□投稿者/ うましか -(2022/05/08(Sun) 10:32:19)
| 2022/05/08(Sun) 11:46:59 編集(投稿者)
pipitさん、沼っス! (`・ω・´)ゞ
pipitさんがカント沼「統覚」論で格闘されている頃、はるか浅瀬の「感性論」沼のぬかるみで泥まみれになっている私うましか( ノД`)シクシク…
「統覚」って沼恐ろしそうだなとおもいながら論文検索。
すでにチェック済みであれば申し訳ございません。
そういう私も以前みたかもしれないけど、、、忘れてしまった(;´・ω・)
■ 河村克俊『統覚としての「私」 : カントの自我論』
https://cir.nii.ac.jp/crid/1050001338284367232
(/・ω・)/泥沼〜 --------------
【追記】
河村の下記論文もおもしろそうです。
■ 河村克俊『ヴォルフの著書にみるドイツ語の諸概念 − 認識に関わるターミノロジー −』(言語と文化,(22),57-78 (2019-03-01))
関西学院大学リポジトリで検索すると読めます(・ω・)ノ
そういえば、石川文康訳上巻の「専門用語の訳語について」(『純粋理性批判 【上】』、筑摩書房、p.x〜)でも、ヴォルフの役割について触れていました(同p.xiv〜)。
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