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■436 / inTopicNo.1)  らみさんへ
  
□投稿者/ 悠 -(2018/04/22(Sun) 14:51:46)
    らみさんへ

    先の投稿でよく分からないと思ったことです。

    ぼくを悪く言った人なんて存在しない、全てぼくの妄想だという意味なのか、そんな言い方してたら周りが敵だらけになるのは当たり前という意味なのかがよく分かりません。

    ぼくに対しての挑発、脅迫の類だと「お前は長生きできない」「お前みたいな奴はすぐに刺されて殺される」とかもありました。
    この20年間、仕事でもプライベートでもずっと目の前で言われてきたことです。妄想とかではなく実際に言われたこと。

    「嫌われる勇気」読みました。感想として大して得るものはありませんでした。本の中で言われてるものはこの数年の間に自力やら友人との口論の末に行き着いたものばかりでした。


引用返信/返信 削除キー/
■432 / inTopicNo.2)  悠さんへ
□投稿者/ らみ -(2018/04/05(Thu) 19:33:06)
    こんばんは。
    全然返信遅くないですよ、むしろいつもここを開けると「もう来ている!」って思うことの方が多いです笑



    誰なのか、実際に存在しているのかもわからない90人に対して「期待を裏切るようで申し訳ない」とか、そいつらは「僕を誤解している」だとか「その理由は相手の先入観のせいだ」とか、悠さんは自意識過剰だと思います。

    アドラーの「嫌われる勇気」を是非読んでみてください。
    そして、自分の課題と相手の課題を分ける努力をしてみて欲しいなと思います。
    これ以上は悠さんの課題なので、わたしは首をつっこみません。


    けど、読んで悠さんの心が楽になったら良いなあとは思います。

引用返信/返信 削除キー/
■431 / inTopicNo.3)  らみさんへ
□投稿者/ 悠 -(2018/04/04(Wed) 18:00:47)
    だいたい100人のうち、ぼくのことを誤解するのは90人くらい。誤解の元は先入観や思い込みです。

    ぼくのことを誤解する人間がぼくに対して言うことはだいたい一緒で、それを下記に列挙していきます。

    短気、自分勝手、わがまま、神経質、人の言うことに逆らいたがる、嫌われ者、仲間外れ、無神経、生意気、常識知らず。他にもあるのでしょうけど、今は思い出せませんし、思い出したところで何もないのですが。



    ぼくもある程度は「誰が見ているかわからない」感覚は持ち合わせていて、先の「こんなやつでも友達いるんだよ」発言だけに関しては「誰だかわからないけど、ぼくのことを誤解している90人」に向けたものでした。

    今読み返すと、投稿の宛先が定まらないところが散見されます。そこに自虐も入ったので、らみさんが誤解したのも無理はないなと思います。

    誤解させて申し訳ありませんでした。
    少なくとも、この場でやりとりをしている人たちに、先入観や思い込みで人格を決めつけたり否定する人はいないと思っていますから。



    ちなみに返事が遅れた言い訳をしておきます。
    一つは旅行の疲れが思いの外大きかった。
    もう一つは先週末に地元の花祭りに参加してました。旅行を先月末で切り上げた理由は祭りに参加するためでした。そこでスタミナを使いきりました。

    なんだかんだでもう10年以上花見を怠らない。オーストラリアにいた時も、その国固有の花を目当てに公園によく出かけていました。
    この数年で見る花の種類が増え、最近は梅を愉しむようにもなってきました。夜勤明けに行く早朝の梅林はとても幻想的でした。オススメは朝の5時頃。寒さ、低い日差し、澄んだ空気、どれも素晴らしい。

    ぼくは日本人の花は桜ではなく梅こそ相応しいと思ってます。凛として慎ましい。
    今時の言い方をすれば「俺の推し花は梅一択」と言ったところでしょうか。よくわからない日本語ですね。

    そうそう、ぼくの花見スタイルは一人でコーヒーを飲みながらプラプラする感じです。花の匂いを嗅いだり手で触って愛でる感じ。梅の木の幹に手を充てて「ひゃっこい!ひゃっこい!」と独り言を言っていたり。時にはメジロを目で追ったり。鳴き方のなっていないウグイスを励ましたり。五感全部を使って花を愉しむスタイルです。五感全部を使いますが花は食べません。



    理由をつけて公園を占拠し、どんちゃん騒ぎは好きではありません。


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■430 / inTopicNo.4)  悠さんへ
□投稿者/ らみ -(2018/04/03(Tue) 13:12:34)
    コミュニケーション云々言う前に、前回視野の話でもし悠さんを不快にさせたとしたら謝らないといけないですね。ごめんなさい。

    又、悠さんは何も悪いことをしていないのだからと結構頻繁に個人情報を出されますが、わたしはこういう集まる人数が少ないサイトでも念の為特定されるような内容は余り喋らないことにしています。なので話し相手としては物足りなく感じられるかもしれません。

    では、何の為にここを使っているのかと考えると、もともとアウトプットが苦手な人間なのでその訓練の意味合いが今は強いのかなあと感じるのです。
    ギャラリーも少な目で、そこも私には却って丁度良いと言うか。

