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■23212 / inTopicNo.49)  Re[36]:  写像
  
□投稿者/ pipit -(2022/05/12(Thu) 20:50:02)
    悪魔ちゃん、こんにちは!

    私、もっと単純に考えてるよー

    平面世界における、7と5 というペア →→→人間が構成した規則→→→ 直線世界における 12 という一点。

    こんなかんじに飛ばす?ことを、写像と捉えてるから、数学も人間が関係してるテクニックだと思ってるよ
    (^○^)

    本当の?数学は、、、pipitは知らん!!

    悪魔ちゃんが興味あるなら、誰か詳しい人が教えてくれるといいね!
引用返信/返信 削除キー/
■23211 / inTopicNo.50)  Re[35]:  写像
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/05/12(Thu) 20:37:59)
    pipitさま、お邪魔しま〜す。

    「写像」ってどんなの?っていうのがわたしにあって、ちょっと。

    https://youtu.be/mBElaAgyKms
    「数学」における「写像」を見ました。
    ことわっとくけど、わたし数学ぜんぜんわかんない人だからね、ここらへんをふまえておいてね。

    ネットで調べたんだけど、
    domain
    〔領地、領土、(知識・思想・活動などの)領域、分野、…界、(土地の)完全所有権〕
    codomain
    〔数学において写像の終域(しゅういき、英: codomain; 余域)あるいは終集合(しゅうしゅうごう、英: target set)は、写像を f: X → Y と表すときの集合 Y、すなわち写像 f の出力する値がその中に属するべきという制約を定める集合をいう。〕
    ってあった。

    「は〜い、みなさま、数学者で〜す」の人の例では、f(x)=x2があげられてたけど、f: X → Yの方がわたしにはわかりやすいんで、それでいくね。

    f:X→Yにおいて、
    XがdomainでYがcodomain(fの終域)、でいいのかな?

    で、fを「写像」ってしてるのよね。
    〔写像 f の出力する値がその中に属するべきという制約を定める集合をいう〕
    これ順番を変えて言いかえると。
    〈その中に属するべきという制約を定める集合が、fの出力する値である〉ってなるのかな?
    〈その中〉はX(domain)でいいのかな?〈fの出力する値〉がY(codomain)でいいのかな?
    で、それをすべき制約を定めているのがfっていうことでいいのかな?
    ただXをYにしている(X→Y)のがfって言ってるだけじゃん?
    けっきょく、f自体については何も語ってないよね。

    これが「数学」における「写像」っていうものなのかな?

    どうやら“人間”における「写像」じゃなかったみたい。



引用返信/返信 削除キー/
■23206 / inTopicNo.51)  Re[34]: 日記・写像
□投稿者/ pipit -(2022/05/12(Thu) 17:19:26)
    No23203
    >
    > https://youtu.be/mBElaAgyKms
    > 『足し算は写像の一種』謎の数学者さん<

    学問的に合ってるのか否かは全然わからないけど、次男が面白いこと言ってくれました。

    次元減らしてるんやね、って。

    R×Rが二次元、で、Rが直線(一次元)で、
    座標から直線上に写像してる、って、思ったら、おもしろいなー、って思いました。

    (7,5)→ 12

引用返信/返信 削除キー/
■23203 / inTopicNo.52)  日記・写像
□投稿者/ pipit -(2022/05/11(Wed) 18:26:06)
    2022/05/11(Wed) 18:29:44 編集(投稿者)

    https://youtu.be/mBElaAgyKms
    『足し算は写像の一種』謎の数学者さん

    想(サンニャー)を写像とみてもいいんじゃないかなー、??と、検索してるときに出てきた動画。

    直観と概念の関係、とか、図式とか、ね、思いながら検索してたよ。

    カント哲学思い出すわー
引用返信/返信 削除キー/
■23199 / inTopicNo.53)   『泡沫経』B想は陽炎
□投稿者/ pipit -(2022/05/11(Wed) 13:38:37)
    B想は陽炎(かげろう)の箇所を読んでみます。

