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■23509 / inTopicNo.85)  Re[11]: 人集団の関係
  
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/05/26(Thu) 19:36:23)
    ■23501、田秋さん、ありがとございま〜す。

    >レスは気にしないでネ<
    っていうことだから、気になったところだけ。

    >今、トルコ、イラン、イラク、シリアの領土に跨ってクルド人地域がありますが、イラン、トルコは色々体制の違いはあったにしてももの凄く古い歴史を持つ国です。しかしイラクの建国は1932年、シリアは1944年の建国で、最近出来た国です。なんでアイツらには国があって俺たちクルド人は国が持てないのだ!?という思いは強くあると思います。<

    クルド”民族”がその土地で生活していたのは「イラン」「トルコ」っていう「国」が建設された後?前?っていうのが気になるのね。「国」っていうのがそもそもわたしわかんないし〜。

    >スウェーデンとフィンランドがNATO加盟申請してるのは知ってる?<
    うん、知ってる。最近のニュースで言ってた。
    わたしとしてはそんな「政策決定」ヤメればいいのにね、って思ってる。

    >トルコはスウェーデンの加盟に反対しています。その理由の一つが、スウェーデンはテロリストを匿っている、なのですが、その(トルコが言う)テロリストというのがクルド人組織です<

    あ、そうなの、わたし知らなかった。田秋さんてよく知ってるのね。
    トルコ国にとってはクルド民族はテロリストって見てるのね。




引用返信/返信 削除キー/
■23501 / inTopicNo.86)  Re[10]: 人集団生活
□投稿者/ 田秋 -(2022/05/26(Thu) 11:43:51)
    こんにちは、悪魔ちゃん

    >西遊記っていうのなんだかわかんないけど
    孫悟空というのは聞いたことある?玄奘三蔵というお坊さんが経典にわからないことが色々あるのでインドまで勉強しに行ったという実話に尾ひれ(空想)がついて出来上がったお話が西遊記、お供をしながら三蔵を苦難から守ったのが孫悟空というサルで、これがメインの尾ひれです。インドは中国の西にあるという設定の旅行記なので西遊記と言います。

    人工と自然について
    悪魔ちゃんの言うような分け方も勿論あります。だけど人類も自然界の一員というのも確かで、その辺りは話の状況に合わせて使い分けるのがいいように思います。

    クルド人について
    勿論クルド人も自分たちの国が欲しいと思っているはずです。今、トルコ、イラン、イラク、シリアの領土に跨ってクルド人地域がありますが、イラン、トルコは色々体制の違いはあったにしてももの凄く古い歴史を持つ国です。しかしイラクの建国は1932年、シリアは1944年の建国で、最近出来た国です。なんでアイツらには国があって俺たちクルド人は国が持てないのだ!?という思いは強くあると思います。

    >「クルド人」は、各国のそのルールに従って生活するようにしてるのかしら?
    殆どのクルド人は嫌々、しようがなく《その国のルール》に従っているのだと思います。しかし従っていない人もいます。
    話は少し逸れますが、スウェーデンとフィンランドがNATO加盟申請してるのは知ってる?トルコはスウェーデンの加盟に反対しています。その理由の一つが、スウェーデンはテロリストを匿っている、なのですが、その(トルコが言う)テロリストというのがクルド人組織です。

    素麺と鯛飯の話は、例としてうまくなかったと思います(スマソ)。何が言いたかったというと、何故こんな事が起こったのだろうと考えるとき、政治的背景がわかると、へええ!となる場合がある、と言うことを言いたかったのです。もっと適切な例を授業で聞いたのでそのうち披露します。

    自分のお勉強が忙しいだろうから、レスは気にしないでネ。
引用返信/返信 削除キー/
■23493 / inTopicNo.87)  Re[9]: 人集団生活
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/05/25(Wed) 19:19:50)
    No23461、田秋さん、ありがと。

    >歴史と政治、中国の歴史は古代から清朝の終わりくらいまでは何冊か本を読んだ。友達に昔の中国が好きなのがいたのと西遊記関連で。<
    西遊記っていうのなんだかわかんないけど、昔のがどういうのかわたし知らないけど、いまの中国はどうなのかしらね。わたし中国人は信用できない派。だから中国産はなんであれ、わたし買わない。あ、最近はロシア産のもね。

