| こんばんは、パニチェさん。
> 西洋(言語?)的な分類『・・・である』の方はbe動詞になり、『・・・がある』の方はexistとなり、前者を本質規定とし、後者を実存とするという定義(あるいは和訳)には違和感があります。 > 日本語で言うとのころの「本質」とは「そのものとして欠くことができない、最も大事な根本の性質・要素(goo辞書)」であって、例えば「私は父親である」で表現するところの「父親」が「私が私であるところの欠くことができない、最も大事な根本の性質・要素」ではないですからね。 > 私は『・・・である』で表現される対象は私の属性(そのものの性質や特徴の意)であると考えています。 > 結論から言えば〈私〉は実存であり、その実存こそが「私」の本質である。 > ついでに暴論を展開すれば〈私〉を起点として言葉の(特に本質や実存、存在を)再定義が必要でもある、と。 > ここは少しパニチェの戯言ですからスルーしてもらっても大丈夫です。
そうですね。おっしゃる意味は分かりますが、川原栄峰氏が言わんとすることとポイントが少しずれていると思います。 川原氏が「『私はPである、P'である、P"である・・・』といくらこれを積み重ねていっても、そのように言っているEはどうしても言い表すことができない。」と言っているように、Pに何を入れても駄目だということです。その理由は、「私はPである」と規定した瞬間に、〈私〉は見る側から見られる側に回ってしまうから、つまり〈私〉が「私」に変質してしまうからです。 上でパニチェさんが「〈私〉は実存であり」と書いているのも同じことで、Pに「実存」を入れても、「特異点」を入れても、それを入れた瞬間に、〈私〉が見る側から見られる側に回ってしまい、〈私〉が「私」に変質してしまうことに変わりはありません。この話のポイントはそういうところにあります。 (パニチェさんは「Panietzsche Room」の「〈私〉の哲学」の「電脳の可能性」で、「言葉にした瞬間に必然的に変質してしまう」と書いているので、このことを理解されているはずだと思います。ただ、これは「言葉」による変質ではないと私は思います。それについては後で書きます。)
> 引用ありがとうございます。上記は完全に同意できます、というか、これは手前味噌ですが。。。 > 〈私〉は「私は〇〇である」で表現されるところの属性ではない、ということを20年ほど前にYahoo!掲示板の議論でレスしたことがあります。 > Pを本質と呼ぶというのは知らなかったというより、少し言葉遊びのようで違和感がありますが、それは横に置くとしてEが実存であり、実存は本質にとどまらず全てに先立つという意味で同意です。 > 目で目を見ることができないとか、鏡に映った自分の目は直接目を見ているわけではないとか、同じようなことを考える人がいるもんだなぁ〜と嬉しくもあり感心しました。 > (「Panietzsche Room > 探究 > 〈私〉の哲学 > 2.語りえぬ〈私〉」にまとめてあります)
ご紹介いただいた「Panietzsche Room」の「〈私〉の哲学」を読ませていただきました。いろいろと考えさせられることもあり、面白かったです。 思ったことは色々ありますが、例えばその一つに〈私〉という表記の仕方があります。パニチェさんは(永井均さんも)〈 〉の中を【私】としていますが、〈私〉という表記が良いと思われる理由は何かありますか? 読んでいて思ったのですが、〈私〉という表記は、普段自分で「自分」と思っているもの(あるいは見られた「私」)のイメージに思考が引っ張られ易いような気がしました。そしてそのために、〈私〉と「私」の違いが曖昧になり易いような気がしました。 「実存」という語や、ハイデガーの「現存在」、サルトルの「対自存在」という語は、それらの語を使った理由はいろいろあるでしょうが、その理由の一つは、普段自分で「自分」と思っているもののイメージに思考が引っ張られないようにするためではないかと思います。
パニチェさんが〈私〉について書かれている中で、これは〈私〉ではなく「私」のことではないだろうか?と私が疑問に思った箇所がいくつかありました。 例えば、「9.外延と内包」の 「胎児の〈私〉と、物心がついた〈私〉は、同じものであるとは思えないが、パニチェは〈私〉について重層的な、あるいは束のようなものだと考えている。 言語的な〈私〉、身体的な〈私〉、記憶による自己同一的な〈私〉、性格や性質としての〈私〉、父親としての〈私〉などなどである。」 という記述の〈私〉は、「私」ではなく〈私〉だと理解して良いのでしょうか?