    (Bhikkhu Bodhi様による経文の英訳)
    Suppose, bhikkhus, that in the last month of the hot season, at high noon, a shimmering mirage appears. A man with good sight would inspect it, ponder it, and carefully investigate it, and it would appear to him to be void, hollow, insubstantial. For what substance could there be in a mirage? So too, bhikkhus, whatever kind of perception there is, whether past, future, or present, internal or external, gross or subtle, inferior or superior, far or near: a bhikkhu inspects it, ponders it, and carefully investigates it, and it would appear to him to be void, hollow, insubstantial. For what substance could there be in perception?


    (英訳のpipitによる日訳)
    比丘たちよ、暑い季節の最終月の正午に、ゆらめく陽炎が現れているとしましょう。
    良い視力の人が、その陽炎を調べ、熟考し、注意深く観察すると、陽炎は空っぽで、中身がなくて、実体がないと見えるでしょう。
    陽炎になんの変わらない実体がありますか?

    そのように、比丘たちよ、どんな種類の・・・過去・未来・現前・内・外・大きい・微細・劣悪・優越・遠い・近い・・・知覚(想)であれ、その知覚(想)を調べ
    、熟考し、注意深く観察すると、知覚(想)が空っぽで、中身がなくて、実体がないと見えるでしょう。
    知覚(想)の中になんの変わらない実体がありますか?

    =========

    (pipit日記)
    陽炎、蜃気楼を調べる、を自分の中でイメージしてる時、ふと、
    写像、という言葉を思い出しました。

    pipitの中で、【想】のイメージの一つとして、(写像)を思うのはどうかな??

    ふと思ったことなので、全然的外れかもでーす
    (^^;;
引用返信/返信 削除キー/
■23196 / inTopicNo.54)  五蘊(色・受・想・行・識)の中の【想】
□投稿者/ pipit -(2022/05/11(Wed) 12:17:55)
    2022/05/11(Wed) 13:43:40 編集(投稿者)


    B想は陽炎、に入る前に、五蘊の【想】って?を検索しました。想蘊(そううん)

    ※※※※※※※※※※※※

    ★wiki『想』より抜粋引用
    想(そう、サンスクリット語: 略パーリ語: 略)とは、事物の形象を心の中に思い浮かべること[1]表象作用[2]を意味する仏教用語。心に像を思い浮かべる作用や、心に浮かぶ像のこと[3]。例えば、眼をつむって「桜」というイメージを思い浮かべること[4]。
    (略)
    想(サンニャー) 概念

    ※※※※※※※※※※※※

    ★コトバンク『想』より抜粋引用
    A (略) 仏語。五蘊(ごうん)の一つ。外界の対象を感受した印象感覚に対して、その差別のすがたを取って知覚表象するはたらき。想蘊。

    ※※※※※※※※※※※※※※※※

    Bhikkhu Bodhi様は、想(そう)のパーリ原語・サンニャーを、
    『perception』と訳されてますね。

    ※※※※※※※※※※※※※※

    コトバンク『perception』より引用。
    【知覚】より
    …〈知覚〉は,日本では古来,〈知り,さとる〉という意味の語であったが,西周が,アメリカ人ヘーブンJoseph Havenの著《Mental Philosophy》(1857,第2版1869)の邦訳《心理学》上・下巻(1875‐79)の中で,perceptionの訳語として使用して以来,哲学や心理学などで英語,フランス語のperceptionやドイツ語のWahrnehmungの訳語として定着するに至った。perceptionという語は,〈完全に〉〈すっかり〉などの意を示す接頭辞perと,〈つかむ〉を意味するラテン語capereとからなる語であり(ドイツのWahrnehmungは,〈注意〉の意を有するwahr――英語のawareなどに残っている――と,〈取る,解する〉を意味するnehmenとからなっている),たいていは五感によって〈気づく〉〈わかる〉ことを意味する。…
    ※「perception」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

