(現在 過去ログ1 を表示中)

TOP HELP 新着記事 トピック表示 ファイル一覧 検索 過去ログ

[ 最新記事及び返信フォームをトピックトップへ ]

■2079 / inTopicNo.85)  Re[40]: 感性・悟性・理性について
  
□投稿者/ pipit -(2019/11/16(Sat) 17:35:36)

    中山先生が、『知性』と訳されてる単語は、『悟性』と訳されてることも多い単語です。

    この悟性などについての解説を、
    『カント『純粋理性批判』入門』黒崎政男先生の本から引用します。

    『「悟性」(Verstand)はドイツ語verstehen(理解する)の名詞形である。英語だと、understandingに当たる。
    英語でも、理解する(understand)の名詞形がunderstandingで、通常「知性」と訳される。
    したがって「悟性」(Verstand)は、「知性」(understanding)とほぼ同じことなのである。
    そもそも悟性(Verstand)も知性(understanding)も、もともとは、ラテン語のインテレクトゥスintellectus(知性)を近代語に訳したものである。インテリなどという言葉もあるが、ラテン語でも、インテレクトゥスは動詞intelligo(理解する)からできた言葉である。

    これに対して、理性(Vernunft)のほうはちょっと系列が違う。英語ではreasonに対応する。
    これは、もともとラテン語のラチオratioから来ている。合理的とか理想的とかいう意味もあるが、基本的には、ラチオは〈比〉のことであり、〈比較〉して考える、推論して考える、という意味である。

    だからこれらの問題を考えるには、カントよりさかのぼって、ラテン語の中世・スコラ哲学におけるインテレクトゥス(知性)とラチオ(理性)の基本対立を押さえておけばよいことになる。
    インテレクトゥスは、基本的に、媒介を経ないで全体を一瞬で把握する能力、他方、ラチオは、これがこうで、それがそうだから、すると、あれがああなって、と理詰めで次々推論していく能力である。』
    p61.62より引用』
引用返信/返信 削除キー/
■2080 / inTopicNo.86)  Re[41]: 感性・悟性・理性について
□投稿者/ pipit -(2019/11/16(Sat) 17:36:50)
    『カントは、人間の認識能力を総称して『理性』と呼ぶこともあるそうですけど、
    それは別として、
    人間の認識能力を、感性/悟性/理性に分けた時の、理性についての記述と思われるものを引用しますね。


    『わたしたちのすべての認識は、感覚能力に始まって知性を経由し、理性で終わる。直観の素材に働きかけて、思考の最高の統一のもとにもたらす能力としては、理性よりも高次のものは存在しない。
    (略)
    理性の第一の〈論理的な使用の能力〉はもちろん、以前から論理学者たちによって間接的な推論の能力として説明されてきたものであり、これは直接的な推論とは区別されてきたものである。
    第二の〈実在的な使用の能力〉は、理性がみずから概念を作りだすものであるが、それだけではまだこの能力について理解できない。ここでは理性を論理的な能力と超越論的な能力に区別するわけであるから、理性の二つの源泉の概念を、みずからのもとに統合するような高次の概念が必要とされる。
    (略)
    超越論的な論理学の第一部においては、知性を〈規則を作る能力〉と説明してきた。ここでは理性は〔規則ではなく〕原理を作る能力と呼ぶことによって、知性との違いを明確にしたいと思う。
    (略)
    わたしが〈原理〉による認識と呼ぶものは、概念によって特殊なものを普遍的なもののうちに認識する働きをする認識である。
    (略)
    すでに指摘したように、知性は規則に基づいて現象を統一する能力であるが、これにたいして理性は原理のもとで知性の規則を統一する能力である。だから理性は直接に経験や、ある経験の対象にかかわるのではなく、知性に働きかけるのである。そして概念によって知性の多様な認識に、アプリオリな統一を与えるのである。だからこの統一は〈理性の統一〉と呼ぶことができるのであり、これは知性がもたらすことのできる統一とは、まったく異なる種類のものである。』
    カント『純粋理性批判4』中山元訳、p28〜35より抜粋引用』
引用返信/返信 削除キー/
■2083 / inTopicNo.87)  Re[42]: 感性・悟性・理性について
□投稿者/ pipit -(2019/11/17(Sun) 08:50:37)
    メビウスリング掲示板へ投稿した書き込みです。

    『カントの言葉をご紹介します。↓

    『たんなる純粋悟性や純粋理性からする物の認識は、すべて単なる仮象にほかならず、真理は経験のうちにのみ存する。』
    『プロレゴメナ』付録、Aka.W.374

    ちなみに、すみません、私は感性として『色』を例に出しましたけど、
    カントは、『色』は主観的なものと断言してた覚えがあるので、認識の材料には考慮しない可能性が大です。(書き込み時に気づかずすみません。)
    認識の材料としては、『延長』みたいな感じかな?
    空間の中でどこかの『位置』を持って感受される、って感じかな?