    なので、せっかく書いてくれた悠さん自身についての内容のことよりも、レス中で何か一つ引っ掛かったことを少し深く考えたいなという方向性でやりとりをしたいんですね。

    そういうのもあって、悠さんからは冷たいと受け取られ敢えての友達います発言などをされたのかなあ・・と何となく感じたのでした。余計なお世話ならばごめんなさいね。






引用返信/返信 削除キー/
■429 / inTopicNo.5)  コミュニケーション雑感
□投稿者/ らみ -(2018/04/03(Tue) 09:55:38)
    2018/04/03(Tue) 10:07:01 編集(投稿者)

    ふと思ったのですが、男性よりも女性の方がコミュニケーションが強いと言われるのは、基本的に女性は子供のころから1対1のコミュニケーションを好んでしてきたという点にあるかもしれません。
    幼稚園生ですらそうです。一方で男子は皆大勢でわーわー騒ぐというのが見ていて多い気がします。
    女子は「誰々ちゃんは仲間にいれてあげない」とか結構あるんですよね。子供の頃から濃い付き合いをすることに免疫がついていて、身を守る術が男子よりも付きやすいのかも。

    私自身は、三人が一番落ち着くし又楽しい空間だと感じます。
    二人だと濃すぎて、ふとした瞬間に気まずくなることがあるんです。あと、ずっと力を抜けないというか。
    三人だとそういうことが無くて、一番楽なんですよね。
    会話の流れで二対一になっても、微笑ましい感じになるし。
    これが四人になるとすぐ二対二に分かれてしまったり、会話の流れで三対一になるとちょっと疎外感が出てくるというか。
    又、一対一だと時々「ん?これどういう意味なの?」って相手の言っている内容がわかりにくいと感じることがあるのですが、あと一人も私と同じように感じていれば皆で戻ることが出来ます。
    一対一だと、雰囲気で流れる会話みたいなのが結構あると思うんですよね、多分それがあまり得意ではないのかも。私自身も結構天然なので人のこと言えないんですが。
    コミュニケーション強者というのは、一対一が全く苦にならない人なんだろ〜なあと思います。

    というわけで、三人か、もしくは一人が楽でいいなあと感じる今日この頃です。
引用返信/返信 削除キー/
■428 / inTopicNo.6)  旅恥とコミュニケーション
□投稿者/ らみ -(2018/04/03(Tue) 09:50:00)
    わたしは、旅の恥はかき捨てってもっと別のニュアンスで習った記憶があるんですよ。

    不慣れな土地を旅の途中、習慣を知らずに失敗してしまった。こちらがごめんなさいと言うと、仕方ないですよ気にしないでください、と返してくれた。


    そういう温かい関係を指しているのだと。

    勿論、悠さんの意味で使われてるのも何度も見た事あるのですが、こっちのニュアンスの方が素敵だなあと感じます。


    とは言え私も旅恥ありますよ。知らない場所を旅していると身を守ろうとする為か不当なことをされた時など普段よりも怒りっぽくなってしまい、オーストリアのカフェでウェイターと大きな声で言い争いをしました。
    結局要求は通ったのですが、もっと落ち着いて話せば良かったなあと今では反省しています。
    多分もう会わないのだから、お互いに気持ちよく過ごした方が良いですよね。



    >「もう会うことがないからこそ失礼なことは許されない。目指せ、バカにされない愛知県民」みたいなスローガンを掲げて人に話しかけ、車の運転をして、飯を食う。奈良市の飲み屋で一悶着あったけど。
    >この振る舞いこそ日常の中でやろうよ。上から目線で友達にお説教なんてダメだよ。友達は一生もの。大事にしなきゃ。


    もし嫌だったらごめんなさいね。
    許されないとか・・ちょっと厳しすぎるかな・・って感じもします。
    もし私なら日常の中でそれをやったら疲れちゃうかも。

    ちなみに世の中には二度と会わないだろう人とは言葉も結構喋れて仲良く過ごすことが出来るのに、日常生活で繰り返し会う人とはそれをするのが苦手という人がいるような気がします。子供でもいるんですよ。

    そういう人は、決して人嫌いってわけではないと思うんですよね。
    じゃあ一体、何がいけないんでしょうか。

    二度と会わない人同士ではその場しのぎの優しさだったり心地よさこそが優先されます。つまり普段の自分の社会的背景からは解放された付き合いが出来ますよね。旅先の人との触れ合いは、日常で触れ合う場合とは本質的に異なっている為、こういったことがあり得るんだと思うんです。

    だから「旅でやったように日常でもやる」ということこそが実は一番難しいのではと思います。
    社会的背景を含んだ自分を顧み、又受け入れることがきっと必要になってくると思うので。

    私自身、色々と思うことがあって考えてみました。


引用返信/返信 削除キー/
■427 / inTopicNo.7)  悠さんへ
□投稿者/ らみ -(2018/04/02(Mon) 01:42:21)
    2018/04/02(Mon) 07:46:59 編集(投稿者)

    大卒に嫉妬している人は多いですよね。
    大学出てない人がスーパーマーケットの上司だとして、アルバイトの大卒が仕事が出来なかったりする場合などは、徹底的に楽しそうに馬鹿にしているなというのを見たこともあります(悠さんがそういうことするとは全く思わないですよ。)