    歴史と政治については、いまお勉強中で〜す。人類学の本読んでるとそういうの知らないとよくわかんないから。

    >暑い中草取りしてお風呂入ってさっぱりして「ああ、素麺食べたい」、午後スーパー行ったら美味しそうな鯛の切り身があったので焼いて食べようと思って買い、一応インターネットで鯛のレシピ見てたら、切り身でも鯛飯が簡単に出来るというのがあったので急遽鯛飯にした、というのが政治。<

    「国家」とは、「一定の領土と国民と排他的な統治組織とをもつ政治共同体」
    ってあって、結局「政治共同体」なんだな〜、って思って「政治」についてネットで調べて見た。
    いろんなこと書いてあったけど、つぎのような見方、わたし受け入れることにした。

                 ・・・・・・・・
    「政治」 politics

    政治を表す西欧の語は、古代ギリシアの都市国家であるポリスpolis、およびそれから派生したポリテイアpoliteia(市民権、国家)その他の関連語に由来する。

    このことから、政治をポリスの業務、すなわち国家の仕事として考える見方が広まるようになった。

    今日では、政治を「集団の政策(意思)決定過程」とみる見方、あるいはそれに類した規定の仕方が一般的に行われている。この場合の「集団」はもちろん国家や地方自治体にとどまらず、いろいろな社会集団や、国内的、国際的団体を含む。また「政策決定過程」とは、広義には目標の選択、目標達成方法の決定、そしてそれらの実施あるいは実行の全過程を表す。

    「政策決定」policy-makingは「政策形成」と表現される場合もあり、また「意思決定」decision-makingは「決定作成」という表現が用いられることもある。政策決定と意思決定とは同じ意味に用いられることもあるが、意思決定のほうがより広い意味に用いられている。政策決定は政府の行為に関して用いられることが多く、また、政治に関して意思決定の語が用いられる場合、たとえば選挙は一つの意思決定過程ではあっても、狭義における政策の決定ではない。けれども、政治過程全体をさして政策決定過程という場合には、政策決定者を支持するものとしての選挙もその一部に含まれる。

    政治を「国家」という制度・構造から説明するのではなく、逆に「国家」を政治という過程・機能から説明しようとするところに行動論的な政治の定義ないし見方の特色がある。そして政治という機能が認められる限り、それが「国家」とはいえないような「原始社会」や「種族社会」であっても、これを政治研究の対象とすることができる。

    政治を政策(意思)決定という角度からみる場合、そこに当然「権力」の問題が関連してくる。なぜなら「権力」はラスウェルによれば、「意思決定への参加」にほかならないからである。

    この面からいえば、「政治」は「権力過程」であり、また「権力関係」という流動的な状況を抜きにしては考えられない。決定作成過程に参加し影響力を行使するには、暴力行使や利益誘導、さらには理性的説得から宣伝やシンボル操作に至るまで種々の方法がある。したがって、政治にとって不可欠な要素としては、暴力ないし実力、利益や価値、情報や知識、そして思想やイデオロギーなどがあり、またこれらのものを組み合わせて行使するための組織や集団、さらにこうした決定作成をめぐって権力闘争が行われる際のルールや手続、制度なども政治には不可欠である。
                ・・・・・・・・・・・
    こう見たとき、
    で、
    >ダメすか?<
    なんだけど、
    もし<急遽鯛飯にした>っていう決定とそこまでいく過程はdecision-making(意志決定・形成)になるけど、それが、田秋さん一人でしたんだったら、「政治」の「集団の政策(意思)決定過程」の「集団」じゃないから、ダメじゃない?もしその<急遽鯛飯にした>の意志決定過程にそこにほかの人がかかわってたんだとしたら集団になるからダメじゃないと思う。


    民族と国家、

    >そう考えると国境線って人工的と言えるけれど、そもそも人間の問題だから人工的になるのは自然とも言える?<
    ん〜ん、ここんとこ、わたしのと違うところかな〜。
    わたしのばあい、「人工的なもの」は「文化」って呼んでる。「文化」っていうの、〈人間が作り出したものの総称〉ってしてて、「自然」っていうのは〈人間が作り出したものではないもの〉ってしてる。

    民族と国家(国民)の共通するところと違うところ、ただいま思考中〜。

    クルド人が多く住む地域の図、
    イラン、トルコ、シリア、イラク、っていう「国名」にまたがって、「クルド人」、自称・他称の人集団がその土地で暮らす人びとがいて、

    イラン、トルコ、シリア、イラク、っていう「国」にはそれぞれ国としてのルール(政策の決定過程)っていうのがあるはずよね。で、「クルド人」は、各国のそのルールに従って生活するようにしてるのかしら?


