| 2023/07/04(Tue) 21:51:21 編集(投稿者)
こんばんは、hanaさん。横レス失礼します。 以下はとりとめのない私の独り言みたいなカキコなので返信とかはお気遣いなく。
アメフラシの学習に関する実験や中枢神経系を含めた生態はジョゼフ・ルドゥー著『シナプスが人格をつくる 脳細胞から自己の総体へ』という本でかなり以前に読みました。 また神経節しかないゴキブリも迷路学習することなども違う書籍にありました。
心臓移植によって嗜好が変わった事例も多々あり、記憶までもがドナーからレシピエントに移行したかのような事例も報告されています。
輸血によっても多少性格が変わったり等々、不思議なことがあります。 心臓移植に関しては内在性心臓神経細胞(ICNS)に記憶のようなものがあるとかないとか。。。。
私が思うには脳というのは特定の臓器(器官)や部位ではなく、おそらく体全体、神経系も含め身体性自体が脳であるように考えています。
名称(言語)によって部位や臓器(器官)はラベリングされあたかも別々のものであるかのように考えられますが、これはむしろ要素還元主義みたいな発想で、もともとゲシュタルト構造である身体性に当てはめること自体に無理があるように思うのです。
言語のデメリットは全体性であるものをラベリングによって分断化してしまうことです。
だからアメフラシやプラナリアも身体全体が脳ではないか?と思ったりしてます。
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