    おもしろいですよね、

    色は、同じ色見てるかわからなくても、見えてるものについての位置は一応お互いに確かめあえる気がしますね。

    、、、、

    あ、また、間違えたかも、

    感性は、感じたものを、空間のどこかの位置に(受動的であれ)表す、ってかんじかも?

引用返信/返信 削除キー/
■2084 / inTopicNo.88)  手記
□投稿者/ pipit -(2019/11/17(Sun) 09:17:26)
    おはようございます。
    今朝、新聞に被害者の父親の手記が載っていました。
    その中に、
    『死刑判決を望みそれが執行されたことに後悔はありませんが、残された遺族は被害者、加害者の命の重さ、悲しみにこの先も向き合っていかなければなりません。』
    という文章がありました。

    人間の心は、優しいひとであればあるほど、死刑が執行された加害者の命の重さにも、どうしても考えが及んでしまうのかな、と、切ない気持ちになりました。

    犯罪は、多くの心を破壊的なほどに苦しめますね

    犯罪が最初から起こらないことが一番ですが、それは無理なように思えるのが、かなしいですね

    なりたくないとすごく思うけど、わたしも、犯罪者になるかもしれない

    世界は切ない、世界は悲しい、と、感じます


引用返信/返信 削除キー/
■2100 / inTopicNo.89)  時間についての現在の雑感
□投稿者/ pipit -(2019/11/26(Tue) 19:49:43)
    こんばんは。

    主観的な認識に絞って考えれば、
    わたし、が、変化を認識するのに必須なのは、『記憶』だと思いました。

    記憶は想像力による像なので、想念と名付けると、

    現出してる現象(焼肉)と、
    現出してる想念(生肉)とのコラボレーションで、変化(生肉焼いたら焼肉に変化した)という認識が成り立つのではないかと思いました。
    (焼肉の現象のみでは、少なくとも個人的認識の中では変化は成り立たないでしょう?)

    現実に知覚してる現象に、想念・思考などで規定して、ストーリーを持った概念(生肉から焼かれた【焼肉】、など)を認識している

    この時、想念と現実現象は順序に位置を持って配置されるのが一般的ですね。

    例えば、生肉から焼いて焼肉になった物質を、私が認識する場合、

    生肉(想念)

    焼肉(目の当たりの物質)

    の順番。(記憶と現出知覚のコラボ)

    この配置、を、何の上にするのか。

    例えば、目に映るものは、何の上に配置されているのか。
    空間に配置されてる、と、表現するのか。
    空間ではなく、別の表現があるのか。

    そのように、目の当たりの知覚映像、と、記憶、を、何の上に配置してるのか。
    時間に配置してる、というのか、
    時間でなかったら、何に配置してると言えばいいのか。


    そんなことを思いましたが、これは主観的な認識の中での時間についてですね。

    客観的な時間はどう考えたらいいかな。

    思考保留、が、簡単でいいけど(^^;;

    難しいですね。
引用返信/返信 削除キー/
■2101 / inTopicNo.90)  パニチェさんお元気かなあ?
□投稿者/ pipit -(2019/11/26(Tue) 19:54:38)
    パニチェさん、なんさん♪が書き込みされてますよ〜
    (はじめましてです!!)

