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■24890 / inTopicNo.13)   国葬
  
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/07/16(Sat) 19:39:00)
    ウィッキで、「国葬」を調べたら、

    〔国葬(こくそう)とは、国家に功労のあった人(君主、皇族、王族、政治家、軍人、学者、芸術家、宗教家、環境保護活動家など)の死に際し、国家の儀式として、国費をもって行われる葬儀のことである。〕
    ってあった。

    「彼は〔国家に功労のあった人〕である」と、何を基準に誰が判断するんかな?
引用返信/返信 削除キー/
■24889 / inTopicNo.14)   政教分離
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/07/16(Sat) 19:27:14)
    「政教分離」、
    コトバンクによると、いろいろ書いてあったけど、
    〔政治と宗教は分離されるべきであるという考え方。 (1) アメリカ合衆国では,憲法上の原則となっている。教会と国家の分離原則 Separation of Church and Stateともいう。‥‥〕
    って言うこと見たい。

    今回の日本の元首相銃撃事件では、マスの報道によると、犯人の動機が宗教に関係してるみたいじゃん?

    「国家」、生の人間を見ようとしてないよね。

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■24887 / inTopicNo.15)   人類学の
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/07/16(Sat) 18:56:05)
    「人類学」の二つの本を読んでるなかで、「現象学」のが絡まってきてる。
    カントものね。

    レヴィの「野生の思考」って、現象学的還(遡って見る)なんかも。

    人類学のわたしのを簡単に振り返って見ると、

    No22811
    人類学は、哲学、文学、歴史、神学に細分化された西洋の知の分類に抗するかたちで、人間の身体から感情、観念、環境との関係までを総合的に理解しようとするものであり、さらには人間の全活動領域としての経済、政治、社会、宗教、倫理、芸術等を総体として理解しようとする傾向性をもっている。それが研究対象とするのは全体としての人間であり、人間の活動の全領域である。このような意味において人類学は、世界を分割し、分割することで明瞭な意識を獲得し、それによって世界を統合・操作することをめざしてきた近代西洋の知のあり方に対する異議申し立てとして成立したのであった。人類学が人文社会諸科学のなかで占める特異性は、他の諸学科が論じてこなかった、西洋から見て異質な諸社会、「未開」という形容詞をつけられるのがつねであった諸社会を研究するという研究対象の特異性にあるのではない。むしろ人類学の特異性は、近代西洋がつくりあげてきた知の分類体系とは異質な原理に立つ、研究方法と理念の独自性にこそ求められるべきなのである。

    No22942
    「人間学」と「人類学」がどちらも「anthropologie」である。

    あといろんなのを調べて考えて見た。

    近代西洋の知のあり方は、科学・客観・合理・資本―主義。
    「呪術」や「妖術」、そしてそこには「超自然的存在」。
    「国家」と「民族」。
    「未開人」と「文明人」。
    「野生の思考」と「科学的思考」、ここからは人の思考には2種類あるってなった。
    あ、人類(人間)の歴史も。
    あと、「xかyか」で見るのではなく、「xとy」の「と」のなかへ、っていうのがメルポンのから見えてきた。

    だいたいこんなところかな。

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■24886 / inTopicNo.16)   コロナ感染者数
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/07/16(Sat) 18:49:52)
    なんか、日本では、コロナ感染者数、急増してるみたいじゃん。
    ニュースで聞いた。

    JNNだったかな?
    「全国の新規感染者が過去最多を更新」、って言ってた。
    ちょっと思ったんだけど、
    「新規感染者」ってどういうことなのかな?って。

    〈感染した人はふたたび感染しない〉なら、発表された感染者数を「新規感染者」って言えるかもしんないけど、
    もし〈一度感染した人もまた感染する〉っていうことなら、「新規感染者」とは言えないんじゃないかしら?

    ここらへんは調べてるのかしらね?

    ま、どうでもいいけど。


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■24652 / inTopicNo.17)  カントの「と」現象学との
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/07/10(Sun) 17:26:05)
    pipitさまに教えてもらったカントの、

    ****************
    『人間の認識には二つの幹、つまり悟性と感性があり、これらの幹はおそらくは、一つの共通な、しかし我々には未知の根から発している。(A15=B29、また『人間学』第三十一節参照)』『カント『純粋理性批判』入門』p155より引用
    『この二つの〈幹〉とは感性と知性[=悟性]であり、これらはおそらくまだわたしたちには知られていない一つの共通の〈根〉から生まれてきたものである。感性によって、わたしたちに対象が与えられ、知性によってこの対象が思考されるのである。』B29あたり 中山元先生訳『純粋理性批判1』p63より引用
               ****************
    のところと、現象学の、
    No24328を絡めて、ん〜ん、「と」のなかの共通と相異を見ていくことにしま〜す。

    まず、カントの見方を簡単にしちゃって、
    (1)人間の認識には二つの幹、感性と知性[=悟性]がある。
    (2)これらはおそらくまだわたしたちには知られていない一つの共通の〈根〉から生まれてきたものである。
    (3)感性によって、わたしたちに対象が与えられ、知性によってこの対象が思考されるのである。
    って言うことだと思う。

