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■37247 / inTopicNo.85)  Re: 木村敏「こと」としての生と死
  
□投稿者/ うましか -(2024/05/05(Sun) 12:51:16)
    2024/05/05(Sun) 13:53:24 編集(投稿者)
    2024/05/05(Sun) 12:56:03 編集(投稿者)

    ◇ 土屋 創『カントにおける「二重の固有性」の問題』,2022年

    https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/2005746

    *******

    >デカルトのcogitoがもつ「私には<私が…する>と思われる」という「主体の二重構造」っておもしろいですね(;´・ω・)〔 No.37191

    土屋論文は、カントが例えば「義務の遂行という契機において」、人間をヌーメノンとフェノメノンとしての二重の固有性において捉えたとしています。p.87の注における土屋の説明にはこうあります。

    >フェノメノン(phaenomenon)は「現象〔体〕」と訳され、感官との関係における対象を意味するとともに、実践にかかわる文脈においては、自分自身やその行為を自然法則(他律)のもとにあると考える際のそれらのあり方を意味する。他方、ヌーメノン(noumenon)は「可想体」、「本体」と訳され、感官の客観にはならない可能的なある物を意味するとともに、実践に関する文脈においては、自分自身やその行為を自然から独立した、理性だけに基づいている法則のもとにあると考える際のそれらのあり方を意味する(cf. W 452)。<

    *******

    デカルトによるCogitoの「主体の二重構造」から、後世のカントによる人間の「固有の二重性」(ヌーメノンとフェノメノン)へ。これらには何らかの関係があるのかどうか…ふと思いつきの疑問でした(;´・ω・)

    【追記】

    https://www.jstage.jst.go.jp/article/itetsu/35/0/35_42/_article/-char/ja

    >長井が「発見」したように、デカルトのコギトすなわち「私が見ていると私に思われる」videre videor の中には、自分というノエシス的主体が同じく自分というノエマ的客体を(ある意味で)感じとっているという中動態的な構造が認められる、ということに他ならない。< 〔木村論文, p.43〕

    ノエシス、ノエマは↓

    https://tetsugaku-chan.com/entry/Husserl


    デカルト〜カント〜フッサール〜、、、そしてアンリ、或いは長井(;´・ω・)

    難し過ぎる… ((+_+))


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■37246 / inTopicNo.86)  Re[9]: 生成ゴースト(;゚Д゚)
□投稿者/ うましか -(2024/05/05(Sun) 12:27:15)
    ・もし私うましかが生前から生成AIと対話を繰り返したら、そのAIは「うましか」の思考の仕方や記憶をほぼ所有することができるような、そういう時代は目前かもしれない

    ・私うましかがやがてこの世から消滅しても、AIうましかは半永久的に存在し続けることができる、、、そうした技術はいずれ可能になるとおもわれる

    ・だが、これは私うましかが「死なない」ということではないだろう

    ・少なくともAIうましかが「うましか」と(さしあたりでも)同定されるには、対話相手である第三者の存在が不可欠だとおもわれる

    ・つまり対話相手の、例えばいのしか氏が、実はAIうましかであるうましかと話して、私うましかだと違和感なくやり取りできねばならないのではないか

    ・しかし、こう考えると、生成AIが発達すればするほど、音声や画像・動画の情報だけでは信用できない(そもそも「信用」とはなにか)

    ・けっきょく、モノ=身体回帰になっていくのだろうか?


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■37245 / inTopicNo.87)  うましかの密かな楽しみ(・∀・)
□投稿者/ うましか -(2024/05/05(Sun) 11:54:15)
    明日はボクシングSB級統一王者の井上尚弥に、ルイス・ネリが挑戦! (/・ω・)/




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■37194 / inTopicNo.88)  生成ゴースト(;゚Д゚)
□投稿者/ うましか -(2024/04/27(Sat) 22:21:10)
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■37193 / inTopicNo.89)  Re: 現代思想 人生の意味の哲学(;´・ω・)
□投稿者/ うましか -(2024/04/27(Sat) 22:06:45)
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■37192 / inTopicNo.90)  御子柴乃泉「実践理性批判」(・∀・)!
□投稿者/ うましか -(2024/04/27(Sat) 21:54:03)
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■37191 / inTopicNo.91)  木村敏「こと」としての生と死(;´・ω・)
□投稿者/ うましか -(2024/04/27(Sat) 21:48:22)
    ◇ 木村敏『「こと」としての生と死』, 2017年

    https://www.jstage.jst.go.jp/article/itetsu/35/0/35_42/_article/-char/ja

    *******

    鷲田清一の「所有論」をヒマをみてはつまみ読みしているが、例によって一向にすすまない(´-ω-`)

    ところで鷲田が引用しているなかに長井真理という人物がいるのだが、長井は木村敏の弟子だったとのこと。

    上記の木村論文には長井(とミシェル・アンリと)をめぐる興味ぶかい考察が紹介されている。

    >ここでアンリは、デカルトのいう videre videor(見ていると私には思われる)の videor(思われる)に伴う感覚性を克明に分析しているのだが、長井はこれ が フ ラ ン ス の 言 語 学 者 バ ン ヴ ェ ニ ス ト Benveniste(7)のいう「中動態」voix moyenne に他ならないことを指摘する。この能動でも受動でもない中動態は、cogito のもつ「私には〈私が……する〉と思われる」という「主体の二重構造」を示している。<
    [p.42〜p.43「1.「もの」と「こと」ミシェル・アンリと長井真理 中動態への着眼」] 