    体調大丈夫だといいんだけど、大丈夫と思うけど、すこし心配だなぁ
引用返信/返信 削除キー/
■2104 / inTopicNo.91)   パニチェさんお元気で安心しました♪
□投稿者/ pipit -(2019/11/27(Wed) 16:15:01)
    よかった〜
    安心しました (o^^o)

    無縁先輩は大丈夫かな〜
    苦しいくらいになってないといいなぁ

    入院していたというキティ先輩もお身体大丈夫かな〜

    みなみなさま、お忙しいと思うけど、いいかんじでありますように
引用返信/返信 削除キー/
■2105 / inTopicNo.92)  時間についての雑感
□投稿者/ pipit -(2019/11/27(Wed) 18:06:05)
    時間についての雑感

    仏教の論の一つに、存在?世界?刹那生滅論みたいなのがあります。
    存在?世界?心も物質もそれぞれ瞬間で生滅を繰り返してる、という論みたいなのです。

    これ、全存在(有)が、同じく、か、それぞれでか、生滅してるとすると、生滅テンポが仮に一緒だとすると、テンポを時間と考えれば、時間を共有できることは可能かも、と、思いました。

    人間が合意した時計の時間とかでなくて、生滅テンポとしての物理的尺度での時間で。


    あ!!

    テンポが違っても、多分、バーチャルであれ、幻想であれ、統一の【時間】に配置させることは可能かも


    ん〜?


    わからなくなってきたから、いったん、放り投げまーーーす ♪
引用返信/返信 削除キー/
■2108 / inTopicNo.93)  認識について
□投稿者/ pipit -(2019/11/29(Fri) 17:52:11)

    『純粋理性批判2』中山元訳のあとがき部分に、中山先生による解説がのっていまして、その中で、カントが『論理学』にて説明した【認識の成立プロセス】を紹介されていました。

    7段階に認識の成立プロセスを分けてるそうで、

    1.感性の働きで、外部の事物から触発されて、心のうちで外部のものの像が思い浮かべられる。(フォアシュテレン)

    2.注意を向けて、知覚する。(ペルキペーレ)能動的に特定の像にフォーカスするかんじかな?

    3.知覚した多様なものを区別する。見分けること(ノスケレ)。

    4.知性を働かせ、見分けたものを、ある共通点に基づいて、様々な違いを抽象する、すなわち切り捨て、ひとつの共通点だけを残す。この段階をカントは『認識』(コグノスケレ)と呼ぶ。

    5.知性によって概念の力を借りて認識することが成立する。理解する(インテリゲレ)段階。〇〇は◻◻だ、という判断を下す段階。概念の下への包摂。

    6.理性によって洞察すること(ペルスピケーレ)

    7.会得すること(コンプレヘンデレ)。きわめて高度なものとされる。

    【認識の成立プロセスの七段階】
    1.像
    2.知覚
    3.分別
    4.抽象(認識)
    5.判断
    6.洞察
    7.会得

    ※※※※※※※※

    私には難しい、悪魔ちゃんさんの問いなのですが、私見書きます。

    言語により表現しようと思えば表現できる段階を認識と言ってるのかな、と、今の段階では思いました。

    カント哲学を解説した本から引用します。御子柴善之先生の文章です↓
    『(略)客観に妥当する判断を下すことが「認識」なのである。』
    (カント哲学の核心、p49)

    ※※※※※※※※

    14歳について

    確かにいろんなことを疑い始める年頃であり、それは、哲学のはじめであるのかもしれませんね。

    考え出すのが、14歳ってことかな?

    どうして14歳なのですかね。

    大人の脳になると、考え出すのですかね。
    早熟な子、あまり考えない子、いろいろかもしれませんね。
    考えすぎて苦しくなっても、考えることが止まらないケースもあるかもしれませんね。
    考えるほうが幸せ?
    考えないほうが幸せ?
    思考が好き勝手にコントロールできたらな、と、よく思います。



引用返信/返信 削除キー/
■2111 / inTopicNo.94)  Re[49]: 認識について
□投稿者/ pipit -(2019/11/29(Fri) 18:11:06)
    今、ぼんやり、思ってることなんだけど、

    『(略)客観に妥当する判断を下すことが「認識」なのである。』
    (カント哲学の核心、御子柴善之先生著、p49)

    この時の認識、アビダンマ的術語としての『世俗諦』レベルの認識って言えないかな〜って。

    『木』とか『リンゴ』とか、
    『雨』とか『水』とか。

    世俗諦レベルの認識を、認識として、カントは話を展開してたとすると、
    どうなるかな〜?って、思ってます。

    それから、、、言語化、についての影がチラホラ、、、。

    アビダンマも勉強できたらいいけど、
    全然できてないなー

    とりあえず思ってること書いときま〜す。

    春さんやったら、どんな言葉、ツムグノカナ ?