引用返信/返信 削除キー/
■23487 / inTopicNo.88)  Re[8]:   レヴィのわたしの
□投稿者/ みのり -(2022/05/25(Wed) 13:25:12)
    No23483に返信(田秋さんの記事)
    > こんにちは、みのりさん
    >
    > 横レス失礼すますぅ。
    >
    > >いつでも可能な限り具体的な例を持って考えてみるようにしています。
    > ボクもそうです。
    >

    田秋さん、こんにちは。
    そうなんですね。なんだか嬉しいです。^^

引用返信/返信 削除キー/
■23483 / inTopicNo.89)  Re[7]:   レヴィのわたしの
□投稿者/ 田秋 -(2022/05/25(Wed) 11:55:19)
    こんにちは、みのりさん

    横レス失礼すますぅ。

    >いつでも可能な限り具体的な例を持って考えてみるようにしています。
    ボクもそうです。

引用返信/返信 削除キー/
■23480 / inTopicNo.90)  Re[6]:   レヴィのわたしの
□投稿者/ みのり -(2022/05/25(Wed) 09:06:30)
    No23473に返信(悪魔ちゃんさんの記事)

    悪魔ちゃん、レスありがとうございます。

    > >知覚や判断が私の意識に生じていることは確信しうること。そして。その確信がどのように「構成」されるのかについて考え、その構造と条件を取り出す。<
    > わたし<確信>(確かに信じられるもの)っていう語のほかに〈信念〉っていう語を使うかな。
    > だから、
    > >知覚や判断が私の意識に生じていることは確信しうること<
    > っていう表現にはわたしのばあいならないのね。
    > 「確信しうること」は「知覚」と「判断」の両方にかかる言葉じゃなくて、わたし「判断」にかかる言葉って見てるのね。
    > あ、ごめん、みのりさまが「知覚」、「判断」、「確信」っていう語をどう言う意味で使ってるのかが分からない、のうえでわたしの勝手なので書いてるからね。

    私の方の文章を二つに分けてみますね。

    >>知覚や判断が私の意識に生じていることは確信しうること。

    順番として「知覚」をまずして次に「判断」する。
    夜空に何か浮かんでる、と知覚して、それは夜間飛行の旅客機だろうと判断する。
    順番にあらためて従って書いてみるとこういうこと。

    それが本当に旅客機かどうかはわからないけれど、自分に旅客機らしきものが見えているということは確信できる、ということ。

    >>その確信がどのように「構成」されるのかについて考え、その構造と条件を取り出す。

    では、夜間飛行の旅客機が飛んでいると見えたけれど、それは本当にそうなのか?
    そう思ったその理由、根拠はどういうものか、その理由、根拠は旅客機であるという答えを出すに十分なものであるか、などについて検証していく。
    検証していく中で、本当に夜間飛行の旅客機か、もしかしたら他のものではないのか、も明らかになっていく。
    具体的な例を出してみると、こういうようなことかな、と思っています。

    仮説を立てて、それを検証する。簡単に言えばこの作業のことになるのだと思うのですね。

    > だから、
    > >その確信がどのように「構成」されるのかについて考え、その構造と条件を取り出す。<
    > は、わたしのばあい、
    > 〈知覚という信念がどのように「構成」構成され、判断がどのように「構成」されるのか、について考え〉
    > っていう表現になるの。

    なるほど。
    あくまで私の場合はなんだけど、いつでも可能な限り具体的な例を持って考えてみるようにしています。
    単語や言葉というのは、具体的なものを説明するための道具だと思うので、その具体的なところをもって理解するのが大切なんじゃないかな、と思っているかな。