    きっと、自分の生きてきた道が正しかったと思いたいんですね。



    で、何でそう期待していると感じたのかわからないのですが、悠さんを友達いないだろうとは全く思ったことが無いですよ。
    群れるタイプでは無いかもしれませんが、合う人とは深く付き合うタイプなのではないでしょうか。こういう風に括られるのが不快に感じたらごめんなさいね。

    又生きるのが大変そうだなと言うのもちょっと違って、でも基本的に真面目で優しい人なんだとは思いますよ(括られるのが嫌だったらごめんなさいね)

    あと、別のレスになりますが海外に滞在していたから悠さんを視野が広いとは私は感じていませんでした。
    喋れるようになれなかったのは勿体ないことだとも思いますが、知らない土地で例えお金に頼ったとしても何とかやりくりをしてきたということは、十分自慢できることじゃないでしょうか。その「何とかやる」ってことこそがその人の底力だと思うからです。

    悠さんのことは、底力のある人だと思っています。
    慣れてない道を2400キロも運転し続けることだって、集中力という点においてだけでも、本当に凄いことですよ。
    そんな人が「大したことはなかった」って言っても信じません。



    眼鏡は・・焦点の問題じゃなくて汚れのせいだったってことでしょうか。
    きっと、一つの眼鏡に拘る必要も無いのでは?と感じます。
    幾つか違う度の眼鏡を持っておいて、対象ごとにその場その場で掛けなおしても良いんじゃないでしょうか。
    そして裸眼の世界も楽しめるともっといいですよね。
    私自身に対しても、そう言いたいです。

引用返信/返信 削除キー/
■426 / inTopicNo.8)  一人旅の意義
□投稿者/ 悠 -(2018/04/01(Sun) 18:48:19)
    旅の目的は祖母に会うことでした。もっともそれは幾つかある理由のうちの一つでしかなかった。
    では他に何を求めて旅に出たのか。実は自分でもよくわかってなくて、何か見つかるのではないかと期待していただけでした。

    結果は残念。大したものは何もなかった。そしてそれが答えでした。

    海外に滞在していた経験がある=たくさんのことを知っている、視野が広い、と誤解されるのですが、はっきり言って英語圏にいて英語喋れなくて生きていけます。スーパーで買い物なんて無言で終わります。買い物と学校以外はずっと部屋に引きこもってオンラインゲームで4年ムダにした阿呆をぼくは知っています。

    お金があれば大体のことは片付きます。お金ってやっぱすごいや。

    オーストラリアに行った時、ぼくはあまりお金を持っていませんでした。そしてうつ病が一番ひどい時でもありました。
    稼げない分、草食動物の勘とかで生き延びました。

    内容の濃い一年でしたが、自分が成長したという実感は特にないです。
    じゃあ無意味だったのか?それも違う。

    現状と自分を物理的に遠ざける。この行為自体が有意義だったなと思っています。



    ストレス解消の方法として運動やストレッチ、趣味を作る等いろいろありますが、自分が抱えているストレスの原因から物理的に距離を置くことだけでもストレス解消になるそうです。

    平たく言えば現実逃避して、悩みから目を逸らすことが大事ってことですね。



    現状と自分の間に距離を置くこと。それは自分がかけている眼鏡を外すような感覚とでも言えばいいのでしょうか。

    自分がかけている眼鏡を一度外して、目の焦点を合わせて自分がかけていた眼鏡をよく見ると案外汚れていることがあります。
    眼鏡がここまで汚れていたことに外すまで気付かない。気付いても問題にしない。

    キチンと洗って汚れを取り除いた眼鏡で見る世界は透明度が違う。
    屈折した世界しか知らなかったことを遅れて理解する。



    「旅の恥はかき捨て」って本当でしょうか。
    11日間の旅の自分の振る舞いを思い返してみると、案外恥ずかしいことをしていないんですよね。奈良市でタチの悪い酔っ払いと一悶着起こしたことを除きますが。自分が気付いてないだけかもしれませんが。

    それよりも金輪際会うことがないであろう人に対して下げる頭の低さ、言葉の丁寧さ、作った笑顔の多さはいい人そのものじゃん。

    「もう会うことがないからこそ失礼なことは許されない。目指せ、バカにされない愛知県民」みたいなスローガンを掲げて人に話しかけ、車の運転をして、飯を食う。奈良市の飲み屋で一悶着あったけど。

    この振る舞いこそ日常の中でやろうよ。上から目線で友達にお説教なんてダメだよ。友達は一生もの。大事にしなきゃ。



    運が良かったのか、ぼくの人間性が受け入れられたのか、相手の器が大きかったのかはわかりませんが、結論として今のぼくの手持ちの武器はそこそこ使えるものがたくさんあることが判明しました。

    今回の旅も、オーストラリアでの1年も、未知との出会いは重要ですが、そこそこ纏まった時間を使って自分と対話する。回顧的に自分を見つめ直す。そしてそれは定期的に行われると自身の自主保全活動に一役買うっぽいですね。

    思いの外、ぼくは優しい大人の男だった笑



    病院に行って医者の診断を受けるまで自分が病気であることに気付かなかった的なお話なんですが、10円ハゲができる環境はやっぱり異常だった。その環境下で自己肯定は難しかった。その世界の中でぼくは幸せになれませんでした。退職して良かった。

