| 2022/10/04(Tue) 16:00:14 編集(投稿者)
ザビビのふくろうさん、返信ありがとうございます♪
■No26838 > 一般論理学は経験内容に関わることができないいわば無内容な論理だけど、 > 超越論的論理学は、アプリオリではあるけれども、経験内容にかかわる対象論理学であり、 > 対象認識を可能にする論理学として、超越論的な論理学、ということです。<
一般論理学も超越論的論理学も同じく思考の規則を扱ったものであるが、超越論的論理学は【対象論理学】であり、しかも対象(認識)の条件となる論理学、ということでしょうか?
超越論的論理学を【対象論理学】と呼ぶとき、もし一般論理学を比較的に表現するとしたら、ふくろうさんはどのように表現されるか(またはされないか)参考にしたいのでお聞きしていいですか?
> >>この議論は、一般的論理が経験に全く関わらないいわばアプリオリな分析的真理であるのに対して、< >> >>あー、記号操作で全部真偽の判断が事足りる、みたいなかんじなのかなー >> > ここはもう少し、具体的に論理学の知識がほしいところですが…。 > 解説があればいいんですが、参考書には載っていませんか?<
解説本などにきっと載ってるのではと思うので、後で探してみます!
手元のスマホに入ってる純理の日訳と英訳(Meiklejohnさん訳)で、一般論理学のことについて述べてると思う箇所を見つけました。
It is a demonstrated doctrine, and everything in it must be certain completely a priori. (英訳をDeepL日訳↓) それは実証された教義であり、その中のすべてが完全にアプリオリに確かなものでなければならない。)
話題箇所の少し前の箇所ですが、これがカントの一般論理学に対する考え方なのかなーと今の段階のpipitは思いました。
いろいろご指摘助かります!
※※※※※※※
と、投稿しようと思ったら、新たなふくろうさん記事 No26847が!
読みたいけど、もうすぐお昼休憩終わるので、またゆっくり読ませていただきまーす
感謝です(^人^) さぁお仕事後半がんばろー
|