| 「ダルマ」として知られるこの法則を、仏教徒は普遍的な自然の法則とみなしている。 「苦しみは渇愛から生じる」というこの法則は、 現代物理学ではEがmc2と等しいのと全く同じで、つねにどこでも正しい。 仏教徒とは、この法則を信じ、それらを自らの全活動の支えとしている人々だ。 一方、神への信仰は、彼らにとってそれほど重要ではない。 一神教の第一原理は「神は存在する。神は私に何を欲するのか?」だ。 それに対して仏教の第一原理は、「苦しみは存在する。それからどう逃れるか?」だ。 仏教は神々の存在を否定しない。 (神々は、雨や勝利をもたらすことのできる強力な存在と説明されている。)が、 苦しみは渇愛から生じるという法則には何の影響力も持たない。 もし、ある人の心があらゆる渇愛と無縁であれば、 どんな神もその人を苦悩に陥れることはできない。 逆に、ある人の心にいったん渇愛が生じたら、 宇宙の神々が全員揃っても、その人を苦しみから救うことはできない。
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何気に「ヨブ記」を思い出したのだけれど、ヨブは幸福だったのかもしれない。
渇愛するなというけれど・・・だ。 渇愛こそが生物の営みではなかろうかと思う瞬間。
・・・ちがうのかなぁ。( ;∀;)
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