    ※※※※※※※※※※※※※※※※

    ということで、次は、B 想は陽炎の箇所を読む予定です。


引用返信/返信 削除キー/
■23194 / inTopicNo.55)  『泡沫経』A受は水泡
□投稿者/ pipit -(2022/05/11(Wed) 09:25:26)
    2022/05/11(Wed) 09:27:38 編集(投稿者)

    みなさまこんにちは。
    A【受(じゅ)は水泡(すいほう)】の箇所です。
    (Bhikkhu Bodhi様による経文の英訳)

    https://suttacentral.net/sn22.95/en/bodhi?reference=none&highlight=false

    Suppose, bhikkhus, that in the autumn, when it is raining and big rain drops are falling, a water bubble arises and bursts on the surface of the water. A man with good sight would inspect it, ponder it, and carefully investigate it, and it would appear to him to be void, hollow, insubstantial. For what substance could there be in a water bubble? So too, bhikkhus, whatever kind of feeling there is, whether past, future, or present, internal or external, gross or subtle, inferior or superior, far or near: a bhikkhu inspects it, ponders it, and carefully investigates it, and it would appear to him to be void, hollow, insubstantial. For what substance could there be in feeling?

    (英訳のpipitによる日訳)

    比丘たちよ、秋に大粒の雨が降り、水面に水泡が発生しては破裂しているとしましょう。
    良い視力の人が、その水泡を調べ、熟考し、注意深く観察すると、水泡は空っぽで、中身がなくて、実体がないと見えるでしょう。
    水泡になんの変わらない実体がありますか?

    そのように、比丘たちよ、どんな種類の・・・過去・未来・現前・内・外・大きい・微細・劣悪・優越・遠い・近い・・・感覚(フィーリング)であれ、その感覚を調べ
    、熟考し、注意深く観察すると、感覚が空っぽで、中身がなくて、実体がないと見えるでしょう。
    感覚の中になんの変わらない実体がありますか?

    ============
    次はB想(そう)は陽炎(かげろう)、の経文箇所を見てみます。

引用返信/返信 削除キー/
■23168 / inTopicNo.56)  『泡沫経』@色は泡沫
□投稿者/ pipit -(2022/05/09(Mon) 19:31:51)
    みなさま、こんばんは。

    No22960
    >【感覚の領域→ ayatanani 処、】に進む前に、初期仏教界ではけっこう有名かも?の五蘊についての文言がフワフワと頭に浮かんで離れないので、一度きちんと調べてみようと思いました。<
    >フレーズが、片山一良先生の『パーリ仏典入門』大法輪閣、p210(相応部のページ)に載ってたので引用します。
    『色は泡沫(ほうまつ)、
     受は水泡(すいほう)、
     想は陽炎(かげろう)、
     行は芭蕉(ばしょう)、
     識は幻にも喩えられる
     (「花の章」『泡沫経』)。』<

    (相応部22-95)
    『泡沫経』パーリ原文の、Bhikkhu Bodhi様による英訳を、pipitが日訳してみます。m(_ _)m

    https://suttacentral.net/sn22.95/en/bodhi?reference=none&highlight=false
    『Connected Discourses on the Aggregates
    22.95. A Lump of Foam』

    まず、【色は泡沫(ほうまつ)】の箇所を訳してみます。
    (Bhikkhu Bodhi様による経文の英訳)

    On one occasion the Blessed One was dwelling at Ayojjha on the bank of the river Ganges. There the Blessed One addressed the bhikkhus thus:
    “Bhikkhus, suppose that this river Ganges was carrying along a great lump of foam. A man with good sight would inspect it, ponder it, and carefully investigate it, and it would appear to him to be void, hollow, insubstantial. For what substance could there be in a lump of foam? So too, bhikkhus, whatever kind of form there is, whether past, future, or present, internal or external, gross or subtle, inferior or superior, far or near: a bhikkhu inspects it, ponders it, and carefully investigates it, and it would appear to him to be void, hollow, insubstantial. For what substance could there be in form?