    > >現象学的な観方と「野生の思考」的な観方の共通点があるって話なんですよね<
    > これについてのわたしのは、はまだになってる。平日は仕事でめいっぱいで考えてる余裕がなくて。
    > 休みの日に書いちゃおっかて思ってま〜す。
    > わたしがなに言ってるのか分かってもらえなないだろうな〜っていうことを承知で書いてま〜す。

    私へのレスはお気遣いなくしてくださいね。


引用返信/返信 削除キー/
■23474 / inTopicNo.91)  Re[6]:  保険証の廃止
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/05/24(Tue) 20:35:42)
    ネットのニュース見てたら、
    いまある保険証を無くすことを政府が決めたみたいよ。

    なんか「マイナ保険証」っていうのが、政治屋(ある人間集団)さんたちによって”決まった”みたい。

    「国」ってさ〜、やっぱ、支配者と服従者の関係はずせないよね。

引用返信/返信 削除キー/
■23473 / inTopicNo.92)  Re[5]:   レヴィのわたしの
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/05/24(Tue) 20:23:42)
    ■23465、■23469、ありがとございま〜す、みのりさん

    >知覚や判断が私の意識に生じていることは確信しうること。そして。その確信がどのように「構成」されるのかについて考え、その構造と条件を取り出す。<
    わたし<確信>(確かに信じられるもの)っていう語のほかに〈信念〉っていう語を使うかな。
    だから、
    >知覚や判断が私の意識に生じていることは確信しうること<
    っていう表現にはわたしのばあいならないのね。
    「確信しうること」は「知覚」と「判断」の両方にかかる言葉じゃなくて、わたし「判断」にかかる言葉って見てるのね。
    あ、ごめん、みのりさまが「知覚」、「判断」、「確信」っていう語をどう言う意味で使ってるのかが分からない、のうえでわたしの勝手なので書いてるからね。

    だから、
    >その確信がどのように「構成」されるのかについて考え、その構造と条件を取り出す。<
    は、わたしのばあい、
    〈知覚という信念がどのように「構成」構成され、判断がどのように「構成」されるのか、について考え〉
    っていう表現になるの。

    >現象学的な観方と「野生の思考」的な観方の共通点があるって話なんですよね<
    これについてのわたしのは、はまだになってる。平日は仕事でめいっぱいで考えてる余裕がなくて。
    休みの日に書いちゃおっかて思ってま〜す。
    わたしがなに言ってるのか分かってもらえなないだろうな〜っていうことを承知で書いてま〜す。

    あ、あと田秋さんのも返信しなくっちゃ。

引用返信/返信 削除キー/
■23469 / inTopicNo.93)  Re[4]:   レヴィのわたしの
□投稿者/ みのり -(2022/05/24(Tue) 10:50:01)
    すみません、訂正させてください。
    (削除キーの設定をしてなかったので訂正ができない。)
    次から、長文になる時は必ず設定しよう。


    >>・・・・・
    知覚や判断が私の意識に生じていることは確信しうること。
    そして。その確信がどのように「構成」されるのかについて考え、その構造と条件を取り出す。
    ・・・・・『読まずに死ねない哲学名著50冊』平原 卓 著 p287より引用

    今、引用したのがフッサールの「還元」について。<<

    ここ、引用ではなく、p287を読んでまとめたものです。
引用返信/返信 削除キー/
■23465 / inTopicNo.94)  Re[3]:   レヴィのわたしの
□投稿者/ みのり -(2022/05/24(Tue) 09:52:14)
    No23442に返信(悪魔ちゃんさんの記事)

    悪魔ちゃん、こんにちは。 今日は雨降ってなくてよかった〜。
    雨ばっかり降ると庭にコケがたくさん生えてくるのよ。。(´;ω;`)

    > みのりさまも、野生は、粗野で教養がなく、不作法で粗暴なんじゃなくて、ちゃんとそこにも科学的思考っていうのがあるって“うすうす”感じてた? わたしと同じように。

    毒があって食べられない植物や生き物を実体験から把握したり、分類したりと生きることと科学が現代人以上に密接だったんだろうな、というのは感じてました。
    命がけで毎日を過ごしていたのだと思うのですね。
    現代人は、命がけがなく自然を甘く観がちになってもいるのかも。