    家族と一緒に住んでいなくて良かった。一緒にいれば事件を起こしていたかもしれません。一人暮らしは正解だった。片道1時間、もう少し距離を置きたいぐらいです。



    食いっぱぐれることがないのであれば他県へ引っ越すことは問題ないですが、引っ越すのであれば四国に住みたいです。海が近くて米が美味くて人が優しかったので。あと美人が多かったです。

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■425 / inTopicNo.9)  父の名は
□投稿者/ 悠 -(2018/03/31(Sat) 16:35:01)
    2400キロ。ぼくが愛知と鹿児島を往復した時に走った総走行距離です。
    乗用車を普通に使った場合、1ヶ月の走行距離は1000キロ前後が目安。10日で3ヶ月分、走りましたね。



    今ぼくが乗っている車は父が乗っていたものを形見分けとしていただいたもの。普段はNOTEをローマ字読みしてノテちゃんと呼んでいるんですが、本名がキチンとあるんです。
    父の名前は重男。そのまま名付けると昭和の香りがプンプンするので時流を少し取り入れてシゲヲと命名。
    某大ヒット映画のタイトルっぽいことしたけどそこまでうまくもないしシゲヲって何?全然面白くもないしここまで文字数要らない説明ですねはい。



    らみさんの大学切り、気風がいいですね。スカッとする。

    とりあえず大学へ、の時点で一部を除く大学の価値は地に落ちた感が満載。
    もっと言えば、どこの大学を目指してなんの勉強したいかではなく、〇〇大学卒業ですってブランド物が欲しいんだなって見えます。少なくとも大学で専門分野を勉強するために受験勉強したなんて周りで聞いたことありません。

    ただ、ぼくの場合は大卒という資格がないので、資格がないだけで機会まで奪われてきたと思っているので嫉妬の部分がとても大きいです。

    世の大卒に対しては経済的、環境的、先天的にそこそこ恵まれたラッキーな奴らとしか思ってないんです。奴らの言う努力なんて生活基盤が平均以上が保証された中流だったからできたもの、大卒はお前の努力によるものではないと考えてます。

    我が家は母方が生活保護を受けていた家庭なので民度もお察し。ぼくは4人兄弟ですが、兄弟の中で誰一人として箸の正しい持ち方を親から教わってないという。箸の持ち方を友人やら自力で覚えなきゃいけない家庭環境。高校以降の進学なんて望むべからず。

    底辺とか下流とかいうやつですね。
    以前らみさんに自虐を指摘されたのですが、ぼくの自虐の正体は自身の劣悪な生活環境に大きく依存します。
    そんなぼくの大学叩きは嫉妬もある程度含んでます。


    ここまで捻くれていたら生きるのが大変そうだな。大丈夫なのかな。友達とかいるのかな。会社の人とうまくやっていけるのかな。毎日ケンカとかしてるんじゃないかと心配になります。

    期待を裏切るようで申し訳ないのですが、友達はちゃんといます笑
    ぼくの気性の荒さについていけず離れていった人は多いですけどね。




    教育に関してぼくの中の揺るぎない意見を一つ。

    100%大人の思い通りに育った子どもはどれ位いるのだろうか。いつだって子どもは大人を裏切り続ける。いい意味でも悪い意味でも裏切り続ける。期待には沿わない。言うことは聞かない。平気で嘘をつく。
    有利なポジションを虎視眈々と狙ってる。下剋上なんて言葉がある時点で大人と子どもの関係性なんてお察しです。




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■424 / inTopicNo.10)  Re[68]: 父の仕事
□投稿者/ らみ -(2018/03/29(Thu) 13:02:33)
    お父上、随分と大きな決断をされたなと感じますが、あり得ないことではないですよね。


    所詮、高校や大学に限らず入学試験というのはその学校側の「こういう生徒が欲しい」という間接的なメッセージですから、そのメッセージの中に含まれる一つが全く出来ないとなると、他に好きな教科があり高校に行きたくない訳ではないにしても、合格することは難しいだろうと思います。

    そしてメッセージの内容は東大から発せられたものが順々と下に降りてゆく傾向があるようで、つまり今迄は全く求められなかった種類の問題でも、東大で出されるようになるとある日突然、同傾向の問題(勿論易しいけれど)が高校や中学などでも求められてくる、ということが実際に起こっています。

    大学ではもっと専門的な分野に力を入れたいから、今迄これは大学で基礎から勉強したけれど、やっぱりもっと前から学んで来てねと、そういう意味なのでしょう。

    難しいことを求められるのが徐々に低年齢化してきている時代なのですね。

    私立中学が欲しいのは所詮、大人の価値観が十分に注入された、でも子どもならではの感性や発想力も持ち合わせたような、謂わば大人と子供の良い所取りのパーフェクト人間なのかもしれません。


    では、その道に外れた人は全て、無能な人間なのでしょうか?と言うと全くそんなことは有る筈もなく、「メッセージ」の内容が時代と共に変化していることを考えても、そうではないことがすぐにわかります。


    大学が求めている人材の像ではないけれども、でも優秀な人材をどうやって見つけるか、又創り出してゆくのか、そしてそういった優秀な人達にもっと活躍の場を与えてゆく為にはどうしたら良いのかというのが、大きな課題だと思います。


    私はそもそも大学自体が増えすぎだと思っていて、大学には本当に学力が優秀な人以外は行かないようになることが一番の近道だと考えています。

    今の世の中では学歴社会とは言え、一応あるレベルの大学を出てさえいれば機会は与えられていると思うんですね。その先は個人差というか。

    でも中にはその大学にすら色々な理由で到達できなかった優秀な人材がいっぱいいると思うのです。

    企業が学歴の目安として見るだけの大学なんて要らなくないですか?

