    戸谷さんがp44に書かれている、
    ・・・・・
    さらに興味深いのは、先に引用した文中にある、「『群衆』から身を引くのも、ひとが身をひくようにである」という指摘です。
    ・・・・・
    同書p44より引用

    これは、自分だけは空気など読まずに生きる、のように自由人を気取る人もまた世人に飲み込まれている、群衆から身を引こうとして群衆的になってしまうパラドックス。
    (p45より)

    ─ ─ ─ ─ ─
    ここから私の感想です。

    ハイデガーが『存在と時間』を出した頃、こうしたことになんとなく世の中の人の中でもうすうす気づいていた人はいたと思うのですが、それを文章化して人々を納得させた書物はそうなかったのもあり、人々からの共感をえたのだろうか、とまず感じました。
    そうそう、それね、自分もそんなふうに思ってたんだよ、ってやつです。

    例として『カラマーゾフの兄弟』を唐突ですが出します。
    (私は読んでいないし、たぶんこれからも読まない気がします。)
    なんでこれを、というと、100分で名著に、これとあとなんだったかな、似た系統の作品を解説するのがあるのを見たんです。それでです。

    でも例えば、『カラマーゾフの兄弟』が日本国内で空前絶後の大ブームになり、老いも若きも読むようになり、マスコミでもさかんに取り上げられるようになったとします。
    そしたら、たぶんだけど、読みはしなくても『カラマーゾフの兄弟』が気になり、ウィキで内容を調べたりぐらいはするかもしれません。

    そうですね、ハイデガーのいうように私は世人に支配されています(;^_^A
    自分だけは空気を読まずに、カラマーゾフなど興味ないを貫いてやる!・・・と粋がるほうでは私はないです。(;^_^A
    (粋がるほうにしても世人からの支配をうけている、とハイデガーは言っています。)

    私とかはせいぜいこんな感じなのでさして苦悩はないんですけど、若い人の中には「世人支配」というのは苦悩のもとになってる部分がある人もいるでしょうね。
    支配されるほうにしても、逆に粋がるほうにしても。
    いや、年齢関係なく、環境や個人の特性差によって、「世人支配」により影響を受け苦悩するというのはあると思います。

    ああ、あった、私もいろいろあるなぁ、考えてみると。
    お葬式のとき、近い親族だと女性は黒の着物を着る風習。これが私は苦痛なのだけど、世人の声に苦痛を感じながらも従ってます。 その他もろもろ、探せばあります。




    ただ、世人の支配があったってそれはそれで個人の趣味的問題や生き方問題圏内なら、別にいいじゃない、とは感じます。
    自分が苦しくなく他者にも苦しみを与えないものなら、世人に支配された趣味嗜好だろうと別にいいじゃないか、という感想です。
    風習だったり慣習というのもなんだかめんどくさいな、というのも世の中にはもちろんあったりしますが(たとえば私の着物問題)、世人に従うことによる波風立てないメリットもあったりはしますしね。
    着物ぐらいならその時だけだしって感じで。
    でも、その時だけではすまない問題というのも、人間関係にはありますからね、それに世人が絡んでくるとやっかいですね。

    「世人」って、趣味嗜好や生きたかにおいてならさして問題でもないんじゃない、という個人的感想なのですが、そうは言ってはられない面も多大にあるんですね。
    それについてはまた次回。




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■39859 / inTopicNo.9)  Re[56]: 夕日
□投稿者/ akaimi -(2024/12/03(Tue) 19:13:38)
    西方浄土な雰囲気がいいですね。
    海に沈む夕日はそんな感じがします。
    悪魔ちゃんも書いてるけど、木の枝がアクセントになってますね。
引用返信/返信 削除キー/
■39858 / inTopicNo.10)  Re[55]: 刀伊の入寇
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2024/12/03(Tue) 19:00:36)
    右上に木の枝と葉みたいなのが入ってるのがなんかいいかも
引用返信/返信 削除キー/
■39857 / inTopicNo.11)  Re[55]: 夕日
□投稿者/ ディディモ -(2024/12/03(Tue) 17:54:13)
    本日の夕日を先ほど撮ってきました。

    今日は天気が良すぎて綺麗な夕焼けにはなりませんでした。

    ほんの少しだけ雲がかかっていた方が良い夕焼けになるでしょうが・・。
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■39856 / inTopicNo.12)  刀伊の入寇
□投稿者/ akaimi -(2024/12/03(Tue) 13:20:27)
    光る君へ での刀伊の入寇の回。
    大陸から女真族という集団が、博多を襲いにやって来て、大宰府の長の藤原隆家率いる兵に制圧された史実にもとづく内容がおもしろかった。

    都も飢饉や権力闘争で優雅なのは表向きだけだったけど、地方は地方で国司や土地の有力者によるやりたい放題なところもあり荒れていたようです。

    隆家は、道長の甥で、兄のが伊周が道長と権力闘争をし敗れたのに対して、道長には逆らわない姿勢でいた。
    来週は都に戻るところをやるみたいだけど、功労に報いるべきだろうのように実資が怒ってる予告を観るに、功労に報いる地位は与えないみた
    い。

    実資役がロバート秋山で、隆家役は、ちむどんどんでニーニーだった竜星さん。
    ロバート秋山が平安貴族というのも1年経つとなんの違和感もない。
    最初からなかったか(^^ゞ

    源氏物語を書き上げた紫式部が、縁のある地を訪れようとして刀伊に襲われるとか、フィクションだけどこれもおもしろい。
    助けようとして矢が当たりおそらく亡くなる、日本人ながら親に捨てられ宋に渡り薬師として生きている男性が切ない。
    来週の回で紫式部ことまひろが号泣してたのもわかる。

    あと2回か3回で終わってしまうんだな。

    今日はこれをスマホから。
    明日はパソコンからハイデガーを。
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