〈 〉の中を自分ならどうするか・・・と考えてみると、瞑想修行中の身としては、〈「今ここ」における「サティ」〉としたいと思います。 〈サティ〉は、ただ世界をあるがまま「観る」働きであり、「観られる」側には回りません。また〈サティ〉は普段自分と思っている「私」を客観的に観て、「それは私(=サティ)ではない」と観るので、「私」のイメージに引っ張られることも少ないと思います。パニチェさんも〈私〉から〈サティ〉に転向されてはいかがでしょうか。(半分以上冗談ですが)
> 説として展開できるだけの知識と深堀はできてないんですが(笑)感覚的に。。。^^; > デカルトにそても神を持ち出し思考停止に陥ってるのではないか、またカントにせよ「何故、人間は理性を有するのか」について神がかり的な跳躍(トートロジー)でもって片付けているように思われるからです。私は哲学という学問に神は不要だと考えています。もっとも神を心理学的に解体したり、ルーツや歴史を探ることについては意義や意味は認めますが、あるテーマの帰結や第一原因として神を持ち出すことは哲学を放棄することだとさえ考えているので、こういう私の偏狭な発想からの主張です(笑)
了解しました。ありがとうございます。
カントは、「道徳と信仰の場所をあけておくために、私は理性の範囲を制限しなければならなかった」(うろ覚えなので正確ではありません)と言っていて、『純粋理性批判』で、理性が学問的(科学的)に働き得る範囲を明確にしようとしたのでした。そこを明確にしないと、神や自由は存在するのか否かとか、宇宙は有限なのか無限なのか・・・などの理論理性では解決できない問題の中に迷い込んで、理性は空回りし、堂々巡りしてしまう。だから理論理性が正当に働き得る範囲を制限しなければならないとカントは考えたのでした。(これは形而上学的な問題には沈黙を守って議論しないというブッダの「無記」の態度にちょっと似ていると思います。)
そのように、神の存在は理論理性の限界を超えた信仰の領域なので、神の存在の有無を学問的に論じることはできませんが、しかし、有神論という「信仰」的立場を表明しつつ「哲学」するのも、無神論という「信仰」的立場を表明しつつ「哲学」するのも、どちらも同じようにあって良いこと(あるいは同罪)だと私は思います。(有神論と無神論の他には、ただ判断しないという意味でのエポケーという態度もあり得るでしょうが、それは悪く言えば自らの信仰的立場を曖昧にしているとも言えるでしょう。)実存主義では、サルトルは無神論的実存主義、ヤスパースは有神論的実存主義として有名ですね。
ところで、「理性の限界」ということに関連して言えば、たぶんパニチェさんは〈私〉を探究する際に「理性の限界」を感じることが多いのではないかと思います。というのも、探究している(見ている)のが〈私〉であって、探究された(見られた)ものはもはや〈私〉ではないのだから、〈私〉を探究すること自体が始めから矛盾を孕んでいるからです。それは、見ている目を見ることはできないのに、見ようとしているようなものだと思います。 この矛盾は、自己言及のパラドックスと何らかの関連があると思われます。川原栄峰氏は『哲学入門以前』の「実存」の章を、嘘つきのパラドックスから書き始めています。
「自分で自分を見るという場合、見る自分と見られる自分との二つが考えられる。このように、人間の対自存在は二重の自己から成り立っているのであって、これをいま『自己分裂』と呼んでおこう。あの嘘つきの話の妙なぐるぐる回りはこの自己分裂から来ているのである。私は嘘つきだという場合、そう見られた自分はたしかに嘘つきだが、そう見ている自分は嘘つきではないのである。このように人間は、自分について、何々であると言うとき、そのことにおいて、それと同時に、その何々ではなくなる、という妙なことがあるのであって、これはなにも嘘つきの場合だけとは限らない。」
川原氏が言うように、「自分で自分を見る」時に「自己分裂」が生じ、そこにパラドキシカルな事態が生じる。ここでは言語は必ずしも関係していないと思われるので、この場合に生じる「頽落」は、「言語化」による頽落ではなく、自己を「対象化」することによって生じる頽落、つまり自己が見る側から見られる側に回ってしまうことによって生じる頽落だと私は思います。
他方、言語化による頽落は、代理不可能な〈個〉は一般化(普遍化)する性質をもつ言語によっては言表不可能であるという理由によって生じる頽落であり、これは「個と普遍」の問題と関連があると思います。「個と普遍」の問題で有名なのは中世の普遍論争ですが、〈個〉の言表不可能性を主張したドゥンス・スコトゥスは、代理不可能な〈個〉を言い表すために「ソクラテス性」「このもの性」などの奇妙な独自の言葉を作ったのでした。言語化による頽落は、この辺と関連があると思います。 上でパニチェさんが、「〈私〉を起点として言葉の(特に本質や実存、存在を)再定義が必要でもある」と書いておられるのは、ドゥンス・スコトゥスの考えに通じるところがあると私は思いました。
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