| knowing itselfさん、こんばんは。
あっという間に祝日が終わってしまいましたが、今日は、また素晴らしい書き込みの数々に触れられて大変ためになりました。ありがとうございます。
> 三位一体の神の交わりに、子なる神の受肉を通して参入するという、キリスト教の基本原理からいって、聖母マリアの否定は考えにくいでしょう。
ああ、そう言うことでしたか。 子なる神の受肉を通して参入する我々人間にとって聖母マリアは、やはり、外せないということだったのですね。 どうも、サンタマリアについては、カトリックの色彩が強い感じがして、本当のところどうなのかなと思っていたところです。 しかも、イエス様が復活してから全くと言って登場しない、どうして母上なのにイエス差に会わなかったのかなと疑問に思っていたからでした。
> 受肉したイエスと生々しく直接触れあっている人間が、その人間だけ三位一体の神の交わりから除外されて、救いから漏れる?これはキリスト教の否定でしかない。イエスの実存は神話や宗教的な物語とみなし、死後のイエスを内面で信仰することに還元してしまうならともかく。
受肉し生々しく直接触れあったサンタマリア様は、やはり、素晴らしいのだと改めて認識させられました。
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