■4606 / ) |
Re[10]: 〈私〉について 8
|
□投稿者/ minori -(2020/07/27(Mon) 08:22:33)
| >> >7.厳密に言えば私の直接経験で知り得る世界に存在しているのは物や人(物体としての)など五感(視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚)で知りうるものだけであり、その意味では私のような人間は直接的には私しか知らず、独我論的な世界である→ウィトゲンシュタインの「論理哲学論考」のひとつのテーマである独我論。
>> 五感を通じて知りうるものは人によって違う。 >> なので、その意味で、私のような人間は直接的には私しか知らない。 >> そのようなことですか?
>上記のレスの前半は「超リアル探究」なので、人によって違うかどうかは不可知です。 「直接経験」として私のような人間は私しか知らないということであれば、その通りですが、どうでしょうか。
とてもざっくりしたことを言います。 自分以外の他者が存在しているかどうかもわからない、というような話ですか? すみません、よくわからないんです。
>PS.次はいよいよ言語で語れない部分について伝える試みに突入しようと思っていますが、>先を急がず一歩一歩、場合によっては立ち止まったり、戻ったりしつつ、できるだけ共通認識をはかりたいと思います。 >ちなみに「私」が〈 〉付な理由は非言語的、または言語に先んじる(アプリオリな)存在であるためです。 >そんな訳で、先の唯一無二性も含め「比類なき先言の〈私〉」とパニチェは呼んでいます。
・・・ >ちなみに「私」が〈 〉付な理由は非言語的、または言語に先んじる(アプリオリな)存在であるためです。 ・・・ ↑この部分についてはわかります。
またとてもざっくりとしたことを言います。 なぜ、特異な存在である「私」 (〈私〉ではなく)が存在している、ということが不思議に思えるのかが、逆に私には不思議にも思えるのです。 犬や猫も性格はそれぞれだし、考え方(単純なものでしょうけど)も違いそうです。 なので人間がそれぞれ違う、というのの何が不思議なのか、私には理解できません。 もしかすると、このようなこととは関係ないことをパニチェさんは話されているのかもしれませんが、ここはひとつ、私も思うところをはっきりと書いたらロムしている人にとってもおもしろいのではないか、と思い、そうしました。
こいつアホすぎてつきあいきれない、と思われたらいつでも中止してくださいね。^^
抜けてしまった「観照」についてです。 非二元で「観照」というのは、主客未分であることが実感となる前段階の観方になります。 主客未分であるということが確認されている状態を「純粋意識」というふうに哲学者であり非二元を教えている欧米人の人が呼んでいます。 こちらでもその呼び名(純粋意識)を、主客未分を表すものとして、使用しますね。
|
|