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No8120 の記事


■8120 / )  Re[26]: 引用続き
□投稿者/ flora -(2020/10/22(Thu) 02:48:48)
    pipitさん, お久しぶりです、こんにちは

    No7944に返信(pipitさんの記事)
    > カントの日本についての文章の引用の続きです。
    > 『長崎の付近になお残っている過去のキリスト教徒は、キリストの十字架象やマリアの画像を足で踏むことが毎年強制される。その良心によって果たし得ない者は、牢獄に投ぜられる。
    > 彼らは縄をはった一枚の板を使って、その上のいくつかのボタンを上下に押して、計算を行う。医学では、モグサを燃焼する灸、と鍼を刺すという、二つの治療法がある。
    > 日本は、英国ほど大きくはない。Niphonと称し、現在ヨーロッパ人には、全くそばへも近寄りがたい。彼らは毅然としており、勇敢で、政治的である」(高峰一愚訳『カント全集』第10巻「自然の形而上学」、理想社、1966年を参照した)
    > 当時、世界への日本の窓口は長崎出島だけであった。
    > カントは、オランダ商館長・医師等の報告書を読み講義に活かしたのである。』
    > p112.113より、抜粋引用終わります。
    >
    > けっこうその当時にしては正確な記述に思えてびっくりしました。

    pipitさんが#7941で

    >カントは、エンゲルベルト・ケンプル(略)の『日本誌』(略)を一番の参考書にして、鎖国中の日本のことを、詳しく紹介している。』
    (『カントの生涯』石井郁男先生、水曜社、p110.111より引用)

    と引用なされたように、殆どの記載は1690−1692年まで日本に滞在したエンゲルベルト・ケンペルの『日本誌』からの写しです。

    ケンペルはシーボルトの約150年ほど前に来日し、西洋に日本を紹介した人物です。 
    ですから、カントが日本に関することを書いているのであれば、実際に行ったことのない場所を記載できるはずがなく、書かれている内容はケンペルによる記載と感想だと思います。

    『日本誌』は日本語でも訳されていると思います。非常に細かく日本のことが書かれています。

    また彼は日本の植物も漢字や日本語読みそして図説入りで出版しました。

    下の図は柿です。左ページ下に記載の記載が右ページの下まで続いています。

    トピずれだったのですが、気になったので投稿いたしました。




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