    (1)〔人間の認識〕っていう〔認識〕っていうの、問題ね。

    わたし、カントの言う〔認識〕は〈真正な知識〉を意味してるんだと思う。
    わたしが読んでる「カント」っていう本の中に、
    〔そこで、まずわれわれは、自然科学での知識の正当性・真理性(正しいゆえん、真理であるゆえん)を批判・検討することにしよう。『純粋理性批判』は、こうして、自然科学的な真理の性格の検討からはじまる。〕
    これが『純理』の始まりだと見てる。そして自然科学の正統性・真理性は普遍・必然性って書いてあった。
    ようするにカントの思考の目標は、〈神のに対しての、人間の自然科学のような真正(普遍・必然性)な知識〔認識〕がいかにして可能になるのか〉を見えるようにすることだったんじゃないかって。
    現象学の場合、このような〔認識〕じゃなくて、人間の「意識」、もっと正確にいうと、「生(なま)の意識」を問題にしてるんだとわたし見てる。だから、現象学のわたしので(1)を見ると、
    〈1〉人間の「意識」には二つの幹、感性と知性[=悟性]がある。
    ってなる。こう見たときカントのと共通性がある気がする。ただ、現象学の場合、人間の「生の意識」は〈真正な知識〉を生み出す働き(科学的思考)もあるけど、間違いもする、っていうころも含めて見てるんだと思う。
    あと、中島義道さんによると、カントは意識の現れを「真なる現れ」を「現象」、「誤った現れ」を「仮象」として区別したみたい。カントの場合、このような意味での「現象」がいかにして可能になるのか、の方を探究してたのかも。
    カントは、科学的に思考されたものにおいては真正であるはずだ、から出発して感性を見ようとしてたんじゃないかしら?
    『純理』は人間の意識における〈真正(普遍・必然)な知識〉=〔認識〕のアプリオリな領域のみに限られたコギト、っていう前提がある気がしてる。だから〔これ〕を意識全体についてのものと見ると分け分かんなくなるかも?

    カントが〔認識〕を〔感性〕と〔知性[=悟性]〕という〔二つの幹〕に分節しているのに対応して、現象学では、「生の意識」を「受動的総合」と「能動的総合」とに分節してるようにわたしには見える。ここらへんも似てる。

    カントの「純粋理性批判」について、 フッサールの『デカルト的省察』訳注に、
    〔カントは、空間と時間を「直観の形式」または「感性の形式」と呼び、それらは「こころのうちにアプリオリに備わっている」とか、「主観の性状として、主観のうちのその座を有する」とか述べていた。しかし、他方で、それらは「現象に関しては客観的である」とも言う。つまり、「経験的実在論」と「超越論的観念論」を同時に主張しているわけである。その辺りの事情を、ここでフッサールは、「極めて制限された仕方」ではあれ、「ノエマ的なアプリオリ」を目指していた、と述べているのである。〕
    ってある。
    「ノエマ」=思われたもの、「ノエシス」=思うこと、ね。現象学ではこの区別をしてる。

    (2)〔一つの共通の〈根〉〕から、〔感性〕と〔知性[=悟性]〕が生まれてる<
    カントはこういうふうに感知(感じとること、気づくこと)してる(言い換えると「直観」かな?)んだと思うけど、ところで、結局〔一つの共通の〈根〉〕、再発見できたのかしら?それとも〔まだわたしたちには知られていない〕ままなのかしら?わたしこれ見つけちゃったけどね。

    (3)〔対象〕っていうのが問題ね。
    現象学のわたしのは、感性〈受動的総合〉の働きによって感性の領域に現れてくるのが〈対象〉って見てる。
    『感性によって、わたしたちに対象が与えられ』は、こう見ることもできるんじゃないかしら。ここらへんも似てるかも。
    〈対象〉っていうのは私の外にあるものじゃなくて、私のうちに現れてるものってしてる。だって〈象〉でしょ。そして、〈対象〉っていうのは地の上の図って見てる。この図として現れた〈対象〉は、わたしの志向性が前提となってる。カントの言う「触発」がこれに当たるのかも?ってすると、ここんところも似てる気がする。

    そしてこのような〈対象〉を〔知性[=悟性]〕の領域が見て、思考する。こう見ることもできるんじゃないかしら?