    それならば大学は本当に純粋な学問が好きな一握りの人間のみが通い、その他大勢の人間はもっと他の事に特化していっても良いと思うんですね。

    未来ある子どもに「メッセージ」を投げかけることの出来る存在が「大学」だけである必要は無いと思うのです。








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■423 / inTopicNo.11)  父の仕事
□投稿者/ 悠 -(2018/03/27(Tue) 23:51:57)
    父は鹿児島出身ですが、親の仕事の都合で鹿児島と愛知を行き来していたそうです。ですから小学校は鹿児島で卒業、中学校は愛知で卒業といった具合でした。

    父は中学を卒業した後、進学はせずに就職をしています。高校に行かなかった理由を本人に聞いたら「英語がわからん」とのこと。
    時代としては大学に行くことも珍しくなくなっていたんですけどね。

    父は結婚するまで仕事を転々としてたそうです。ある時はパチンコ屋の稼ぎで食っていたとか。
    父は女癖が悪いので誰かのヒモとして生活して時期もあったんだろうと勘繰っています。あいつは博才がない代わりにモテてました。随分前から愛人もいましたし。

    結婚相手は見事に間違えたけどな!モテても所詮その程度か!女を見る目はないんだな!と息子は鼻で笑っています。



    そうそう忘れていた。父の仕事のこと。
    若い頃は九州と四国?本州?を結ぶ船に車を乗せたり降ろしたりする仕事もしてたそうです。

    なんでこんな話をするかというと、今日は大分から愛媛までフェリーを使って移動しました。船に車を乗せるなんて初めての経験。ドキドキですよ。車検証を持って乗船の手続き、デッキに上げるために通る急勾配の坂道、線のない駐車場、何もかも初めてのこと。おそらく父の場合はディーラーに渡すための車だと思うのですが、よくこんなことを仕事にできたなと少し褒めてやりたいと思ったり。
    父は生前、「その車を見れば寄せ方がわかる」とも言っていました。その時の経験が大きいと言ってました。





    鹿児島を後にする日、出発する前にもう一度祖母と会ってきました。祖母はぼくのことをやっぱり覚えていませんでした。最後までぼくといとこを勘違いしたままでした。

    フェリーに乗った時、気さくに声をかけてくれた家族がいました。子どもの春休みを利用して愛媛に里帰りだったそうで。家族の一員のインコがとても可愛かった。インコのAMラジオの語り口を感じさせる独り言がシュールでツボでした。

    大分県の小学校が一つ廃校になったそうです。最終的に全校生徒が二人になったんだとか。大分県の山間部を走っている時、山中の休憩所でお婆さんに教えてもらいました。閉校式の日はかつての生徒、教師、関係者に加えお役人まで大人数で詰めかけたとか。「その日に来れるんだったらなんで今迄こなかったのか?」と仏のような優しい顔でお婆さんは毒づいてました。まぁ葬式と違って日程のわかるものだから同感ですがね。



    愛知から出発して一週間、いろんな人に出会えました。むかつく自分勝手な酔っ払いもいましたが、いい人たちに巡り会えた旅だったな。旅に出るなら今しかないと半ば強引に出掛けたけど、我ながら英断だったと少し早めに回想しております。

    明日はウドンかな?ミカンかな?はたまた鮮魚とうまい酒かな?と思いを巡らせたりするのです。



    今更ながらぼくは自由だな

引用返信/返信 削除キー/
■421 / inTopicNo.12)  ギリギリのラインとは
□投稿者/ らみ -(2018/03/26(Mon) 12:25:03)
    悠さんこんにちは、返信ありがとうございます。

    >「モノの良し悪しのわからない奴がコンテンツを作っているのが気に入らない」


    なるほど。良くわかりました。
    実はわたしもどっきり番組があまり好きでないです。「モニタリング」とかも苦手。

    ちなみに悠さんが好きだというドリフはうちの父親はくだらないと申していました笑

    と言っても私が子供の頃と今ではテレビで放映されている内容に差がありすぎるのでした。
    悠さんて30代後半でしたっけ?1990年代〜より以前は、今よりもかなりテレビの規制が緩かったのですが覚えてらっしゃいますか。
    私が小中学生の頃は、女性の裸が子どもの起きている時間帯に放映されていたんです。これにはアメリカやイギリスなど規制の強い国の人から見たらかなりの驚きだったようですよ。

    「子どもが何のテレビを観ているか?」を知るだけで、親がどういうタイプなのか何とな〜くわかってしまうと言う中々面白い時代だったなと思います。
    観てはいけない番組があったのは何もうちだけではありませんでした。
    ただその理由を、他のお家では何て伝えていたのかなあと知りたくなったことはあります。そんな話したこと無かったから。
    皆も「くだらない」なんて意味のわからない理由で見せてもらえなかったのかしら?と。

