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■23665 / inTopicNo.25)  Re[55]: 泡沫経
  
□投稿者/ pipit -(2022/06/02(Thu) 01:07:19)
    ここから、最後の偈文になります。
    投稿できなくなるので、偈文を7つに分けて投稿します。
引用返信/返信 削除キー/
■23664 / inTopicNo.26)  Re[56]: 泡沫経
□投稿者/ pipit -(2022/06/02(Thu) 01:02:04)
    みなさま、こんばんは。
    No23658の続きです。

    This is what the Blessed One said. Having said this, the Fortunate One, the Teacher, further said this:

    このように世尊が仰られました。
    このように仰られてから、先生たる善逝(ぜんぜい)はさらにこのように仰られました。

    ====================

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■23659 / inTopicNo.27)  泡沫経
□投稿者/ pipit -(2022/06/01(Wed) 18:55:54)
    まだ続きありまーす
引用返信/返信 削除キー/
■23658 / inTopicNo.28)  泡沫経
□投稿者/ pipit -(2022/06/01(Wed) 18:53:34)
    2022/06/01(Wed) 18:57:15 編集(投稿者)
    2022/06/01(Wed) 18:54:47 編集(投稿者)

    みなさま、こんばんは。経典文章『泡沫経』の続きを読んでいきます。

    No22960
    > 色は泡沫(ほうまつ)、
     受は水泡(すいほう)、
     想は陽炎(かげろう)、
     行は芭蕉(ばしょう)、
     識は幻にも喩えられる
     (「花の章」『泡沫経』)。』<

    No23572に続く箇所のBhikkhu Bodhiさんの英訳は、

    No23572
    Seeing thus, bhikkhus, the instructed noble disciple experiences revulsion towards form, revulsion towards feeling, revulsion towards perception, revulsion towards volitional formations, revulsion towards consciousness. Experiencing revulsion, he becomes dispassionate. Through dispassion his mind is liberated. When it is liberated there comes the knowledge: ‘It’s liberated.’ He understands: ‘Destroyed is birth, the holy life has been lived, what had to be done has been done, there is no more for this state of being.’”

    ===============
    ↓(上記英訳のpipit日訳)※一部原文や他の訳文を参考にしました。


    このように見て、比丘たちよ、教えを受けた聖なる弟子は
    形(form)に対する厭離(おんり)、
    感覚(feeling)に対する厭離、
    知覚(perception)に対する厭離、
    意志の形成(volitional formations)に対する厭離、
    意識(consciousness)に対する厭離を経験します。

    厭離を経験すると、彼は欲から離れます。
    離欲により、彼の心は解放されます。
    解放された時、『解放された』という智が生じます。

    彼は理解します。
    『生まれ(birth)は破壊された。
    修行生活は完成された。
    なすべきことはなされた。
    もはや、この状態に帰りくることはない。』
    、と。

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■23613 / inTopicNo.29)  田秋さんへ
□投稿者/ pipit -(2022/05/30(Mon) 21:23:11)
    No23603に返信(田秋さんの記事)
    > おはようございます、pipitさん
    >
    > 《プランテンの幹》の説法、参考記事や参考映像をみてよくわかりました。最初は、中が空洞になっている(アマリリスの茎の様な)のかと思いました。剥いても剥いても芯がなく全部剥いたら何も残らなかったということですね。

    田秋さん、こんばんは♪
    バナナの木があんな風になってたとは知りませんでした。
    インターネットの情報力はすごいなぁとびっくりしてます。

引用返信/返信 削除キー/
■23603 / inTopicNo.30)  Re[52]: C行は芭蕉
□投稿者/ 田秋 -(2022/05/30(Mon) 09:01:13)
    おはようございます、pipitさん

    《プランテンの幹》の説法、参考記事や参考映像をみてよくわかりました。最初は、中が空洞になっている(アマリリスの茎の様な)のかと思いました。剥いても剥いても芯がなく全部剥いたら何も残らなかったということですね。



引用返信/返信 削除キー/
■23572 / inTopicNo.31)  Re[54]: D識は幻
□投稿者/ pipit -(2022/05/29(Sun) 00:11:36)
    2022/05/29(Sun) 00:44:22 編集(投稿者)

    皆様,こんばんは。
    No23505のpipitによる日訳です。

    比丘たちよ、手品師か手品師の見習いが十字路で魔法のような幻術を見せるとしましょう。

    目の良い人が、それを調べ、熟考し、注意深く観察すると、それは空っぽで、中身がなくて、実体がないと見えるでしょう。
    魔法のような幻術に、なんの実体がありますか?

    そのように、比丘たちよ、どんな種類の・・・過去・未来・現在・内・外・大きい・微細・劣悪・優越・遠い・近い・・・意識(識)であれ、それを調べ、熟考し、注意深く観察すると、それが空っぽで、中身がなくて、実体がないと見えるでしょう。
    意識(識)の中になんの実体がありますか?