    > >ところで、現象学的な観方というのは。「山がある」というのを素朴実在論のように認識するのではなく、「私の意識に山が映っているのは確かである」のように認識するしかた、でいいんですよね?<
    > ん〜ん、こう聞かれてもなんかわたしわかんない。
    > ここらへんのは、メルポンの『知覚の現象学』にこんなことが書いてあるので書き写して見ます。
    >
    >             *******
    > このように記述されている知覚がどんなに考えがたいものであろうとも、その困難はわれわれの甘受すべきものであり、事実そのようにしてわれわれは知覚し、われわれの意識も物のなかで暮らしているのである。
    > したがって、ある因果的作用によって、宇宙そのものとは別個な〈表象〉をわれわれの内部に産出するような〈〔実在的〕宇宙〉という観念ほど、知覚にとって無縁なものはない。カント的言い方をするならば、素朴的意識の実在論は、〈経験的実在論〉――つまり、「意識の諸状態」の外に立ち出でて、固体的対象に到達しているということを、少しも疑わない〈外的経験の確信〉――なんであって、固体的対象を、唯一の与件である「表象」の不可知な〈原因〉として定立することを哲学的主張とするような〈超越論的実在論〉ではないのである(3)。
    >
    > (3)訳注:カントにとっては、〈空間〉と〈時間〉とは人間精神の主観的構造に属するものであり、感性(=対象受容の能力)が働く場合の基本形式である。したがって、それらは認識主観を離れた〈物自体〉の性質や関係ではない。そこで空間、時間は、われわれに〈経験〉されるいっさいのもの(=現象)に関しては客観的であり、空間、時間のなかに存在しないような対象は、経験のなかにないことになる。その意味で、それらは〈経験的実在性〉を持つと言われる。が、他方、それらがわれわれの感性を離れて実在するものではないとすれば、経験を超えた実在性は持たないわけであり、そのことが空間・時間の〈超越論的観念性〉と言われるのである。そこでカントは、自分の立場が観念論ではあるにしても、それはあくまでも〈超越論的〉観念論であって、〈経験的〉観念論ではない、と主張している。メルロ=ポンティは、カントの用語をかりて、素朴的意識の実在論は、〈経験的〉実在論であって、〈超越論的〉実在論ではない、というわけである。
    >             *********

    メルロポンティのを引用してくれたんですね。
    長文でありがとうございます。

    >※「意識の諸状態」の外に立ち出でて、固体的対象に到達しているということを、少しも疑わない〈外的経験の確信〉――

    これが素朴実在論の観方なんでしょうね。
    実際に自分に観えているものはそのままの形で実在しているのだ、という観方。
    メルロポンティは、こちらを「経験的実在論」としているみたいですね。
    主観=客観だと思っている観方と言ってもいいのかな。

    そして、

    >※固体的対象を、唯一の与件である「表象」の不可知な〈原因〉として定立することを哲学的主張とするような〈超越論的実在論〉ではないのである(3)。

    こちらを素朴実在論(経験的実在論)と対比させているのですね。
    何か〈原因〉となる固定的対象があり、そこから「表象」が現れてくるという観方でいいのかな。

    > わたし、ここなんど読み返してわたしの実体験にあてはめて考えてるんだけど、まだ入ってないのね。
    > 【知覚がどんなに考えがたいものであろうとも】っていうところ、いまのところ、「知覚の世界」は「思考」とは別の世界にあって、「考える」っていう領域からは“考えがたい”領域にあるっていってるんじゃないかしら?っていまのところ見てる。
    >
    > 「思考」って呼んでるもの、これってどういうもの?ってふと思って、「思考」には二種類あるんじゃないかって思ったのがNo23410だったの。
    >
    > 現前の「これ」は「山」、これが知覚の世界(素朴的意識)だとわたし思ってる。そして「私の意識に山が映っているのは確かである」は思考の世界。でも、思考の世界は「これ」は「山」であるのか?っていう「省察」に入っていくのが哲学的思考なのかとも思って。言いかえると、「これは山である」っていう「判断」は確か(疑いの余地のないこと)なのか?っていう方向に、ね。