    両親が、子供に対してどこまで観せるのをセーフと感じるのか、それを考えることは親自身も自分を省みなければならなくなりますね。
    人って意外と鈍感なので、ギリギリラインの所に来て初めて心が揺さぶられることってあるんじゃないかなと思うのです。
    そのラインを考えることによって、自分を見つめなおすことも出来るような気がします。
    「くだらない」と一蹴することは自身の思考停止にも繋がってゆくのではないでしょうか。

    ちなみに高学年の時の親友の一人は何と「毎度おさわがせします」を観ていました。とても明るくて人気がありちょっとマセていて思いやりのあるでした。そしてオープンなお母さんがいたのを覚えています。
    その後引っ越してしまったけれどもあの子は今、どんな大人になったんだろう。。


    観たいドラマを悉く親に邪魔されていたそんな私が、小学生の頃こっそりと隠れてみていたのが「うちの子にかぎって」の再放送でした。若き日の田村正和さんが先生役で出ている、自由奔放な子ども達の学園ドラマです。
    その中の話で、とても印象に残った回があります。

    ttps://www.youtube.com/watch?v=2XwLKG-siws
    うちの子にかぎって 転校少女に何が起こったか?A

    なんか今みたら映像の順序がおかしかったのですが、この理科室での場面は今観ても胸がドキッとしてします。
    とても甘美でちょっと切ない物語でした。
    高学年位だったら親に隠れて観て欲しいな、そして何かを感じてくれたら嬉しいなと思います。
    ただ一つ、血が出た他人の指を舐めてはいけませんと位は言うかな。


    あともう少し大人になったら「マレーナ」も観て欲しい。
    あの作品には色々と「ギリギリ」が出てくるなと感じていて。
    中にはギリギリを通り越してしまった場面もありますが、そんなことがありながらヒロインが町に戻ってきたときの女たちの様子など、何というか怖い程リアルで。
    物語が進むにつれてマレーナへ対する少年の気持ちが2度ほど変化するのですが、その描写がとても素晴らしいなと感じました。
    わたしは「ニューシネマパラダイス」が実は苦手なのですが、なぜかと言うと場面場面で監督から「ほら、今ここ泣く所だよ!」と言われているような気がして落ち着かないんです・・・
    「マレーナ」はそんなことは無くて、今迄観たベスト10に入る映画でもあります。





    あ、あと、素敵なご報告ありがとうございます!

    鹿児島県の空気が伝わってきて楽しかったです!

    お疲れ様です、とても頼もしいですね。この先もお気をつけて!

引用返信/返信 削除キー/
■419 / inTopicNo.13)  鹿児島県より
□投稿者/ 悠 -(2018/03/23(Fri) 17:32:44)
    悠ですこんにちは。

    今は鹿児島県垂水市にいます。桜島がでっかいです。モクモク煙を吹いています。懐かしい景色です。

    旅の計画では高速道路を使わない予定でしたが、どうがんばっても1日に200キロ程度しか進まないのは都合が悪いので昨日から高速道路を使うことにしました。

    昨日は兵庫県姫路市から出発して、720キロ走って福岡県大牟田市で宿をとりました。1日で9時間運転しました。時間も距離も新記録です。

    免許を取って20年になりますが、実は今乗ってる車が初めてのAT車。父が死んだ時に形見分けとして頂きました。

    初めてAT車を所有して1年以上になりますが、ここまで楽とは思いませんでした。
    我が愛するMT車の需要はなくなる理由がよくわかりました。



    そうそう。目的の祖母ですが、割と元気にしてましたね。
    91歳なんですが、自分の足でしっかり歩き、大きな声でしっかり喋る。
    もっとも、痴呆が始まっているらしく、何度も同じ話をするし、ぼくといとこを勘違いしたままずっと話を続ける。自分の息子が死んだことも一時的に記憶がなくなるそうで。
    明日、垂水市を出る予定ですが、もしかしたら今日のことも覚えてないかもしれません。





    それはそれで気が楽だと思いもするし、いずれ来る老いを、50年後の自分を間近で見るようで恐怖も覚えました。
引用返信/返信 削除キー/
■418 / inTopicNo.14)  テレビが面白くない理由
□投稿者/ 悠 -(2018/03/21(Wed) 12:39:44)
    コンテンツが面白くないというところでは何も変わりませんが、面白くないからといってここまでテレビを嫌う理由は自分でもよくわかってなかったのです。

    結論から言いますと、「モノの良し悪しのわからない奴がコンテンツを作っているのが気に入らない」と言えばよろしいのでしょうか。

    料理を例に挙げてみましょう。
    食材も料理人も器具も全て一流。けれどゴーサインを出す人間の味覚がおかしいから変なものが提供される。

    提供する側の感覚が世間と大幅にズレている。そのズレた感覚がいつまでたっても正されない。

    それをつまらんと感じてしまうんだなと気付きました。



    先のオリンピック然り、生放送は視聴率が高く出る傾向があるそうで。
    評論家と呼ばれる人は「生放送は何が起こるかわからないドキドキ感がある」と言いますが、それでは生放送で視聴率が上がらない場合の説明ができていませんね。

