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■24880 / inTopicNo.13)  日記
  
□投稿者/ pipit -(2022/07/16(Sat) 06:26:44)
    みなさま、おはようございます。
    カント関連の記事から、pipitは仏典のことも連想するので、日記します。

    『思想』「カント」特集記念 特別ページ*アンケート/御子柴善之先生の回答より

    『イチオシしのフレーズとその理由を教えて下さい

    「自分が他人に対して拘束されていると私が認識できるのは、私が同時に自分自身を拘束している限りにおいてだけである。」
    (『道徳形而上学』から)

     まっとうな倫理学が発するメッセージはただ一言に集約できると思う。〈あなたの主人はあなた以外にはいない〉、と。これを裏づける思想の深淵がこのフレーズから窺われる。平凡を生きてなお、自由の洞察を忘れない。
    (御子柴善之)』

    https://tanemaki.iwanami.co.jp/posts/1376

    御子柴善之先生の回答から思い出すのはダンマパダの『自己』の章にある経文。

    ダンマパダ160(中村元先生訳)
    『自己こそ自分の主(あるじ)である。他人がどうして(自分の)主であろうか?
    自己をよくととのえたならば、得難き主を得る。』
    岩波文庫『ブッダの真理のことば 感興のことば』


    正田大観さま日訳
    ダンマパダ 
    12. 自己の章

    https://suttacentral.net/dhp157-166/jpn/daikan?reference=none&highlight=false

引用返信/返信 削除キー/
■24863 / inTopicNo.14)  Re[18]: 『キンスカ喩経』
□投稿者/ pipit -(2022/07/14(Thu) 20:26:41)
    みなさま、こんばんは。
    あれー?どこまで、なにを、調べてたんだっけ?
    と失念してしまったので、ツリーで過去投稿見てみました。

    そうか、激ムズ『蜜丸経』読んでて、寄り道勉強で、『キンスカ喩経』読んでた途中だったのか・・・

    また経典の読解を再開しようと思います!

    No24208に返信(pipitさんの記事)
    > 2022/06/28(Tue) 05:51:18 編集(投稿者)
    >
    > みなさま、おはようございます
    >
    > ■No24200
    >>必ずここを通る、という点を押さえるのは、物事を管理しようとするとき、よく使う方法だなーと、なんか日常的な感想として、今、頭に浮かびます。
    >>システム、という概念が頭に浮かびます。
    >>制御工学もなんか言葉、浮かんじゃったなあ<
    >
    > 寄り道引用!
    > 自分の中では上記感想にも関連してくるように感じて、目に止まった片山先生訳の『キンスカ喩経』の一部分を引用します。冒頭は片山先生の解説文です。
    > 『門』も出てくるよー(^ ^)
    >
    > 引用開始
    >
    > 『また、相応部「六処相応」の『キンスカ喩経』において、「六触処の生滅を如実に知ることから比丘の見は清浄になる」として、仏は次のような比喩を説いておられます。
    >
    > 「比丘よ、たとえば王の辺境の都市が強固な城壁、強固な城塁、城門、六門をそなえ、
    >
    > そこにその賢明、聡明にして、有能で、智慧のある門番がおり、
    > 見知らぬ者を止め、
    > 知っている者を入れさせているとします。
    >
    > 東方より急ぎの使者が来て、その門番に次のように言います。
    > 『これ、この城主はどこにおられるのか』と。
    > かれはこのように言います。
    > 『そのお方は、中央の四大路に坐っておられます』と。
    >
    > そこで、そのその急ぎの使者二人は、城主に如実の使命を伝え、
    > 来たとおりの道を引き返します。
    >
    > 西方より...
    > 北方より...
    > 南方より...急ぎの使者が二人来て...城主に如実の使命を伝え、来たとおりの道を引き返します。
    >
    > 比丘よ、私は意味を知らせるためにこの比喩を作りましたが、その意味はつぎのとおりです。
    >
    > 比丘よ、
    > 『都市』は四大種からなり、母と父から生まれ、米飯と麦菓子の集積であり、無常の、除滅の、摩滅の、破滅の、破壊の性質からなる、この〈身〉の同義語です。
    >
    > 『六門』とは〈六内処〉の同義語です。
    >
    > 『門番』とは〈正念〉の同義語です。
    >
    > 『急ぎの使者二人』とは〈止観〉の同義語です。
    >
    > 『城主』とは〈識〉の同義語です。
    >
    > 『中央の四大路』とは地界・水界・火界・風界なる、この〈四大種〉の同義語です。
    >
    > 『如実の使命』とは〈涅槃〉の同義語です。
    >
    > 『来たとおりの道』とは〈聖なる八支の道〉、すなわち正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定の同義語です」』
    > 引用終了。
    >
    > 『パーリ仏典にブッダの禅定を学ぶ『大念処経』を読む』片山一良先生、p161-162