    ・・・・・
    知覚や判断が私の意識に生じていることは確信しうること。
    そして。その確信がどのように「構成」されるのかについて考え、その構造と条件を取り出す。
    ・・・・・『読まずに死ねない哲学名著50冊』平原 卓 著 p287より引用

    今、引用したのがフッサールの「還元」について。


    > >現象学的な観方と「野生の思考」的な観方の共通点があるって話なんですよね<
    > これについては後で書いて見ます。
    >
    > わたし「ものぐるほしけれ(狂ったような気持ちになる)」になってるかな〜?
    >
    > 「心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば(心の中に浮かんでは消えていくとりとめもないことを、あてもなく書きつけて)」
    > でした。

    うん。 ぼちぼちとがんばってくださいね〜。
    レスありがとうございました。
引用返信/返信 削除キー/
■23461 / inTopicNo.95)  歴史と政治
□投稿者/ 田秋 -(2022/05/23(Mon) 22:38:41)
    こんばんは、悪魔ちゃん

    歴史と政治、中国の歴史は古代から清朝の終わりくらいまでは何冊か本を読んだ。友達に昔の中国が好きなのがいたのと西遊記関連で。

    政治は分からないけど、もしわかると歴史がぐっと面白くなるんだろうな思う。

    例えばボクが昨日の昼は素麺を食べ夜は鯛飯を食べたとします。これが歴史で、何故昼素麺で夜鯛飯だったのか、その経緯の説明が政治かな?

    暑い中草取りしてお風呂入ってさっぱりして「ああ、素麺食べたい」、午後スーパー行ったら美味しそうな鯛の切り身があったので焼いて食べようと思って買い、一応インターネットで鯛のレシピ見てたら、切り身でも鯛飯が簡単に出来るというのがあったので急遽鯛飯にした、というのが政治。

    ダメすか?

    ===民族と国家===

    写真はクルド人の住んでいる地域と実際の国境線。クルド民族は集まって住んでいる地域があるけれど自分の国を持っていません。

    民族と言うのはみんな自分の国が欲しい。何故なら他の民族の支配下に置かれて指図を受けたくないからね。共同経営という形態もあるけれど出来れば自立して自分の民族が主権を持つ国家になりたい。ユーゴスラビアがセルビアやクロアチアに分裂したり、チェコスロバキアがチェコとスロバキアになったり。ソ連の崩壊もそうだよね。ウクライナ、ジョージア、カザフスタン、リトアニアとか。

    クルド民族もそう思ってるけど4カ国にわたってクルド民族地域がひろがってるから難しい。

    そう考えると国境線って人工的と言えるけれど、そもそも人間の問題だから人工的になるのは自然とも言える?

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■23458 / inTopicNo.96)  Re[5]: 悪魔ちゃんが気になった部分
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/05/23(Mon) 20:11:46)
    ■23451、
    田秋さん、ありがとございま〜す。
    わたし、政治、歴史、これもよく知らない。
    ん?わたし何についてなら知ってるって言えるのかしら?ってよく考えたら、ないことに気づいちゃた。

    これで終わりにしちゃったら、せっかく田秋さんが要約してくれたことに失礼だと思って、勉強中で〜す。

    いまのところ。、これだけはいえるかな
    >第1次世界大戦に向かって欧州内の2極化が進み<
    <第一次世界大戦>が起こったっていうことはすでに知ってるっていう前提の上に、あとづけで、<2極化>が持ちだされてるのかもしれないけど、どういう<2極化>なのかがわたしにはわかんない。

    〈ドイツ・オーストラリア・ストア二ア〉っていう三国同盟と〈イギリス・フランス・ロシア〉っていう三国協商っていうのを、欧州の2極化っていうんだったら、どいうことでこういう2極化が発生したのかしら?

    「国民国家」とか「他民族国家」見たいなのはそのうち見えてきたらにしようかと思ってま〜す。

    正直な気持ちを言うと。「外人さん」の世界観、人間観、、わたしにはわかんない。「不気味な存在」として、何されるかわかったもんじゃない、っていう、できればわたし関わりを持ちたくないのね。










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