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■31793 / inTopicNo.1)  Re[11]: 日記
  
□投稿者/ pipit -(2023/07/16(Sun) 17:12:03)
    2023/07/16(Sun) 17:13:02 編集(投稿者)

    No31790
    >しかもこの後者と同一の主体としていかに一体であるか:<

    後者(A “i” which intuites itself)が 同じ 主体として...

    あれ?区別してるのはなんでやった?

    あ!区別の理由が、No31792の
    >DeepL日訳
    (他の直観の様式は、少なくとも可能であると考えられる)、<

    で、

    私は私を直観するけど、今の直観方法と別な方法の可能性は当然にあるので、

    あれ?これだと、対象化されたわたしという意味?

    すご---くわからなくなってきたので、もう少し読み進めてみます・・・
    (・・?)??

引用返信/返信 削除キー/
■31792 / inTopicNo.2)  Re[10]: 日記
□投稿者/ pipit -(2023/07/16(Sun) 16:47:43)
    No31790
    この、カッコ内もここで言及が必要な意味が全然わからないなー

    (other modes of intuition being cogitable as at least possible),

    DeepL日訳
    (他の直観の様式は、少なくとも可能であると考えられる)、
引用返信/返信 削除キー/
■31791 / inTopicNo.3)  Re[41]: 純粋理性批判B155
□投稿者/ pipit -(2023/07/16(Sun) 16:42:17)
    2023/07/16(Sun) 16:51:20 編集(投稿者)
    2023/07/16(Sun) 16:44:25 編集(投稿者)

    原文は、

    Wie aber das Ich, der ich denke, von dem Ich, das sich selbst anschaut,

    でした。

    @ das Ich, der ich denke,(DeepL英訳:the I who I think,)
    A dem Ich, das sich selbst anschaut, (DeepL英訳:the I that looks at itself,)

    何の違い??。゚(゚´ω`゚)゚。

    中山元先生訳は
    @思考する〈わたし〉
    Aみずからを直観する〈わたし〉

    (pipit感想)
    @が((行為主体)意識)としての わたし で
    Aが (行為主体)の わたし
    という意味なのかなあ???

    ?????

    ココハドコ?( ;∀;)ワタシハダレ?
引用返信/返信 削除キー/
■31790 / inTopicNo.4)  Re[40]: 純粋理性批判B155
□投稿者/ pipit -(2023/07/16(Sun) 16:18:32)
    みなさまこんにちは!
    次の英訳文です。...._| ̄|○ ヌマ...

    At the same time, how “I who think” is distinct from the “i” which intuites itself (other modes of intuition being cogitable as at least possible), and yet one and the same with this latter as the same subject; how, therefore, I am able to say:

    とりあえずDeepL日訳は、、、
    「同時に、「考える私」が、それ自身を直観する「私」(他の直観の様式は、少なくとも可能であると考えられる)といかに区別され、しかもこの後者と同一の主体としていかに一体であるか:」

    区別対象は、
    @ “I who think”
    A “i” which intuites itself

    ドイツ語原文見てみようかな?
引用返信/返信 削除キー/
■31789 / inTopicNo.5)  Re[39]: 純粋理性批判B155
□投稿者/ pipit -(2023/07/16(Sun) 12:45:36)
    みなさまこんにちは(^ ^)
    続きの英訳です。

    The understanding, therefore, does by no means find in the internal sense any such synthesis of the manifold, but produces it, in that it affects this sense.

    いろいろ調べようとしましたが、難しすぎるー(><)ツカレタ

    上記英訳のDeepLさんの日訳は、
    「それゆえ、理解とは、内的感覚の中にそのような多様な統合を見出すのではなく、この感覚に影響を与えるという意味で、それを生み出すのである。」

    (pipit感想)
    The understanding,は、日訳では「悟性」や「知性」と訳される【Verstand】の英訳です。

    その人間知性という能力は、内的感覚(心に浮かぶアレコレみたいなもんかな?)の内で総合をする働きということではなく、内的感覚の生じ方に前もって影響を与えるという意味で、、、継起という現象を生成する、みたいな??

