| 2020/10/25(Sun) 22:40:07 編集(投稿者)
自分を絶対視する見取見
四煩悩と虚栄心
相手の発言を捻じ曲げて評論する藁人形論法や論点のすり替え
厚顔無恥
自省することができないASD的傾向
自己探究?
六師外道も呆れる道やろ
既に見抜かれていることすら気付かない能天気
以下「ツァラトゥストラ 通り過ぎることについて」より引用
おまえはわたしのサルと呼ばれている。おまえ、口からあわをふいている阿呆よ。しかし、わたしはおまえをわたしのぶうぶうブタと呼ぼう、──ぶうぶうと不平を鳴らすことによって、おまえは私の痴愚礼賛までも、だいなしにしてしまうのだ。 最初おまえにぶうぶう不平を鳴らせたゆえのものは、いったい何であったか?誰も充分追従してくれなかったということだ。 ──おまえがこんな汚物のもとに腰をすえるのは、大いにぶうぶうと不平を鳴らすための根拠を得んがためなのだ。──大いに復讐するための根拠を得んがためなのだ! つまり、おまえ、虚栄心の強い阿呆よ、おまえが口からあわを吹いているのは、すべての復讐なのだ。わたしはおまえの正体を見事に察知したのだ!
… 中略 …
だが、おまえ、阿呆よ、別れに際して、わたしはおまえにこういう教えを与えよう。 もはや愛することのできない場合、とるべき態度は──通りすぎることだ!── ツァラトゥストラはこのように語って、阿呆と大都市のそばを通り過ぎた。
|