    生放送でも作る側のズレた感覚が変わらないなら、収録でも生放送でも何も変わらない。

    出来たてでもレンジで温めたものでもマズイ料理はマズイのです。おかしくなってる、正されなければならないものを変えなければマズイままなのです。
    事実、うまい料理は冷めてもうまいですから。



    散々テレビを叩いてますが、ドリフは好きなんですよね。何度読んでも飽きない漫画のようで本当に楽しくさせてくれる。

    そういった意味で、作り手の情熱みたいなのは結果を見ればある程度わかってるもので、その情熱がない技術も知識もない過去の焼き増ししか出せない作り手が何を手掛けても面白くないのは当たり前ですね。

    だから過激にしたり実写化で逃げたりするんでしょうけど、調味料やら素材を変えたって味覚が狂っていたらおいしいものだってマズくなるし、視聴者だってバカばっかじゃないから、手段の姑息さを見抜いて槍玉にあげる。

    まぁ、長々とフツーのことを言いましたね笑



    そしてこれが小説とは違う、図鑑の楽しみ方なのだろうと思いました。
    人の手の介在する余地がない。素材しかない。作り手が誰もいない。その素材の持ち味だけで、何を作るか、どう調理するか全て読み手に委ねられている。

    図鑑は教材として強い。今回買った図鑑、猫好きにも堪らん一冊です。



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■417 / inTopicNo.15)  Re[64]: リハビリテーション施設「自分」
□投稿者/ らみ -(2018/03/12(Mon) 11:04:43)
    悠さんこんにちは♪

    傑作の本が見つかったよかったですね。

    >そして図鑑を何度か読んで、ぼくは自分のテレビ嫌いの理由がわかりました。ちょっとした進歩です。


    コンテンツが面白くない以外の理由が新たにわかったということですか?



    車と旅行カバン1つで鹿児島まで片道1000キロの旅、ですか。
    わたしは車の運転嫌いではないですが、初めて通る道って余り運転したくない派なので、そういう行き当たりばったりのようなことができることが凄いじゃんと感じます(^^)体力的にも、100キロだって結構疲れますよ。道中休みながら、久しぶりの再会楽しんできてくださいね。
    勿論事故にはを付けて。


    >工場などの現場でよく言われることとして「自分の身は自分で守る」というのがあります。
    狭義では決められたルールを守る、守らせるがあるのですが、広義では体調管理や財産管理も含まれるそうです。


    でもこれは一理あると思います。
    取返しにつかない事故が起きてしまわないように。
    あと財産管理のようないわゆるお金の話は、本当は学校で教えればよいのになと思いますよ。
    これこそ親によってかなり差がある分野だと思うからです。
    全く何も知らないで生きてきた親から生まれた子はそれを引き継いでしまうことが多いと感じます。
    最低限の損をしないラインだけでも良いので。






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■415 / inTopicNo.16)  リハビリテーション施設「自分」
□投稿者/ 悠 -(2018/03/10(Sat) 22:02:31)
    今のところへ引っ越して約2ヶ月。溜まりに溜まった疲れもいい加減抜けてきたらしく、読書や勉強を再開するところまで至りました。

    最近は昔読んだ本を開きつつ、新しい本も読みつつ英語の勉強をしています。
    英検は30歳の時に2級をとったので次は準1級に挑戦します。どのみち1回では受かりそうにないので合格は随分先の話でしょうけど。

    勉強する場所は図書館で固定することにしました。
    部屋にいるとどうしても誘惑が多いんですよね。ベッドがありタバコがありコーヒーがあり酒がありゲームがある。

    寝ながら勉強するスタイルは反対こそしませんが批判的です。
    見た目や腰の負担のこともあり「椅子と机を使った正しい姿勢」が望ましいと判断しました。



    工場などの現場でよく言われることとして「自分の身は自分で守る」というのがあります。
    狭義では決められたルールを守る、守らせるがあるのですが、広義では体調管理や財産管理も含まれるそうです。
    誰が言い出したかは知りませんがね。



    体を壊してまでしなきゃいけない仕事はない。



    今回無職になったことは、ぼくとしては大変不本意ではありますが、一度自分を見直すいい機会を与えられたと考えれば大して苦でもないわけでして。

    しばらくの間は食いっぱぐれることがない無職タイムを活かして、車と旅行カバン1つで鹿児島まで片道1000キロの旅に出てしまおうと考えています。本能が旅を欲しているのではなく、鹿児島に祖母が1人で施設にいるんですよ。
    最後に会ったのはぼくが学生だったので20年は経っています。

    そんなに長くはないだろうし、30年前の父と瓜二つの顔でも拝ませてやろうと画策しているんです。

    相変わらず変なところで鷹揚で、大胆。



    余談になりますが、最近図鑑を1冊買いました。
    「世界の美しい野生ネコ」
    アタリですね。近年稀に見る傑作です。

    そして図鑑を何度か読んで、ぼくは自分のテレビ嫌いの理由がわかりました。ちょっとした進歩です。
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■413 / inTopicNo.17)  安楽死
□投稿者/ らみ -(2018/03/06(Tue) 10:37:59)
    橋田寿賀子さん「安楽死、もうあきらめました」のニュースを読みました。