    せかいってなんなのかなー

引用返信/返信 削除キー/
■2112 / inTopicNo.95)  Re[50]: 認識について
□投稿者/ pipit -(2019/11/29(Fri) 22:12:31)
    原文調べてみました。
    (わたしはドイツ語全然わかりませんけど、wikiから原文のってるページ開けるので、当たりつけて、グーグル翻訳使ったりして該当箇所探し出そうとしました。)

    多分ですが、
    『Man nennt solche Erkenntnisse a priori, und unterscheidet sie von den empirischen, die ihre Quellen a posteriori n□mlich in der Erfahrung, haben.』
    が、
    『ところでこのように経験から独立して生まれる認識を、アプリオリな認識と呼んで、経験的な認識と区別することにしよう。経験的な認識の源泉はアポステリオリである。すなわち経験のうちにその源泉があるのである。』と中山元先生が訳された箇所かな、と、思いました。

    それで、もしそうだとすると、認識と訳されてる言葉は、Erkenntnisseですが、これ、、、
    洞察や知見という訳語でて、

    語尾を2つ削って、Erkenntnisで調べると、洞察、ナレッジ、エピステーメー、とかいう意味が出てきました。

    それで、『語源から哲学がわかる事典』山口裕之さん著のp58に、
    『つまり、哲学の対象となるのは、学問的に正しい知識なのである。この「正しい知識」のことを、英語ではknowledge、ギリシア語では「エピステーメー」と呼ぶ。この言葉は、哲学用語としては「認識」と訳された。
    なので、哲学の文献で「認識」という言葉が出てくれば「学問的に正しい知識」という意味であり、「認識する」といえば「正しく知る」という意味である。』
    とありました。

    ちなみに、辞書コトバンクで、『エピステーメー』調べると、
    2つ意味が出てて、そのうちの1つが、
    『知識。ドクサ(臆見。根拠のない主観的信念)に対して、学問的に得られる知識。』
    とありました。

    『純粋理性批判』の英訳でも、認識はknowledgeと訳されてる箇所があるのをわたしは覚えています。
    ただカントは、ひとつの単語を厳密に同一的に使わないこともあるようなので、単語で意味を見ながらも、文脈でも意味を捉えなくてはいけないかもと思いました。

    とりあえず、『序論』冒頭の有名な箇所を引用します。
    『Da□ alle unsere Erkenntnis mit der Erfahrung anfange, daran ist gar kein Zweifel; 』
    『わたしたちのすべての認識は経験とともに始まる。これは疑問の余地のないところだ。』(中山元先生訳)

    ここでも、認識と訳されてる原語は、Erkenntnisで、私の持ってる英訳ではknowledgeという訳語が選択されていました。

    ※※※※※※※※

    というわけで、悪魔ちゃんさんの問いの、
    カントは認識ってどんな意味で使ってる?に私が今の段階で思うことは、

    「学問的に正しい知、かなぁ、間違ってたらすみません。」です。
引用返信/返信 削除キー/
■2113 / inTopicNo.96)  日記・偶然
□投稿者/ pipit -(2019/11/30(Sat) 14:57:47)
    すごい偶然だなぁ
    わたし、昼休みに読む本、
    ここんとこカント関連多くて、
    疲れたな〜、と、
    昨日はアーチャン・チャー先生の『手放す生き方』カバンに入れて持って行ったのです。
    (あの本、著者のコーンフィールドさんによる発言なのか、アーチャン・チャー先生の発言なのか、少しわかりにくく感じますけどね。)

    印象的に感じたページの文章をひとつ。

    『気づきを保ち、物事をその自然なままにさせておきなさい。
    そうすれば、どんな環境にいようと、あなたの心は透明な森の池のように静まっていきます。その池には珍しい動物が水を飲みにやってきたり、あらゆる種類のさまざまなことが生じるでしょうが、あなたはこれらの現象のありのままの姿を明晰に観察します。さまざまな、奇妙で不思議な現象が去来しますが、あなたは澄み切って静寂なままです。これこそが、ブッダの説いた幸福なのです。

    アーチャン・チャー』

    そんな明晰な境地に、なってみたいなー
    (努力はせずに、そういうこと言う〜)

引用返信/返信 削除キー/

<前の12件 | 次の12件>

トピック内ページ移動 / << 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 >>

[このトピックに返信]
Mode/  Pass/

TOP HELP 新着記事 トピック表示 ファイル一覧 検索 過去ログ

- Child Tree -