    ============

    (英訳のpipitによる日訳)

    ある時お釈迦さまはガンジス川のほとりのアヨージャにおられました。
    そこでお釈迦さまは比丘たちに語りかけられました。

    比丘たちよ、このガンジス川が大きな泡の塊を運んできたとしましょう。
    良い視力の人が、その泡を調べ
    、熟考し、注意深く観察すると、泡は空っぽで、中身がなくて、実体がないと見えるでしょう。
    泡の塊の中になんの変わらない実体がありますか?

    そのように、比丘たちよ、どんな種類の・・・過去・未来・現前・内・外・大きい・微細・劣悪・優越・遠い・近い・・・形(色)であれ、その形を調べ
    、熟考し、注意深く観察すると、形が空っぽで、中身がなくて、実体がないと見えるでしょう。
    形(色)の中になんの変わらない実体がありますか?

    ============

    続きます。
    次は、A受は水泡、の箇所ですね
引用返信/返信 削除キー/
■23027 / inTopicNo.57)  つばめさんへ
□投稿者/ pipit -(2022/05/02(Mon) 20:34:50)
    No23020
    つばめさん、こんばんは!
    書き込みありがとうございます
    (*^▽^*)

    >ただ、破れやすいというイメージを以前どこかで拾ったようで芭蕉というとそんなイメージがあります。<

    そうなんですね、そういうイメージも伴って『行は芭蕉』というフレーズを唱えると、わたしにとっては、すごく仏教的な印象を持ちました。

    思ってもいなかった印象を与えてくださり、わたし自身の行(サンカーラ)がコロッと変化するさまを、経験させていただきました。

    新トピつくられたのですね!!
    とてもうれしいです。

    =================

    ※YouTubeに芭蕉布の話題があり、初めて制作方法などを知りました。
    根気作業にびっくりしました。

    喜如嘉の芭蕉布
    (きじょかのばしょうふ)
    https://youtu.be/LyzTz98VlAE


引用返信/返信 削除キー/
■23020 / inTopicNo.58)  Re[28]: 五蘊の喩え
□投稿者/ つばめ -(2022/05/02(Mon) 19:33:57)
    No22977に返信(pipitさんの記事)
    > みなさま、こんにちは。
    >
    >>色は泡沫(ほうまつ)、
    >  受は水泡(すいほう)、
    >  想は陽炎(かげろう)、
    >  行は芭蕉(ばしょう)、
    >  識は幻にも喩えられる
    >  (「花の章」『泡沫経』)<


    こんばんは。

    すみません。前後(一連の思考の記録)を読まずに投稿させてください。


    色は泡沫(ほうまつ)、
    >  受は水泡(すいほう)、
    >  想は陽炎(かげろう)、
    >  行は芭蕉(ばしょう)、
    >  識は幻にも喩えられる
    >  (「花の章」『泡沫経』)<


    面白いなぁと思いました。

    「行は芭蕉」・・・個人的には「芭蕉」という言葉にはとても惹かれます。

    とか言っても具体的には「芭蕉」がなにかは分かっていない私です。

    ただ、破れやすいというイメージを以前どこかで拾ったようで芭蕉というとそんなイメージがあります。

    「芭蕉布」という言葉が過っているのですが・・・定かではありません。



引用返信/返信 削除キー/
■22977 / inTopicNo.59)  Re[27]: 五蘊の喩え
□投稿者/ pipit -(2022/05/01(Sun) 08:17:39)
    みなさま、こんにちは。

    > 色は泡沫(ほうまつ)、
     受は水泡(すいほう)、
     想は陽炎(かげろう)、
     行は芭蕉(ばしょう)、
     識は幻にも喩えられる
     (「花の章」『泡沫経』)<