引用返信/返信 削除キー/
■24400 / inTopicNo.15)  空(くう)日記
□投稿者/ pipit -(2022/07/06(Wed) 11:24:46)
    2022/07/06(Wed) 11:29:02 編集(投稿者)

    みなさま、こんにちは。

    文章は空(くう)という側面がある、と、pipitは思ってるのだけど、
    パーリ仏典についても、そう感じる時が多々あります。

    No24325に記した、二通りの解釈も、そのような多解釈が可能な原文になってるのではないかな、と、今の所思いました。

    > 原文は、『二つの法』とだけの記述で、
    > 中村先生は、【止観】の二つの法で考えられてて、
    > 正田大観先生は、例えば【善悪】の二つの法で考えられてて、
    >
    > あらー、どうしましょう、と。
    > 伝統的註釈書でも、もしかしたら複数の註釈があるのかな?
    >
    > ==========
    > まず、パーリ原文引用しますね。(記号未記入)
    >
    > ダンマパダ384(第二六章 バラモン)
    >
    > Yada dvayesu dhammesu,
    > paragu hoti brahma&#7751;o;
    > Athassa sabbe samyoga,
    > attham gacchanti janato.
    >
    > ※パーリ語辞典では、
    > dvaya 二種の、一対、両者 
    > とあり、
    > dhammesu は、法 という意味だと思います。
    >
    > ============
    >
    > それで、二つの法の解釈が分かれてる訳例として、(彼岸の解釈も分かれてるかな?)
    >
    > @中村元先生訳
    > 『バラモンが二つのことがら(=止と観)について彼岸に達した(=完全になった)ならば、かれはよく知る人であるので、かれの束縛はすべて消え失せるであろう。』
    >
    > A正田大観先生訳
    > 『婆羅門が、〔対立する〕二つの法(事象)について、彼岸に至る者(善悪の彼岸にいる者)として〔世に〕有るとき、しかして、彼の、〔あるがままをあるがままに〕知っている者の、一切の束縛は〔自ずと〕滅却に至る。』
    >
    > https://suttacentral.net/dhp383-423/jpn/daikan?reference=none&highlight=false

    パーリ語辞典を見ると、
    Yadaは、「・・・の時に」
    paraは、「向こうに、越えて、彼方に、他の、上の」
    とあって、

    パーリ文の直訳は、
    『バラモンが二つの法を越えているとき』
    な感じかな、と、pipitは思いました。

    それでですね、
    A正田大観さま訳の、善悪の彼岸(ニーチェさん思い出しますね!)というのは、分別を超えているって感じでの文章理解で、

    @はね、実はpipitは、ウィトゲンシュタインさんのハシゴの喩えを思い出していました。
    この解釈にある止観の2法は、仏道修行においてとても重要なものですよね。
    でも、それは涅槃に至る『手段』だと。
    キンスカ喩経でも、止観は如実の使命のメッセンジャーということで、如実そのものではないんですよね。
    それで、手段をハシゴと考えた時、目的に至るためには、(ハシゴの)極を超えていかなくてはならないんですよね。
    まあ、乗ったまま作業できることもあるかもですけど。

    というわけで、言葉は空(くう)ということと、経典の二解釈を思った時、
    私は、ニーチェさんとウィトゲンシュタインさんを思い出しました。

    むむむカントせんせが。。。
    何処ー?
    (・∀・)
引用返信/返信 削除キー/
■24336 / inTopicNo.16)  キンスカ経
□投稿者/ pipit -(2022/07/03(Sun) 18:16:39)
    今回、パーリ経典に
    『samathavipassananetam』
    サマタヴィパッサナー という一対まとめの単語の存在を知ることができて、
    嬉しい気持ちです!