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■24504 / inTopicNo.18)  Re[73]: ニュース
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/07/08(Fri) 19:16:21)
    マスメヂィアによる速報で〜す、
    その日本人、亡くなられたみたいです。
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■24498 / inTopicNo.19)  ニュース
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/07/08(Fri) 18:52:46)
    なんか、ニュース聞いてたら、
    日本のある政治家さんが銃みたいなんで撃たれて、意識不明みたい!
    マスメディアではとっても大変なニュースみたいよ。

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■24425 / inTopicNo.20)  「哲学」
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/07/07(Thu) 19:19:36)
    ひとつには、
    「哲学」ってなあに?からわたし始まったんだけど、

    いまのところ、ひとつの答えが浮かんでる。

    日本では、「哲学」とは、科学の一つの科。

    ん〜ん、これけっこう当たってる気がしてる。

引用返信/返信 削除キー/
■24359 / inTopicNo.21)  Re[70]: 生
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/07/03(Sun) 20:03:00)
    ■24334、
    ますます、わか〜んない。

    ところで、マジモンさん、
    No24328について、なんかあったら言って。
    特になかったら、<放置>でいいよ。
引用返信/返信 削除キー/
■24334 / inTopicNo.22)  Re[69]: 生
□投稿者/ ギアッチョ -(2022/07/03(Sun) 17:58:46)
    No24327に返信(悪魔ちゃんさんの記事)
    > ■24323、マジモンさん、
    >
    > 焼身自殺をしても、真っ黒こげになるだけじゃない?
    > これを<燃えカス>って言うのかしら。
    >
    > 悪は<燃えカスを作り>をするんじゃなくて、
    > そう”誘う”ことをするだけ。
    > 実際にそうするかどうかは本人次第なのね。

    例えば、悪魔ちゃんは、格闘技を理解できないじゃん。
    それは女性なら当たり前だと思うんだよね。

    だけど、そう明確にすると、
    悪人が悪魔ちゃんの事を殴りにくると思うんだど、
    そこんところどう思っているの?
    悪魔ちゃんは正当防衛とかしないの?

引用返信/返信 削除キー/
■24328 / inTopicNo.23)  レヴィのと現象学のとわたしの
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/07/03(Sun) 17:41:50)
    心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、
    あっちこっちに行ったり来たり。

    No23410のつづき、

    「現象学事典」のをまた見て見ます。

               ***********
    受動的総合/能動的総合 [(独)passive Synthesis/aktive Synthesis]
    フッサールにおいて総合は意識の原形式であり、その特徴は「流れ去る多様の統一」と規定される。サイコロという統一的対象の知覚は、どの側面から、どの距離で、どの光のもとで、見るか(さらには、どのように触れるかなど)に応じて変化する多様な現れ方を通して、その総合として成立する。この知覚したサイコロをのちに想起するときにも、かつて知覚したサイコロと同一のサイコロの想起であるという同一性の意識は総合にとってつくり出される。こうした個別的意識体験の総合が可能になのは、もともと意識生の全体が総合的に統一化されているからである。この普遍的総合の根本形式はすべてを包括する内的時間意識である。「能動的/受動的」という発生的現象学の基本概念は、以前から使用されていた「顕在的/潜在的」「主題/背景(地平)」などの対概念を力動化したものである。自我はいま見えているサイコロの面前を主題として顕在的に意識していると同時に、裏面を背景として潜在的に意識している。この区別の根拠は自我の関わり方の相違にある。「能動的/受動的」の区別も同様であり、能動的総合はとくに自我的な作用であるに対して、受動的総合は自我の関与なしにおのずから生じる。その点で、無意識の働きにも比せられる。
    能動的総合はすべて受動的総合を土台にして行われる。受動的総合の基底をなすのは内的時間意識による時間構成であり、キネステーゼによる空間構成とともに総合の形式条件を形成する。実質的条件をなすのは連合法則に従う布置形成である。布置形成によって図と地が分化し、地から浮き上がった図が自我を触発する。自我は図に注目して把握的に対向する。それが触発の受容であり、能動性の最低段階をなす。受動的総合と能動的総合の境界線はここに引かれる。把握する、解明する、関係づけるなどの低次の能動的総合を超えた、数える、述定するなどの高次の能動的総合においては、数や述定的事態がなどのイデア的対象が産出される。能動的総合は作用としてはまもなく過ぎ去るが、その成果は自我極に沈殿し、習慣として妥当しつづける。習慣は第二の受動性として、より高度の能動的総合の土台となる。したがって、すべての能動性に先立つ受動性と能動性に由来する受動性が区別される。
               *************

    レヴィもこのようなものを見ているんじゃないかしら? って。
    レヴィは、【野生の思考は知覚と想像力のレベルに狙いをつけ、科学的思考はそれをはずしている。】って言ってる。

    現象学的な見方――意識の総合を受動的総合を能動的総合に分節して見る――っていう見方から、
    〔能動性の最低段階〕に当たるのが「野生の思考」(わたしの言う〈原初的思考〉)、「能動的総合」の極(高次の能動的総合)に当たるのが「科学的思考」ってわたし見たのね。

引用返信/返信 削除キー/
■24327 / inTopicNo.24)  Re[68]: 生
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/07/03(Sun) 17:38:53)
    ■24323、マジモンさん、

    焼身自殺をしても、真っ黒こげになるだけじゃない?
    これを<燃えカス>って言うのかしら。

    悪は<燃えカスを作り>をするんじゃなくて、
    そう”誘う”ことをするだけ。
    実際にそうするかどうかは本人次第なのね。


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