    英訳読んでると、私にとっては意外なことがでてきたので、、、

    > 行は芭蕉(ばしょう)、<

    の該当部分を、
    @Bhikkhu Sujatoさま、ABhikkhu Bodhiさま、BSuddhaso Bhikkhさまは、それぞれ、


    @choices like a banana tree

    AVolitions like a plantain trunk

    Bmental formations are like plantain-trees

    と訳されてて、

    え?!芭蕉ではなく、バナナ?プランテイン?
    と、ネット検索してみると、

    『バナナそっくりの木「芭蕉」実は食べられないってご存知?』
    https://search.yahoo.co.jp/amp/s/tenki.jp/amp/suppl/yamamoto_komo/2018/09/03/28403.html%3Fusqp%3Dmq331AQIKAGwASCAAgM%253D

    『プランテイン/Plantain/調理用バナナ』
    https://foodslink.jp/syokuzaihyakka/syun/fruit/Plantain.htm

    というページに辿り着きました。


    ふむー、勉強になったなー。

    パーリ原語は、『kadali』※記号は入力できてません。
    光明寺さまは、単語の意味の欄には『芭蕉、バナナ』とされてて、翻訳としては、
    『そこで彼が、大きく、真っ直ぐで、若い、高く生えた芭蕉の幹を見たとします。』
    と、【芭蕉】を選択されていました。

    https://komyojikyozo.web.fc2.com/snkv/sn22/sn22c093.htm
    ※次へ→を2回くらい押すと『泡塊喩経』(『相応部』22-95)

    (pipit的いいかげん人間の感想)
    またちゃんと読もうと思うけど、木の芯材を探して切る時に、という話だと思うので、【芭蕉】の訳でも、全然違和感ないと思うけど、
    個人的に、
    サンカーラ(行)がバナナの幹、っておもしろいイメージだな、って思いました。
    なぜなら、バナナって果みたいにもみえるでしょ?

    手を上げようという気持ち(サンカーラ、行)

    の果 が 、 手を上げている現象(バナナ?)

    だけど、

    サンカーラもまた刹那の生滅する類のもの、、、(幹にみえるものは葉っぱでできているもので、堅固な芯材を探しても、ありませんよー)

    みたいな。
    でも全然違うかもだから、pipitの感想が大はずれか否かの確認するためにも、また英訳とか見てみるつもりしてます!

引用返信/返信 削除キー/
■22960 / inTopicNo.60)  五蘊の喩え
□投稿者/ pipit -(2022/04/30(Sat) 07:13:54)
    【感覚の領域→ ayatanani 処、】に進む前に、初期仏教界ではけっこう有名かも?の五蘊についての文言がフワフワと頭に浮かんで離れないので、一度きちんと調べてみようと思いました。

    五蘊の一つ一つを泡とかに喩えてるフレーズなのですが、pipitは、フワフワとなんとなく泡っぽい、くらいしかイメージに定着してなくて
    (・・;)

    調べてみようと思いました。

    フレーズが、片山一良先生の『パーリ仏典入門』大法輪閣、p210(相応部のページ)に載ってたので引用します。

    『色は泡沫(ほうまつ)、
     受は水泡(すいほう)、
     想は陽炎(かげろう)、
     行は芭蕉(ばしょう)、
     識は幻にも喩えられる
     (「花の章」『泡沫経』)。』

    ということで、

    ================

    光明寺の住職さまの日訳(ホームページ『光明寺経蔵』より)
    「泡塊喩経」(『相応部』22-95」)

    https://komyojikyozo.web.fc2.com/snkv/sn22/sn22c093.htm

    ↑のページから「次へ」を数回押すと、「泡塊喩経」のページになります。

    =================

    仏教、特に龍樹を研究されている石飛道子先生が作成されている、『心にしみる原始仏典』というページにも、この経文の日訳がありました。

    h
    ttp://manikana.la.coocan.jp/canon/canonphenam.html

    =================

    著作権などが心配なので、規約を守れば自由に使用が許可されている英訳↓から、自分の勉強として、心におさめられるように、しっかり各所を読んでみようとと思います。

    原文の英訳

    https://suttacentral.net/sn22-pupphavagga?view=dense

    ↑ページの『A Lump of Foam』(泡のかたまり)
    ですね。
    3名の英訳が載ってるようです。

引用返信/返信 削除キー/

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