    =============

    (pipit雑感)
    これで、
    No22960

    > 色は泡沫(ほうまつ)、
     受は水泡(すいほう)、
     想は陽炎(かげろう)、
     行は芭蕉(ばしょう)、
     識は幻にも喩えられる
     (「花の章」『泡沫経』)。』<

    の五つの喩えが終わりましたね。
    経文はまだ続きます。

    英訳の次はこちら。

    Seeing thus, bhikkhus, the instructed noble disciple experiences revulsion towards form, revulsion towards feeling, revulsion towards perception, revulsion towards volitional formations, revulsion towards consciousness. Experiencing revulsion, he becomes dispassionate. Through dispassion his mind is liberated. When it is liberated there comes the knowledge: ‘It’s liberated.’ He understands: ‘Destroyed is birth, the holy life has been lived, what had to be done has been done, there is no more for this state of being.’”

    https://suttacentral.net/sn22.95/en/bodhi?reference=none&highlight=false

引用返信/返信 削除キー/
■23505 / inTopicNo.32)  Re[53]: D識は幻
□投稿者/ pipit -(2022/05/26(Thu) 16:23:22)
    Suppose, bhikkhus, that a magician or a magician’s apprentice would display a magical illusion at a crossroads. A man with good sight would inspect it, ponder it, and carefully investigate it, and it would appear to him to be void, hollow, insubstantial. For what substance could there be in a magical illusion? So too, bhikkhus, whatever kind of consciousness there is, whether past, future, or present, internal or external, gross or subtle, inferior or superior, far or near: a bhikkhu inspects it, ponders it, and carefully investigates it, and it would appear to him to be void, hollow, insubstantial. For what substance could there be in consciousness?
引用返信/返信 削除キー/
■23504 / inTopicNo.33)  D識は幻
□投稿者/ pipit -(2022/05/26(Thu) 16:22:26)
引用返信/返信 削除キー/
■23475 / inTopicNo.34)  Re[51]: C行は芭蕉
□投稿者/ pipit -(2022/05/24(Tue) 23:47:44)
    2022/05/24(Tue) 23:55:51 編集(投稿者)
    2022/05/24(Tue) 23:50:50 編集(投稿者)

    No23470の英訳をpipitが日訳しました。誤訳してたらすみません。

    (英訳のpipit日訳)

    比丘たちよ、木の心材を必要とし、探し、彷徨い求める人が鋭い斧を手にして、森に入ったとしましょう。

    そこで彼は、真っ直ぐで生き生きとした大きな実の蕾の無いプランテンの幹を見つけ、
    それを根本から切り落とし、樹冠を切り落とし、巻いてある樹皮を剥がし開いてみるとしましょう。

    彼が巻いてある樹皮を剥がし開いても、心材(heartwood)はもちろん、軟木(softwood)さえも見つからないでしょう。

    良く見える人が、プランテンの幹を調べ、熟考し、注意深く観察すると、プランテンの幹は空っぽで、中身がなくて、実体がないと見えるでしょう。
    プランテンの幹になんの実体がありますか?

    そのように、比丘たちよ、どんな種類の・・・過去・未来・現前・内・外・大きい・微細・劣悪・優越・遠い・近い・・・意志の形成(行)であれ、それを調べ、熟考し、注意深く観察すると、意志の形成(行)が空っぽで、中身がなくて、実体がないと見えるでしょう。
    意志の形成(行)の中になんの実体がありますか?

    ※※※※※※※※※※※※

    ※参考記事 『バナナは草!?』オルタナティブファーム宮古さんのホームページ

    https://alternative-farm.com/rakunatural/%E3%83%90%E3%83%8A%E3%83%8A%E3%81%AF%E8%8D%89%EF%BC%81%EF%BC%9F/

    ※参考映像
    Organic Hawaii さんの、バナナの木を切っている映像。

    https://youtu.be/AgNQNvso3Bk
引用返信/返信 削除キー/
■23470 / inTopicNo.35)  C行は芭蕉
□投稿者/ pipit -(2022/05/24(Tue) 18:48:29)
    みなさま、こんばんは。

    https://suttacentral.net/sn22.95/en/bodhi?reference=none&highlight=false
     
    No22960
    『C行は芭蕉』の箇所のBhikkhu Bodhiさまによる英訳です。↓

    Suppose, bhikkhus, that a man needing heartwood, seeking heartwood, wandering in search of heartwood, would take a sharp axe and enter a forest. There he would see the trunk of a large plantain tree, straight, fresh, without a fruit-bud core. He would cut it down at the root, cut off the crown, and unroll the coil. As he unrolls the coil, he would not find even softwood, let alone heartwood. A man with good sight would inspect it, ponder it, and carefully investigate it, and it would appear to him to be void, hollow, insubstantial. For what substance could there be in the trunk of a plantain tree? So too, bhikkhus, whatever kind of volitional formations there are, whether past, future, or present, internal or external, gross or subtle, inferior or superior, far or near: a bhikkhu inspects them, ponders them, and carefully investigates them. As he investigates them, they appear to him to be void, hollow, insubstantial. For what substance could there be in volitional formations?
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■23464 / inTopicNo.36)   日記
□投稿者/ pipit -(2022/05/24(Tue) 07:30:43)
    次はC行は芭蕉、の箇所なんだけど、

    B想は陽炎、を思い出す歌が流れてきたから。。。

    ♪ 心象蜃気楼(feat.IA)
    Orangestarさん

    https://youtu.be/VX9kZeHaklE

    ==========

    カント先生の難文に悪戦苦闘してますが、
    経文の読解チャレンジもがんばってみよー p(^_^)q
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