    次次に浮かび上がる内的直観、それは自己触発されて浮かび上がるもの、ってかんじかな。

    バラバラを統合していくから、統覚という呼び名なのかなぁ


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■31785 / inTopicNo.6)  Re[9]: 日記
□投稿者/ pipit -(2023/07/15(Sat) 23:15:45)
    「私は考える」というポイントを置くと、そこから様々な対象化が可能になる。

    「私」も対象化されるけど、それは現象として(あるがままの私ではなく、あらわれたままの私)って感じに話は進むのかなぁ

    全然違うかもなので、読書進めてみます!

    亀の歩みー (T . T)




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■31781 / inTopicNo.7)  日記
□投稿者/ pipit -(2023/07/15(Sat) 22:39:16)
    今眠たいので余計に難しすぎる
    (( _ _ ))..zzzZZ

    主体の運動は、連続性という概念を生成する、、、

    自分で考えてみると、

    今見てる意識が行為の結果とすると、
    「主体」という統一があるとき、連続性(継起)という捉え方が可能となる。

    かなぁ。



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■31780 / inTopicNo.8)  Re[38]: 純粋理性批判B155
□投稿者/ pipit -(2023/07/15(Sat) 22:20:06)
    みなさまこんばんは( ^ω^ )

    No31753の英訳のpipit日訳です。

    主体の行為としての運動は、(対象の規定の運動ではなく)、空間における多様の総合であり、
    もし我々が空間を捨像し、ただ我々が内的感覚をその形式に従って規定することの行為にのみに注意を払うなら、
    連続という概念を生成(プロデュース)するものである。

    ==============
    (pipit感想)
    主体が空間において総合行為する。
    この時、空間云々を抜きにして、総合する行為にのみ注目してみると、、、 
    総合という行為は連続性(継起)という概念を生成する。





引用返信/返信 削除キー/
■31753 / inTopicNo.9)  Re[37]: 純粋理性批判B155
□投稿者/ pipit -(2023/07/13(Thu) 23:55:21)
    みなさまこんばんは( ^ω^ )
    今日はB155、、、のJ. M. D. Meiklejohnさんの英訳コピペだけ(^◇^;)

    Motion as an act of the subject (not as a determination of an object),[20] consequently the synthesis of the manifold in space, if we make abstraction of space and attend merely to the act by which we determine the internal sense according to its form, is that which produces the conception of succession.

    https://www.gutenberg.org/cache/epub/4280/pg4280-images.html#chap50

    眠たすぎるーおやすみなさい 
    (_ _).。o○
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■31731 / inTopicNo.10)  Amazon日記
□投稿者/ pipit -(2023/07/12(Wed) 16:18:47)
    2023/07/13(Thu) 00:24:17 編集(投稿者)
    2023/07/12(Wed) 16:20:37 編集(投稿者)

    今読んでる超越論的演繹論が(も)pipitにはあまりにも難解すぎなので、うましかさんがご紹介されていた山口修ニ先生の『カント超越論的論理学の研究』頼んじゃいましたー(古本だけど)

    読むの楽しみー( ^ω^ )
    pipitの場合は事典的な使い方になるとおもうのですが、、、

    http://www.keisui.co.jp/cgi/isbn.php?isbn=ISBN4-87440-861-3

    ↑目次載ってます♪

    pipitが現在読んでる超越論的演繹論についての目次の中に
    「第二版演繹の論証構造」
    がありますが、pipitにはこの論証の構造さえ、さっぱり???で、
    カントがなにしようとしてるのか????

    茫洋(ぼうよう)という単語が浮かんできます
    (;ω;)

    カント海原を進む筏になったらいいな♪
引用返信/返信 削除キー/
■31722 / inTopicNo.11)  pipitさんへ (;´・ω・)
□投稿者/ うましか -(2023/07/12(Wed) 00:25:51)
    No.31716(pipitさん)

    >????