    一対の急ぎのメッセンジャー、も、イメージとして印象深いしなぁ

    勉強なるなあ Σ(・□・;)
引用返信/返信 削除キー/
■24335 / inTopicNo.17)  止観について検索してみた。
□投稿者/ pipit -(2022/07/03(Sun) 18:12:17)
    コトバンクさんの『止観』から一部抜粋引用します。

    『止観
    しかん

    仏教の術語。止(シャマータsamatha)と観(ビパシャーナvipasyana)の合成語で、天台智(ちぎ)は全仏教の禅観を止観に統摂し天台観法(かんぼう)とした。止とは精神を集中し心が寂静(じゃくじょう)となった状態をさし、観とは対象や真理をありのままに観察認識することを意味し、原始仏教以来用いられ、止と観とは互いに他を成立させる不離のものである。
    (略)』
引用返信/返信 削除キー/
■24325 / inTopicNo.18)  2つの法
□投稿者/ pipit -(2022/07/03(Sun) 17:34:48)
    うーむ、
    止観について、中村元先生のダンマパダ訳に偈と解説があるのを見つけて、やったーと投稿しようと思ったんだけど、
    原文は、『二つの法』とだけの記述で、
    中村先生は、【止観】の二つの法で考えられてて、
    正田大観先生は、例えば【善悪】の二つの法で考えられてて、

    あらー、どうしましょう、と。
    伝統的註釈書でも、もしかしたら複数の註釈があるのかな?

    ==========
    まず、パーリ原文引用しますね。(記号未記入)

    ダンマパダ384(第二六章 バラモン)

    Yada dvayesu dhammesu,
    paragu hoti brahma&#7751;o;
    Athassa sabbe samyoga,
    attham gacchanti janato.

    ※パーリ語辞典では、
    dvaya 二種の、一対、両者 
    とあり、
    dhammesu は、法 という意味だと思います。

    ============

    それで、二つの法の解釈が分かれてる訳例として、(彼岸の解釈も分かれてるかな?)

    @中村元先生訳
    『バラモンが二つのことがら(=止と観)について彼岸に達した(=完全になった)ならば、かれはよく知る人であるので、かれの束縛はすべて消え失せるであろう。』

    A正田大観先生訳
    『婆羅門が、〔対立する〕二つの法(事象)について、彼岸に至る者(善悪の彼岸にいる者)として〔世に〕有るとき、しかして、彼の、〔あるがままをあるがままに〕知っている者の、一切の束縛は〔自ずと〕滅却に至る。』

    https://suttacentral.net/dhp383-423/jpn/daikan?reference=none&highlight=false

    ちなみに、
    BBhikkhu Sujato様訳
    When a brahmin
    has gone beyond two things,
    then they consciously
    make an end of all fetters.

    https://suttacentral.net/dhp383-423/en/sujato?layout=plain&reference=none&notes=asterisk&highlight=false&script=latin





引用返信/返信 削除キー/
■24321 / inTopicNo.19)  図式日記
□投稿者/ pipit -(2022/07/03(Sun) 17:03:02)
    No24225に返信(pipitさんの記事)
    > [四大種](都市)
    >
    > 【眼φ(・_・正念】--------【耳φ(・_・正念】--------【鼻φ(・_・正念】--
    > |・・・・G・・・・・・・水水G水・・・・・・・G・・・・|
    > |・・・・・・・・G・・・水水G水・・・・G・・・・・・・|
    > |地地地地地地地地地地地地【城主】火火火火火火火火火火火火|
    > |地地地地地地地地地地地地【★識】火火火火火火火火火火火火|
    > |・・・・・・・・・G・・風風G風・・・G・・・・・・・・|
    > |・・・・G・・・・・・・風風G風・・・・・・G・・・・・|
    > 【舌φ(・_・正念】--------【身φ(・_・正念】--------【意φ(・_・正念】--
    >
    >
    > ε=ε=ε=ε=┌(止)┘≪如実の使命(涅槃)
    > ε=ε=ε=ε=┌(観)┘≪如実の使命(涅槃)