    デカルトのcogitoがもつ「私には<私が…する>と思われる」という「主体の二重構造」っておもしろいですね(;´・ω・)







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■37030 / inTopicNo.92)  うましかな関心事更新(/・ω・)/
□投稿者/ うましか -(2024/04/06(Sat) 18:43:16)
    2024/04/06(Sat) 18:44:01 編集(投稿者)

    4月です。新年度、桜が満開でうれしい(・∀・)

    哲学にはさほど興味のない私うましかですが、消化試合の人生のうちなる残り火としては、まだこんなことに辛うじて関心があります。

    ▽他人の思想としては、

    ◆カントの『純粋理性批判』
    ・pipitさんの「純粋理性批判を読んでみる」トピにてお勉強中♪
    ・最近、サボり気味。。。カント先輩、pipit先輩、ごめんなさいm(__)m

    (;゚Д゚)(゚Д゚; ) カント沼


    ▽テーマとしては、

    ◆solipsism
    ・以下は『岩波哲学・思想事典』のp.1176、永井均の解説(一部)
    ・ラテン語のsolus(〜だけ)とipse(自己)を合成してできた語で、<自己だけ>を重視する立場一般を指し、倫理的な自己中心主義、利己主義を意味する場合もあるが、狭義では<自己だけ>が<存在する>とする立場を指す。

    ◇おまけ
    ・solipsismから「所有」について興味が出てきました。
    ・「人生の意味」の哲学なる分野にちょっとだけ興味が出てきました。


    *******

    更新

    No.28264,29993,31237,32819,35973,37030
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■37029 / inTopicNo.93)  「人生の意味」の短い歴史(;´・ω・)
□投稿者/ うましか -(2024/04/06(Sat) 18:26:57)
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■36976 / inTopicNo.94)  清水哲郎「安楽死と尊厳ある死」
□投稿者/ うましか -(2024/03/30(Sat) 11:46:59)
    ◇ 「安楽死と尊厳ある死」,2007年

    https://www.l.u-tokyo.ac.jp/~shimizu/cleth-dls/euthanasia/index.html

    目次

    ・尊厳死と安楽死の概念と区分
    ・積極的安楽死と消極的安楽死をめぐって
    ・〈緩和死〉の導入と区分
    ・安楽死が倫理的に正当化される条件
    ・果たして安楽死が倫理的に正当化される場面があるか
    ・安楽死とセデーション
    ・無意味な生を理由とする安楽死の是非
    ・生から死への軟着陸−延命と縮命の狭間 98年3月 緩和医療学会シンポジウム報告のスライド

    *******

    上記内容の一つ「無意味な生を理由とする安楽死の是非」

    https://www.l.u-tokyo.ac.jp/~shimizu/cleth-dls/euthanasia/spirit.html

    最後に在る「ある報告書」には、ALSの極限状態であるTLSの方の、尊厳ある生の可能性についての研究があります。私にとってはとても有意義な内容でした。
引用返信/返信 削除キー/
■36975 / inTopicNo.95)  Re: 現代思想 人生の意味の哲学(;´・ω・)
□投稿者/ うましか -(2024/03/30(Sat) 11:05:42)
    2024/03/30(Sat) 11:08:46 編集(投稿者)

    ・「人生の意味の哲学」ってよくわからない

    ・「人生の意味」とは何か?という問いは、「人生の意味」の意味への問いともいえる

    ・例えば、私は何のために生きているのか?という問い。答えを「幸せになるため」としよう

    ・これは(私の)人生の意味への問いとその答えといえる

    ・ところで、ここから「では、私の幸せって何?」と問うこともできる

    ・これは、「人生の意味」の意味への問いといえるのではないか


    *******

    ・さて違う観点から。フランクル的な問い。

    ・自分の意志以外の力(例えば重篤な病、戦争による徴兵)によって死の危機に瀕した私が、「私の人生の意味とはなにか」「私の人生に意味はあるのか」等々と様々に問う場面

    ・こうした「問い」とはそもそもいかなるものなのか、これを問うことで、人生∞意味=A、これらに与えられた意味をさぐることができるかもしれない

    ・これも、「人生の意味」の意味への問いといえるのではないか


    (。´・ω・)?
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■36833 / inTopicNo.96)  現代思想 人生の意味の哲学(;´・ω・)
□投稿者/ うましか -(2024/03/16(Sat) 23:22:27)
    2024/03/17(Sun) 10:29:20 編集(投稿者)

    ◇ 『現代思想2024年3月号 特集=人生の意味の哲学 』

    http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3909&status=published

    *******

    ・平たくいえば私の、あなたの、私たちの、、、、人の、生きる「意味」への問い。

    ・ここでいう「意味」とは、理由(根拠)、原因、目的、行先、、、そして意義、価値と言い換えることができるだろうか



    ・さて、私は何のために生きるのか、

    ・、、、何のために生きているのか(いま)、生きてきたのか(これまで)、生きていくのか(これから)



    (´-`).。oO






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