□投稿者/ pipit -(2020/08/23(Sun) 21:30:09)
| 知覚(主観)から客観物のイメージを作る。について、自分を観察してみたよ。
@ 目の前の景色から、赤色の領域を、対象と決め、既に設定済みのトマトに分類する。
A目を瞑って、イメージを作れるか試してみる。 手を出して、冷たいものに触れ表面をなぞる。 誰かが、トマトだよ、と教えてくれていたら、トマトという概念は、触れることにより作れるかもだけど、それがないと、持ち上げ匂いを嗅いだりしてみる。
気がついたこと。
対象としては、感じられるうちの(←主観)、感じ方の差異を境界線として、分別している。 主観のうちの差異をもとに客観と思われるものを作成する。
さて、この、主観がどのように現れてるのか。
客観物として作成したものと全く同じものが、そのまま主観の外に存在し、 主観に象として現れてる、のか。
よく似たものが外に存在し、感性能力を通すことでちょっとだけ違った象が主観に現れてる、のか。
個人的に気が楽なのは、この上記二つだな。
後は、それ以外、か。
でも、カントは、このように、感性の領域外のもの(物自体)を認識対象として規定しようとすることが仮象を招くと言ってるのかな?と今の所思ってます。
現象として現れてるものを、規定することには、反対してないよね?
カント先生の返事、、、ききとれないよ (ノ_<)
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♪ vivi 米津玄師さん https://m.youtube.com/watch?v=W-Tun8O-Tjk
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