    ちなみに、今、この図と関連して

    【トポロジー】という概念,用語、思い出しちゃった。
引用返信/返信 削除キー/
■24318 / inTopicNo.20)  止観
□投稿者/ pipit -(2022/07/03(Sun) 15:34:16)
    >お釈迦さまの説明は、、、
    (片)『急ぎの使者二人』とは〈止観〉の同義語です。<

    パーリ原語はどんな単語か気になったので見てみました。
    ※記号は入力できません。

    ‘Sigham dutayugan’ti kho, bhikkhu, samathavipassananetam adhivacanam.

    https://suttacentral.net/sn35.245/pli/ms?layout=plain&reference=none&notes=asterisk&highlight=false&script=latin

    samathavipassananetam 
    と、サマタ と ヴィパッサナー が くっついてる!!

    ちなみに、片山先生が急ぎの使者2人と訳されてる単語を、光明寺経蔵さまは『一対の急ぎの使者』と訳されてて、パーリ原語の
    dutayugan’tiは、
    duta 使者
    yugan 一対 という意味が載ってました。

    ペアなんだね!どっちも必要という意味かぁと思いました。

    サマタもヴィパッサナーもどちらも仏教用語として私はよく目にします。
    けど、知識としてもちゃんと知らないし、ましてや、体得、体感?には程遠い毎日を送ってます
    (ノ_<)

    止観についての調査続けようと思います
    (p_-)


引用返信/返信 削除キー/
■24317 / inTopicNo.21)  日記
□投稿者/ pipit -(2022/07/03(Sun) 15:15:07)
    やややや

    カントの統覚のこと思い出しちゃった、

    六門の中の意識は、どちらかというと、思考概念の門のことかな、と、思って、

    あ、、、って。

    カントの場合は、第二版統覚は知性側の働きかもで、
    でも、初版は統覚の前に、構想力の働きが先行してたっぽいんだよね
    pipitの読み間違い、勘違いかもだけど。。。

    眼識 と 思考識 が 一緒になる 識 が 城主としての識なんかな、とか。

    その場合、城主としての識は、こころ みたいなイメージになるなあ、今の私にとっては。

    もちろん何もかも勘違いしてるかもですm(_ _)m
引用返信/返信 削除キー/
■24316 / inTopicNo.22)  pipitお絵描き図式再掲。。日記
□投稿者/ pipit -(2022/07/03(Sun) 15:00:25)
    2022/07/03(Sun) 15:03:26 編集(投稿者)
    2022/07/03(Sun) 15:02:27 編集(投稿者)

    No24225に返信(pipitさんの記事)
    > [四大種](都市)
    >
    > 【眼φ(・_・正念】--------【耳φ(・_・正念】--------【鼻φ(・_・正念】--
    > |・・・・G・・・・・・・水水G水・・・・・・・G・・・・|
    > |・・・・・・・・G・・・水水G水・・・・G・・・・・・・|
    > |地地地地地地地地地地地地【城主】火火火火火火火火火火火火|
    > |地地地地地地地地地地地地【★識】火火火火火火火火火火火火|
    > |・・・・・・・・・G・・風風G風・・・G・・・・・・・・|
    > |・・・・G・・・・・・・風風G風・・・・・・G・・・・・|
    > 【舌φ(・_・正念】--------【身φ(・_・正念】--------【意φ(・_・正念】--
    >
    >
    > ε=ε=ε=ε=┌(止)┘≪如実の使命(涅槃)
    > ε=ε=ε=ε=┌(観)┘≪如実の使命(涅槃)

    ※※※※※※※※※※※
    (pipit日記)
    六門に優秀な門番さん。_φ(・_・ 正念!マインドフルネス♪

    急ぎの使者は、『止』様と、『観』様。ε=ε=ε=ε=ε=ε=┌((^ ^)┘

    もしもーし、城主はWhere?

