| >自分が死ぬ、は、悪魔ちゃんにとっては「自然」の範囲内?< うん、そね。人はいつかどこかで(時間・空間的に)死ぬよね。 これ、自然だと思うし、普遍的だと思う。
でも、「死」っていうのをどう見ているか、っていうのが問題になるみたい。 仏教とかキリスト教っていうの、人を身体(肉)と精神(心)に分けて見ていて、それが合わさったもの、ってしてる、っていう沈黙のが前提として横たわってるんじゃないかしら?身体(肉)は死んだけど精神(魂)は存在し(生き)続ける的な、「霊界」が存在する的な。ここらへんはpipitさまに聞きたいところ。 どうなの?仏教って、そういうもんじゃないの?
ハエを殺す、ゴキブリを殺す、っていう表言するよ。 わたしいまのところ他殺、自殺、両方ともしてないけどね。
自然には、殺すという現象はないと思うよ。 自然そのものには現象っていうのなくて、自然のうちに生きてるものにおいての現象なんだと思ってる。だから「殺す」っていうのは自然のなかにはないと思ってる。
カントはどうなのかしら。カントはキリスト教があるから、やっぱ人を身体と精神が合体したものって見てるんじゃない?だから、霊界は存在する、なんじゃない?
|