    同感です〜(´;ω;`)ウッ…

    とりあえず、私の感想めいた片言の戯言を(;´・ω・)

    一般論理学は「認識の全ての内容を捨象」した単に形式的なものなのかな〜と。

    そこに感性(論)は関わらない、と。

    一方、超越論的論理学には感性(時間、空間)が関わるってことかな。

    で「一つの認識が作られる」と。



    、、、そんなこと考えてたら眠くなってきました〜(=_=)zZZ沼心地




引用返信/返信 削除キー/
■31716 / inTopicNo.12)  Re[5]: 超越論的分析論Y−1
□投稿者/ pipit -(2023/07/11(Tue) 21:36:59)
    2023/07/11(Tue) 21:40:59 編集(投稿者)

    うましかさん、こんばんはー

    > カント先輩は、、、
    >
    > すごーい\(-o-)/変○だー<

    うんうん (( _ _ ))

    前に、カントの正義論について講義してた先生が、「・・・・異様です・・・」と解説内容についてどこかうれしそうに(?)感想述べてた動画を見た記憶あります。

    > □全ての純粋悟性概念を発見する超越論的な手引き
    > 第三節 (第十項) 純粋悟性概念またはカテゴリーについて〔Von den reinen Verstandesbegriffen oder Kategorien〕
    >
    > ◇ 一般論理学〔Die allgemeine Logik〕は、既に何度も言ったように、認識の全ての内容を捨象して、どこからにせよ他所から表象が己に与えられることを期待するのであって、かくしてその表象はまず概念へと変ぜられるが、このことは分析的に〔analytisch〕行われる。<

    「どこからにせよ他所から表象が己に与えられることを期待するのであって、かくしてその表象はまず概念へと変ぜられるが、このことは分析的に〔analytisch〕行われる。」
    ????

    考えてみて、、、全然違うかもですが、、、
    ある表象(pipitにわかりやすく表現すれば、判断表象)が与えられて、その表象を、『全称的』や『定言的』や『蓋然的』に振り分ける(概念へと変ぜられる)のが一般論理学ということかなぁ?
    振り分け先の概念が先にあって、表象を分析的に概念に変身させる、、、

    > ◇ 他方、超越論的論理学は、ア・プリオリに提供された感性の多様なものを持っているのであって、この多様なものを超越論的感性論は、純粋悟性概念に素材を与えるために超越論的論理学に提供したが、この素材が無ければ超越論的論理学は全ての内容を欠き、従って完全に空虚となるに違いない。<

    一般論理学は外から表象が与えられるのを待って、与えられてから分析的に表象を概念に変じてたけど、
    超越論的論理学は、論理学内に感性の多様を含み状態ってことなのかなぁ

    > ◇ ところで、空間と時間は、ア・プリオリな純粋直観の多様なものを含むが、にもかかわらず私たちの心がその下でのみ諸対象についての表象を受け取り得るところの、私たちの心の受容性の諸条件に属しているのであり、従って、それらの諸条件はそれらの諸対象の概念をもいつでも触発しなければならない。<

    ???
    純粋直観の多様を含む空間と時間は、私たちの心の受容性の諸条件であるから、
    その条件が受容対象についての概念にも影響を及ぼすということかなぁ
    (T . T)

    > ◇ しかしながら、私たちの思考の自発性は、この多様なものが、まず或る種の仕方で、見渡され〔durchgegangen〕、受容され〔aufgenommen〕、結合され〔verbunden〕、かくしてこのことから一つの認識が作られることを要求する。この働きを私は綜合〔Synthesis〕と名づける。<

    お、綜合でましたねー

    一文一文を形にするの、めっちゃ大変と思っています、うましかさんおつかれさまです!
引用返信/返信 削除キー/

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