    城主は、四大( the four primary elements: the elements of earth, water, fire, and air.)のセントラル・スクエアに。

    ありがとう!と急ぎのメッセンジャーの止観さま。
    城主の consciousness(識)さまの元に、八正道を通って、涅槃のメッセージを伝え、
    また八正道を通って、門から出て行くよ。

    爽やかー ☆彡☆彡

    ちょっと止観さまのこと、本を見たり、検索してみます!
引用返信/返信 削除キー/
■24315 / inTopicNo.23)  Re[19]: 『キンスカ喩経』
□投稿者/ pipit -(2022/07/03(Sun) 14:37:03)
    みなさま、こんにちは。経典読解の続きです。

    (片)東方より急ぎの使者が来て、その門番に次のように言います。
    『これ、この城主はどこにおられるのか』と。
    かれはこのように言います。
    『そのお方は、中央の四大路に坐っておられます』と。
    そこで、そのその急ぎの使者二人は、城主に如実の使命を伝え、
    来たとおりの道を引き返します。

    (B)swift pair of messengers would come from the east and ask the gatekeeper: ‘Where, good man, is the lord of this city?’ He would reply: ‘He is sitting in the central square.’ Then the swift pair of messengers would deliver a message of reality to the lord of the city and leave by the route by which they had arrived.

    (S)A swift pair of messengers would arrive from the east and say to the gatekeeper, ‘Mister, where is the lord of the city?’
    They’d say, ‘There he is, sirs, seated at the central square.’
    Then that swift pair of messengers would deliver a message of truth to the lord of the city and depart the way they came.

    ============

    お釈迦さまの説明は、、、

    (片)『急ぎの使者二人』とは〈止観〉の同義語です。

    『城主』とは〈識〉の同義語です。

    『中央の四大路』とは地界・水界・火界・風界なる、この〈四大種〉の同義語です。

    『如実の使命』とは〈涅槃〉の同義語です。

    『来たとおりの道』とは〈聖なる八支の道〉、すなわち正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定の同義語です」

    (B)The swift pair of messengers’:
    this is a designation for serenity and insight.

    The lord of the city’:
    this is designation for consciousness.

    The central square’:
    this is a designation for the four great elements&#8212;the earth element, the water element, the heat element, the air element.

    ‘A message of reality’:
    this is a designation for Nibb&#257;na.

    The route by which they had arrived’:
    this is a designation for the Noble Eightfold Path;
    that is, right view … right concentration.

    (S)‘A swift pair of messengers’ is a term for serenity and discernment.

    ‘The lord of the city’ is a term for consciousness.

    ‘The central square’ is a term for the four primary elements: the elements of earth, water, fire, and air.

    ‘A message of truth’ is a term for extinguishment.

    ‘The way they came’ is a term for the noble eightfold path,
    that is,
    right view, right thought, right speech, right action, right livelihood, right effort, right mindfulness, and right immersion
引用返信/返信 削除キー/
■24293 / inTopicNo.24)  みのりさんへ
□投稿者/ pipit -(2022/07/02(Sat) 16:24:44)
    わーい、みのりさん、こんにちは!

    酷暑で、ほんと、
    暑中お見舞い申し上げますー m(_ _)m

    経典原文はもっと素っ気ないかもなのですが、中村元先生はとても、心に入りやすく素敵に訳されてる印象があります。
    中村先生の才能なのだろうなあと思っています。

    芥川さんは、『河童』という小説が印象にあって、青空文庫で少しだけ目を通したら、覚えてたよりももっとヤバめだったようです(・・;)

    書き込みありがとうございます(*^◯^*)♪

引用返信/返信 削除キー/

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