    わたしも安楽死に賛成派です。
    日本でも1970年代に安楽死協会ができ、リビングウィルの法則化を目指し運動が活発だった時期がありました。
    障害者団体の圧力は当時から物凄かったようです。確かに安楽死がまかり通るようになれば、人に世話をしてもらいづらい世の中になるかもしれません。

    ちなみにニーチェがもし今生きていたら、きっと安楽死賛成の立場を取るんじゃないかなと思います。
    永劫回帰の思想も、一定以上の機能をもった「身体」がまずあることを前提条件として語られている気がします。




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■411 / inTopicNo.18)  Re[61]: とあるファンの心理
□投稿者/ らみ -(2018/03/04(Sun) 08:06:46)
    今日はこれから祖母の三十三回忌の法要があります。
    毎年毎年、誰かの法要をしている気がします。
    菩提寺への毎年の寄付金は良心的な額だと思うのですが、一方でお塔婆はどんどん値上がりしています。どこも似たようなものなのでしょうか。昔とは色々事情が変わり、お寺離れが進んでいるとよく聞きます。

    お寺の収入源の大きなものに戒名料がありますが、父は先に亡くなった母に対し「頑張ってくれたから」と院大姉の戒名をつけ、けれど自分にはそんなことしなくてよいと言っていました。ですが母と釣り合いの取れない戒名にする選択は娘二人には無かったです。

    「自分はしてくれなくてよいけれど、自分以外にはしてあげたい」


    という連鎖が続くのは何故でしょう。
    死後というわからない世界へ旅立つ為に、この世にいる側が自分がしてもらいたい出来る限りのことをしてあげたくなるのでしょうか。


    なんてぼーと考えていました。

    本当は法要にかこつけて、妹や甥姪に会いたい気持ちの方が強いのかもしれません。

    それでいいんだよという声が聞こえてくるような気もします。

    行ってきます。









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■410 / inTopicNo.19)  Re[60]: とあるファンの心理
□投稿者/ 悠 -(2018/03/02(Fri) 22:50:14)
    つっこみどころしかないのでつっこみません。敢えてね。



    怪物らみさんが人の子らしく、イケメンを追うところが可愛いと思いましたが、途中で我に返るところがやっぱり鬼の子だと思いました。これは褒めてますからね。メッチャ褒めてますからね。



    芸人のファイト魂、嫌いです。理由は自分を見ているようで苛つくんです。同族嫌悪ってやつですね。

    与えられたチャンスで上手いこと言って注目を浴びようとして滑る。
    そして与えられたチャンスが大したチャンスでもなかったことに後から気付く、ダメなパターンですね。

    10年前に比べたらまだマシになりましたけどね。

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■406 / inTopicNo.20)  とあるファンの心理
□投稿者/ らみ -(2018/02/28(Wed) 15:47:03)
    2018/02/28(Wed) 16:10:56 編集(投稿者)

    実はわたしにも推しの俳優さんがいるのですが、先日はアルバム発売にともなったミニライブの整理券をゲットする為、午前中からわざわざCDショップに並びましたよ。

    前日に電話をしたところ、ななんと!何時にアルバムが入荷されるかわからないと言うのですね。たかだが超ド級のイケメンで声も美しいダンスもキレキレに上手な繰り返すけれど超ド級のイケメン俳優のアルバムを買う為だけに、何時に発売されるかもわからないCDを、はるばる電車にのって朝から買いにいったのは生まれて初めてのことでした。それでも着いたらもう何十人もの女性ファン達の列があって、わたしはかなり出遅れチームだったのです。ですが運よくその後10分と待たずに入荷されてラッキーでした。

    ライブの席も並んだ順より良かったのではるばる電車に乗ったかいがあったなあと思います(整理券の番号はアトランダムに配られるそうです)。


    ライブこれからなんですが彼のザ・イケメンぶりをよ〜く観察してこようと思います。
    その俳優さんは子どもが好きらしく、なので最初娘を連れて行けば席も前の方だしあわよくば目に留まって何か話しかけてもらえるかも・・なんて期待を抱いたりもしたのですが、娘は当日はお兄ちゃんと一緒にママ友宅に遊びに行くそうです。最初はライブについてくと言っていたのに!


    オリンピックの話に戻るのですが、わたしには相手が自分をその他大勢としかみなしていないにもかかわらず、わざわざその人におめでとうでも何でも、ありきたりの言葉を掛けに行くというような行動が滑稽に思えるんですね。そういう意味でやっぱり何も言わないかもなあと思いました。
    悠さんのようなスバラシイ理由だったら良かったのですが。


    だから、今回は偶々子どもをダシに使うことを目論んだけれども、子どもでなくともとにかくその相手を一瞬でも自力で自分に向けることができるのならば何か言うかもしれません。


    それが出来ないならばただ黙ってその瞬間を見つめ、今目の前にいるという喜びを噛みしめていたいのです。


    ひな壇で爪痕を残そうと必死な芸人さんのファイト精神、嫌いじゃないです。周りと違う面白いこと言って頑張って振り向かせてねと応援したくなります。悠さんテレビ観ないからなんのこっちゃと思われるかもしれませんが笑




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